第41話

 目の前に広がる煉瓦造りの花壇、その先に道は見当たらない。見当たらないというより、花壇に植えられた植物たちが枝葉を縦横無尽に伸ばしており、奥まで行くためのいわゆる畦道はすっかり埋め尽くされていた。だが、どうしたことか。花らしい花の姿はどこにも見つけられない。

 花は種の識別において特に重要なものと言える。それがないとなると、枝葉や果実などから種の識別を行う必要があるが、これは例え植物学者であったとしても、極めて難しい判断を迫られることになるだろう。素人のヴェーチェルでは言うまでもない、手がかりは多いほど判断がしやすい。

 花壇は奥へ奥へと続いている。植物の管理のために花壇の間を行き来するための道があるはずだ。もしかしたら、埋め尽くされた花や蕾がそこにはあるかもしれない。そう考え、目を凝らして注意深く観察するヴェーチェル、その視界の隅で何かが揺れた。

 「……っ!」

 振り返る時の勢いを利用して武器のナイフを投じる。

 ギャッと声がし、小さなモノが地にボトッと落ちた。あれはなんだ、と近づこうした瞬間、彼のさらに後ろから数発の銃声がとどろいた。続けて落ちてきたのは先ほどと同じぐらいの大きさのモノ。

 《【銃器】を展開、攻撃【連続】、範囲指定【上空】、射撃継続》

 「助かった、レオ。ありがとう」

 《迂闊に近づくな、バカ》

彼の目の前に躍り出たカラス姿のエレオス操る【絡繰ノ翼】から撃ち出される魔力の銃弾が頭上を飛ぶ何かを次々と撃ち落としていく。それが上空にいる時は大きく見えていたが、墜ちてきた塊は思ったよりも小さくて黒い。

 《コウモリだな。花粉の媒介者か?》

 「生き血をすするっていう、あれ?人はいないはずなんだけどなぁ」

 《動物ぐらいはいるだろ。それに血だけじゃねぇよ。なかには雑食なやつらもいるとか……》

 そこまで言ったエレオスがふっと黙り込む。ヴェーチェルもその意味に気がつき、改めて目の前の花壇に向き直る。

 コウモリが花粉を媒介するケースは珍しくない。彼らが花の蜜を飲む際に身体についた花粉が、別の花に止まった時にめしべに降りかかるからだ。

 「ねぇ。コウモリって花とか食べたり、しないよね?」

 《…………いや、十分ありうる》

 媒介者を呼び寄せるために、植物は多様な進化を遂げている。甘い香り、甘美な蜜……、中には花弁を使って引き寄せる種もある。みずみずしく肉厚で、それでいて柔らかな花弁を時には人間も食べるのだから、それを好みとする動物も存在してしかるべきである。

 ボトボトと次々落下してくるコウモリ。エレオスが出力を調整したらしく気を失っているようだ。しばらくすると、その攻撃を警戒したのかコウモリたちは襲いかかってこなくなった。

 これはチャンスだ。

かろうじて道かと思われる場所を進むことにした二人は、足元や周りを警戒しながらさらに花壇の奥へ進む。頭上から白い光がわずかにもれてくるため、どうやら外とはつながっているらしいことがわかる。《ロウアメ》の生育環境とも一致する。

 だが、行けども行けども広がるのは花のない植物ばかり。小さな草花から背の高い植物、腰ぐらいの高さの低木まで植わっており、それらを絵で見た《ロウアメ》の特徴と照らし合わせてみるもののどれも似たり寄ったり。これは葉の形や果実の色が明らかに違うというものを省いたとしても、これだと言えるほどの確証までは得られなかった。

 「《ロウアメ》のアメって、文字通り飴のような甘い香りと蜜とが由来してるってあったな」

 《なるほど、奴らの食い物ってわけか。飴みたいな甘い香りがしたりはしねぇのか?》

 「あるけど、人間には感じとれないって」

 《チッ、めんどくせぇ》

 「うん……。参ったなぁ、必要なのは《ロウアメ》の果実なんだけど、割らなきゃ他の品種と判別つかないんだよ。あーあ、結構奥まったところまで来たし、ここまで何度も歩いて来るのも、ねぇ?」

 《うぜぇ、ここにも転移の魔法陣書けって言うんだろ?》

 「そういうこと。さすがだね、よくわかってる」

 満面の笑みで言うヴェーチェル。もうエレオスは諦めているのか深々とため息をつき地面に降り立った。

 《お前は《ロウアメ》の可能性がある果実を探しとけ》

 「了解。じゃあ頼んだよ」

 

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灯明 朱鳥 蒼樹 @Soju_Akamitori

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