少女は気づく

針音水 るい

少女は気づく

 少女ちゃんはいつも1人ぼっちだった。


 家で遊ぶ時も。

 幼稚園で遊ぶ時も。


 親は共働きでいない。

 兄弟もいない。

 園のみんなに遊ぼうと誘っても断られる。


「だって、少女ちゃんすぐ飽きるんだもん」


 って。

 だから友達もいない。


 でも少女ちゃんは平気だった。

 彼女の部屋にある山のようなぬいぐるみが、その子たちが少女ちゃんの遊び相手になってくれるから。


 動物園で買ってもらったパンダさん。

 水族館で買ってもらったペンギンちゃん。

 生まれた時から持っているくまくん。

 

 全員、彼女のそばに永遠に居てくれる大切な存在。


 でもだからかもしれない。


 しばらくすると、少女ちゃんは「もう飽きた」ってぬいぐるみと一切遊ばなくなってしまった。


 あーあ。

 これで本当に1人ぼっちになっちゃったよ。


 そんなことが起こった頃だったかな。

 少女ちゃんのお隣に少年くんが引っ越してきたのは。

 少女ちゃんと同い年の少年くんは恥ずかしがり屋さんで、いつもモジモジしてて、どこか頼りない感じ。

 でも、そんな彼にもとっておきの特技があった。

 口下手で人付き合いは不器用なくせに、裁縫は大の得意で手先が器用。

 古いぬいぐるみに飽きていた少女ちゃんにぴったりの人材だった。


 少年くんは毎日一生懸命少女ちゃんの為に新しいぬいぐるみを縫い続けた。

 少女ちゃんが飽きては作り、飽きては作りをひたすら繰り返す。

 飽きるペースがどんどん早くなるから少年くんも必死に新しいのを縫いまくる。


 自分もぬいぐるみのように少女ちゃんに捨てられないように。


 こんな調子だから、少女ちゃんの家の前にはいつも捨てられたぬいぐるみ達が詰まった袋で溢れかえっていた。


 そんなこんなで何回目かの春を迎え、少女ちゃんも少年くんもいつの間にか中学生になっていた。

 相変わらず小学校でもお友達ができなかった少女ちゃんだったが、中学生になって、なんと初めて

ができた。


 しかも4人も。


 みんな可愛くて、あかるくて、大人っぽくって。

 煙草を吸っている姿がかっこよくて。


 少女ちゃんはどこへでも彼女らに付いて行った。


 そんな少女ちゃんとは裏腹に、少年くんは中学生になっても友達ができなかった。

 案の定陰キャ扱いで無視されて。

 女の子じゃないのにぬいぐるみを作っていることを馬鹿にされて。

 それでも少年くんは気にしていなかった。

 だって僕には少女ちゃんがいるから。


 少女ちゃんは周りの物にすぐに飽きちゃうから、僕が新しいものを作ってあげないと。

 僕は少女ちゃんには必要とされてるから。


 そう信じてたのに。


 ある日突然、

 少女ちゃんも少年くんを見捨てた。


「もう全部飽きた」

 部屋にあるぬいぐるみを一つ一つ見渡しながら彼女は言うんです。

「もう全部飽きたんだよ」

「じゃあ、僕がまた新しいのを作るから。君が何回飽きても僕は永遠に作り続けるから」

 少年くんは涙目になりながら新しいぬいぐるみを差し出す。


 少女ちゃんも本当は分かっていた。

 新しいは、友達とは呼べないんだと。

 きっと彼女らは少女ちゃんが困ってても助けてくれないし、むしろ利用しようとしてくるだけだろうと。

 彼女らといても良いことはない。


 少女ちゃんも本当は分かっていた。

 少年くんはきっと彼女のそばに永遠に居てくれる存在だということを。

 きっと自分を大切にしてくれるということを。


 でもだからなのかもしれない。

 少女ちゃんがすぐに飽きちゃうのは。


 一緒にいすぎるから、いてくれるありがたみが分からない。

「永遠」という言葉が、なぜか人生において勿体ない物に感じてしまう。


 だって新しいことしたいじゃん?

 新しい出会いしてみたいじゃん?


 少女ちゃんに飽きられた少年くんは、1人静かに泣いていた。

「また、これで1人になっちゃうよ。僕は少女ちゃんが必要なのに…」

 可哀想な少年くん。

 途方に暮れる少年くん。

 それを横目に窓の外を見る少女ちゃん。


「大丈夫だよ、少年くん。やっぱり私、君に飽きてないから」

 彼女はにっこりと笑って窓を開ける。

 清々しい晴れだった。

「大丈夫。君には飽きてない」

「ほんと?」

「うん。ほんとだよ」

 少年くんはホッとした。

 良かった。

 これでまだ僕は僕でいられる。


「うん、大丈夫だよ。だって私ね」

 窓枠にそっと腰掛けてぬいぐるみだらけの部屋を見渡す。


 たくさんあるなー。


「だって私ね」


 少年くんをじっと見る。


 少女ちゃんはやっと理解した。

 私はぬいぐるみに飽きたんじゃない。

 少年くんに飽きたんじゃない。


 私は…


「私であることに飽きたから」


 少女ちゃんが空を飛ぶ。

 いや、空から落ちる。

 少年くんは固まる。

 何が起きているのか分からずに固まる。


 ぺちゃ。


 そんな音が静かに鳴り響く。


 少女ちゃん。

 よかったね。

 これでもう君が飽きることは無いね。


 少女ちゃんの長年の悩みは、今日やっと解決したようです。







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