アンパラレル
倉野 一
幕上げ
認めない。こんな事実、すぐに否定してやる。
そもそもどうして俺がこんな目に遭わなければならなかったんだ? ただ、気ままに生きていただけなのに。こんなことをされる覚えなんて、あるはずもない。
全てはあいつのせいだ。あいつが、現れなければ。
他を圧倒し、威圧することを至上としてほぼ全大陸のモンスターを御せるようになったとき、俺は退屈を覚えた。何処かにいるかもしれない強者を探す旅に出るというのも魅力のあるものだったが、そこまでの労力をかけるのが面倒だったというのが本心だ。その後自分が今いる大陸、アグルラに向かったのは退屈だったとはいえ、やはり気の迷いのようなものがあったと思う。
その時の俺は強かった。過去には国に雇われて巨竜を数体仕留めたこともあったが、別段魔王を征伐したとか封印したとかいう勇者様のような功績は持ち合わせていない。もっともその時の自分なら、魔王なぞ数回剣を叩き込んだだけで圧死させたかもしれないが。
だのに、だのにだ。いきなり、奴が目の前に現れた。人が酒を呑んで気分が良くなっているところへ。
「君がエクトール・ドリアル?」
月が昇った真夜中、これからどうしようかと野宿の最中考えながら猪の肉を食っていたところ、妙な格好をした女が現れた。
「誰だお前は。あとその格好、変だぞ」
「変とは何よ変とは! これでもこだわってチョイスしているのよ」
よく分からない文字が書かれたシャツに白衣はこだわったといえるのだろうか。あとこの時間では寒いだろうに。
肉をかじり、置いていた酒をちびちび呑みながら訊ねる。
「エクトールはいかにも俺だが、どういったご用件だ」
「君ねー……ちょっとやり過ぎちゃったの」
……何を言われたのかわからない。酒を呑みすぎたことなら、いくらかあったと思うが。
「……何の話だ」
「あら、自覚してなかった? モンスターを狩りすぎた、って言ってるのよ」
確かに一時期、怪物がうようよいる森に住みついて視界に入る生物を何もかも斬ったことがある。でもその程度でやり過ぎというだろうか?
「そんなわけないだろう、殺していいものしか殺してない」
しかしそんな俺のセリフに、女は呆れたようだった。
「あらららホントに自覚してないのね……あなたが思っている以上に、あなたは命を刈り取りすぎている。だから、それに相応しい罰を受けてもらわなくちゃいけない」
は? 今、なんて?
「おい、待て」
「えい」
何か棒状の物を頭に当てられた。殺気が感じられなかっただけあって、殺す気はなかったらしい。
いや……そんなものじゃない!
「あ、ああ……力が……抜け……」
「今のあなたはこの世界でトップクラスにレベルが高い。だから、ワーストになってもらうことになりました。《アンパラレル》は、一人で十分なのよ」
ふざけるな、なぜ俺がそんな目に……!
「貴様……今殺してやる……!」
「おお怖、やっぱり高レベルって凶暴ねー。こんなのが何人もいたんじゃ命なんかいくらあっても足りないわ」
全身からエネルギーが消失していく、力が無くなっていく!
「止めろ……今すぐこれを止めろ!」
「イヤよ、これは定められた罪と罰なの。というかムリよ、一回低下が始まったら私でも止めようがないんだから」
レベル低下魔法などというものがこの世に存在するなんて知らなかった。自分の無知を悔いたいところだが、そんな場合ではない!
「あ、危険だからこのつよそーな武器は消しちゃうわね」
先ほどの棒状の物はやはり杖だった。女は杖を俺の愛槍、愛刀に触れさせていく。
ああ、消えてしまう。低下中は全くといっていいほど力が入らないらしい、俺は自分の武器が消えるのをただ見ていることしかできなかった。
「こんな魔法など、こんな魔法などなければ……!」
俺の声など届いていないかのように、女はどんどんと道具を杖で消していく。
「あー、お馬さんは可愛そうだから……私の帰りの馬にしちゃお、えい」
こんなになされるがままなど初めてのことだ。悔しくて悔しくてしょうがないのに、歯を食い縛ることすらできない今の自分は、あまりに憐れだった。
「まあ幸か不幸かここらの出現モンスターのレベルはかなり低い方だし……レベルの下がったあなたでも十分対応できるはずよ。
じゃ、頑張ってね」
「待て……!」
「ああそう……一応名乗っておこうかしら。
私の名は、エレミス。覚えても覚えなくても構わないけどね。
じゃ、今度こそ、頑張ってね」
ああ、行ってしまう、俺の全てを消したままで。
さすがは俺の選んだ馬、二回瞬きしたほどでもう遥か彼方に去っていった。違う、今更褒めたってどうしようもない。
低下は収まり始めたようで、ようやく手を握れるほどになった。膂力の欠片もないが。
この能力の落ちきった身で馬を追いかけるなど無謀な話だろう。あの女……エレミスといったか、あいつを探さねばならないのはもちろんだが、今は堅実な行動を取るのが賢明だろう。情報を集めなければ。
この近くの村は……ホーミックか。4マイルの距離、歩いていけなくもない距離だ。
例え屈辱であっても、認めなければならない。今の自分は、弱りきってしまったのだと。
ならばどうすればいいか? 簡単だ、強くなればいい。復讐するためにも。
今は、耐えねば。
想定外だった。思っていた以上に、俺の力は弱まっていた。
エレミスの言っていた通り、確かに周辺のモンスターは雑魚といっていいほど低レベルだ。しかし同時に、こちらのレベルも同等、あるいはそれ以下という程度のものだった。
10カンマイト、ただ歩くだけなら何のことはなかっただろう。だが弱体化した身でなおかつ体力を回復できるアイテムを奪われているのではちと厳しいものがある。村まで体が持つかどうかも怪しくなってきた。
飛び出してきた影は、先ほどから嫌というほど見た雑魚だった。小型の魔獣だ、倒しきれることには倒しきれるが、数が多いためにこちらの体力が尽きてしまうかもしれない。かといって逃げ出すほどの気力も残っていない。
道中で拾った棒切れではろくなダメージが稼げないが、それでも叩き続けるしかない。叩き叩いて叩きのめして、それを何度も繰り返す。もちろんろくな装備がないので防御はできない。相手の攻撃はまともに受けるか、躱すのみだ。
叩いているうちに気力も奪われていく。回復手段はない。避ける体力も残っていない。
万策尽きたか……。
意識を失う直前、魔獣共へ一陣の強風が吹き荒れたのが見えた。
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