第40話

 エレオスのぶっきらぼうな声にヴェーチェルはクスリと笑う。なんだかんだ心配してくれているのだ、それがすごくよくわかる。

 「さて、じゃあ《ロウアメ》を探してみるとしよう。レオ、灯り役は頼んだよ」

 エレオスのカラスが発光するほんの少しの灯りと、白い月明かりとで探索をするという。暗がりでものを見ることに長けたヴェーチェルだからこそできる技だ。カラスがヴェーチェルの手に音もなく降り立つと、彼はそれを顔の横に掲げながら歩き出した。

 パキッと乾いた音がヴェーチェルのゆるやかな足取りを追って鳴る。《温室》という言葉から連想されるような温かさも、穏やかに育っているはずの緑の香りも、ここには感じられない。暗闇に慣れた彼の目に映ったのは、腰ほどの丈で、黒ずんだ、かつては植物であったらしきモノ。

 「……変だな」

 《何が?》

 「ここまで空気がきれいな理由さ。 いくら地上とつながってるとはいえ、出口があんな彼方じゃ空気がちゃんと循環するかもわからないだろ?」

 《知らねぇよ、そんなこと。何百年も経ってんなら、別におかしかねぇだろ》

 「うーん、断定するのは早い気がする。やっぱりここまで火の手が及んだのかな……。この黒ずみ方と乾燥具合は触媒の実験の時に出た灰と似てるし」

 紙を燃やした時に出た黒ずんだモノ。その時に感じた独特な匂いと侵食されたように黒ずんでいく姿。その時の光景を想起したヴェーチェルはどこか腑に落ちない表情をする。

 《それこそ早とちりじゃねぇのか?そんなことより、さっさと《ロウアメ》とやらを探せ。長居するような場所じゃねぇぞ》

 「はぁい」

 大分目が慣れてきたところで、辺りに視線を巡らせる。

 そこは天井が高く広々とした空間で、今立っている場所は広場のように石畳が敷かれていた。その中心にはひびわれた器が据えられ、内部には消えかけた魔法陣がある。そこから四方に伸びるくぼんだ路は、おそらく《温室》 内部の植物に行き渡るように整備された水路だったのだろう。ひとまずこの水路を辿れば《温室》の奥までたどり着けよう。

 「《ロウアメ》の生態は、太陽光の届く場所、ってことだったよな。あの天井に空いた穴は偶発的なものだろうし、恒常的に太陽光が当たる場所があるってことか」

 《それならもっと奥だろうな》

 今ほどではないにしろ《コバルティア》の人間は太陽が苦手なはずだ。浴びたくないものをすすんで入り口近くに配置することは考えにくい。 水路に添うように伸びる細い道を進む。道中の植物は本で見たものだが、どれも黒ずんでいる。突然変異だろうか、それとも……。

 「ん?」

 《分かれ道のようだな》

 ヴェーチェルは迷いなくまっすぐ進む。空気が軽く澄んだ気配のする方を瞬時に感じ取ったのである。

 《そっちは黒ずんだ草しかねぇぞ?》

 「うん。ちょっとあっちの方は行きたくない」

 向こうの道には石畳が敷かれているので、通常ならばそちらを選んでいただろう。思念体のエレオスは空気の澱みは感じることができないのである。

 ヴェーチェルが進もうとしている道は石畳が途切れ、土がむき出しになっている。なんとなくジズの管理する薬草園が彷彿されるためか、エレオスもそれ以上何か言うこともなかった。

 進んでも進んでも辺りは暗くなる一方である。道中灯りらしい灯りがないため、エレオスのカラスの光だけが頼りになる。植物は暗闇のために判然とはしないが、相変わらず黒ずんでいるように見えた。

 「……道は当たりっぽいね」

 《こんなに暗いのに灯りがないってことは、自然光で十分ってわけか?》

 「あるといいなぁ、ロウアメ」

 《そうだな》

 だが、そううまく行くはずはなくーー。 

 「……広い、なぁ」

 《おんなじとこ回ってる説はねぇか?》

 「いや、葉っぱの形が微妙に違ってるから大丈夫」

 《そうかよ。……一応聞くが、ロウアメらしきやつは?》

 「ないね」

 《ハッ!だろうな》

 どれぐらい経ったのかはわからないが、探索に終わりは見えない。相変わらず植物は黒ずんでいるし、暗闇が明るくなるわけでもない。空間を歪ませる魔法を使っているのかどうか定かでないが、とにかく広すぎて先が見えない。

 エレオス曰く、空間に魔法を施すとそこに踏み入れたときの感覚はなんとなくだがわかるらしい。が、そんな違和感もここまで全く感じない。単純に物理的に広い空間ということか。

 《ご先祖サマも物好きだな。こんなでっかい空間作ってよ》

 「それぐらい、地下じゃ育てられない植物が多かったんでしょ。……あれ?行き止まりだ」


  

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