出会うのも四度目なら

 夜会用のドレスが出来上がる日、クローディは一人で乗合馬車に乗ってグランストンへと向かった。これからは一人で行動することも増えるだろう。帽子を目深にかぶってクローディは通りを歩いていく。大きな町の一人歩きは初めてで、心に余裕があった前回とは違い少し緊張していた。


 まずは雑貨店に行ってエミリから言付かっている品物を買った。カウンターで店員に入用な物を伝えていると、隣で派手な音がした。客の一人が荷物を落としたのだ。拾おうとして、脇に抱えていた封筒まで落としてしまっている。


「あの。手伝います」

 クローディはそっと腰を落とし男の落とした私物を拾ってやる。

「どうもありがとうございます」


 男は人好きのする笑顔を作った。フロックコートに帽子をかぶった、クローディより十は年上であろう男である。フロックコートはきちんと手入れがされていたし足元を飾る靴も磨かれている。紳士は丁寧に礼を言い、店から去っていった。さすがはグランストンである。店の扉の方を眺めていると店員が「お待たせしました」と声を出した。カウンターの上には頼んだ品物が置いてある。クローディは慌てて鞄から財布を取り出した。


 今日は昼食の待ち合わせがあるのである。

 その前に貸本屋に寄ってしまおう。父からは別の本を借りてきてほしいと言われていたが母が駄目と言っていた。年末に向けて物入りだからだ。家計を握っているエミリの言葉の方が強いのである。クローディが貸本屋で返却手続きをしていると、先ほどの紳士が本を抱えてこちらに歩いてきた。今度は荷物を落とさないかとハラハラして見守っていると目が合ってしまった。彼もクローディのことを覚えていたらしい。口の端を持ち上げてきたものだから、慌てて視線を逸らせた。

 返却手続きが終わりそそくさと店から出て待ち合わせの店へと急いだ。


 手紙で指定をされたのはこの間エミリと訪れた食堂よりも小奇麗で、クローディは予約者の名前を告げた。通された席に座って待っているとエミリの旧知だというプラン夫人が現れた。エミリから何度も約束よりも前の時間に行っておきなさいと言われていたのだ。


 エミリよりも少し年が上のプラン夫人に遅れること十分ほどしたのち、銀行員だという男が現れた。黒い髪に灰色の目をした生真面目そうな男はパトリックと名乗った。年はクローディよりも七歳年上で、彼はぼそぼそと経歴を話した。途中でプラン夫人が口添えをする。クローディもかいつまんで自分のことを話したが、気の利いたセリフなど浮かびもしないので話さなくてもいいようなこと、例えば絵を描くことが好きだとか家にいるよりも動物を眺める方が好きなどという話をしてしまった。印象としてはお互いに可もなく、不可はどうだろうといった具合だろうか。パトリックは話題を発展させることがあまり得意ではないらしい。


 クローディの話にうんと相槌を打ち、そこで会話が止まることが多々あった。クローディも男性と話すことに慣れているわけではない。結局プラン夫人が一番多く話すことになり、やがてパトリックの昼休みの終了時間が近づいてきて昼食会はお開きとなった。


 そのあとはプラン夫人のお茶に付き合い、最後に服地商へ向かい注文をしたドレスを受け取った。結局自分の時間はほぼ取れなかった。大きな箱を抱えたクローディは銀行へ立ち寄ることにした。ふと思い立って、あの日見た水彩画をもう一度目にしたくなったのだ。


 アレットがクローディのために買ってきてくれた水彩絵の具は、一度は固辞したのに現在クローディの手元にある。ヴァレル・カイゼルが突然にやってきて絵の具を押し付けて行ったあと、結局クローディは両親に洗いざらいを告白したのだ。農道で絵を描いていたらアレットに声をかけられて、彼女に招かれたこと。絵の描き方を教えてあげたことと、自分の描いた絵をアレットが気に入ったことなどだ。


 娘がいつの間にかカイゼル家の若奥様と友好を深めていたことに対して両親はぽかんと口を開けた。それからどうしてもっと早くに報告しないの、と詰め寄られた。


 クローディはその説教じみた言葉に反発をした。こっちだってもう十六なのだからいちいち親に誰と仲良くなったなど言う必要もないではないか、と。人を大人扱いするなら誰と話そうと勝手ではないか、と。しかしというかカイゼル家は特別だとマカルが言うとエミリも同調した。言いたいことはわかるが、それでもアレットのことは隠しておきたかった。マカルはカイゼル家がドーンヴィルで発言力を増すのをよく思っていない節がある。だから、きれいなお姫様と話した招かれたと言ったら彼女のことを否定するようなことを言うのではないかと懸念したのだ。なんとなく父の口からアレットの悪口は聞きたくなかった。


 大荷物を持って銀行の支店に入ると係員が近づいてきた。

 クローディは緊張しながら、壁の絵が見たいと伝えた。係員の男はマカルと同年代の、がっちりとした体形の男で、絵が見たいという理由で銀行を訪れた若い娘に対して口ごもった。ややしてから「どうぞ」と絵の方を示してくれた。クローディはホッとして壁際に近づいた。


 あの絵の具を使えばクローディもこういう絵が描けるのだろうか。それにしても、どうやって塗っていったのか。絵を見るよりも実際に画家の手元を見たいと思うクローディである。この時代絵を習うなら画家の元に弟子入りするのが一般的である。しかし女性の画家など聞いたことも無い。かろうじて女流作家というものが認知をされ始めた時代である。クローディの頭の中でヴァレルの言葉が蘇る。自分はアルメート人なのだ。開拓魂がこの身に流れている。絵を描き続けたい思う心と開拓魂は同じだろうか、という突っ込みはこの際無しである。


(でも、パトリックのような男は女が絵を描く趣味を持つなんて、とか言いそうだわ)


 昼食の最中くすりとも笑わなかった男を思い返す。順調にいけば来年の春にはドーンヴィルに銀行の支店が開くらしい。立ち上げメンバーの頭数に入っているパトリックは今から町の有力者と顔を繋いでおきたいと話していた。年末にウォーラム家の夜会に招かれているクローディのパートナーになるのが彼にとっても好都合なのだ。わかりやすい持ちつ持たれつではあるし、彼はおそらく自分よりももっと大人しい性質の女の方が好きそうだな、とは思う。


 では、自分はどういう男ならいいのだろうか。結婚をして子供を産んでも絵を描くことを許してくれる男性。これは譲りたくないなあと思う。


 水彩画を眺めているのに、頭の中では一度絵の具を使ってみようという算段を立てている。固形絵の具を水で溶いて使うのだと絵の具に同封されていた紙には書いてあった。画材屋の店主が簡単な説明書きを入れておいてくれたのだ。水で薄めて影を付けていって。影の色は何色でもいいのかしら。青い花の上に赤色を乗せて紫色の影を作っている。ああでもいまは冬だから花はむりね。リスにしようかしら。頭の中で描きたいものを次々と思い浮かべて苦笑する。結局絵を描くことが好きなのだ。


 つい夢中になりすぎて帰りの馬車に乗り遅れるところだった。

 大きな箱を抱えたクローディが馬車に乗って、もう一人駆け込んできた男性客を乗せたところで動き始めた。


「あなた……」


 クローディは思わずつぶやいた。

 最後に馬車に乗ってきたのが今日二回も顔を合わせた紳士だったからだ。

 クローディのつぶやきが耳に届いた彼はこちらに目をやり微笑んだ。クローディは慌てて目を逸らした。それからドーンヴィルに着くまでの数時間クローディはどこかそわそわとして過ごした。




 出来上がったドレスの仕上げをエミリと一緒にしていたが、そろそろ飽きてきたクローディは外へ出かけることにした。どうにも室内でじっとしていると体がむずむずするのだ。動き回るのはよいことだが、もう少し落ち着きを持てとエミリからは言われているのだが。


 出かけるのならマカルに昼食を届けてやってほしいと言われて町役場まで赴くことにした。最近ではマカルの昼ご飯は母の手製である。昨日の残り物を容器に詰め込み家を出た。


 町役場は町の中心の広場のすぐ隣に建っている。勝手知ったる風に扉を開けて中へと入っていく。父のいる部署は二階である。階段を上がろうとすると「あれ、きみは」と降りてきた男性に声を掛けられた。


「あなた」


 クローディも目を丸くした。

 昨日三度も鉢合わせた紳士である。人好きのする笑顔を浮かべ「四回目だね」と話しかけてきた。


「え、ええ」


 この町の人間ではない男が一体どうしたというのだろう。少し細面の紳士は、今日も糊のきいたフロックコート姿である。この町でクラヴァットを付けている男性というのが珍しい。


「僕はフェビス・マルゴ。今度この町に越してきたんだ」

「わたしはクローディ・ゲール。生まれも育ちもドーンヴィルよ」


 よろしく、と言ってフェビスは去っていった。クローディはつい彼を目で追ってしまって慌てて階段を上った。





 その後クローディがいつものように町の外れでスケッチをしているときに彼に絵を褒められるのだが、それはまた別の話である。



**********あとがき*******

お付き合いいただきありがとうございました

ひとまず、書きたいことはすべて書き終えました


クローディという女の子がふわふわと頭の中に降ってきて、書き始めた番外編

このあとの物語は読者の皆様のご想像にお任せします


ちなみにフェビスは建築家で、これまではグランストンに住んでいたのですがカイゼル家より召集されてドーンヴィルへとやってきました

鉱山で働く人の家が足りなくなってきたのですね


現在別の物語を連載中です

魔法の存在する世界観で、恋愛オンチな契約妻と、彼女に翻弄されまくる魔法使いのお話です

是非、よろしくお願いします

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