第44話(最終話) クィント・セラ
【前回のあらすじ】
「家族」との再会に涙するブルーポラリス号。一方、死ぬつもりだったミレニアはクィントの無茶な説得にようやく思いとどまる。
喉元まで迫った海水を潜って、ふたりはジュピター号に乗り込んだ。ミレニアはクィントの膝のうえで身体をたたみ、彼に寄りそう恰好になる。
キャノピーが閉じられ、コクピットへと送り込まれた圧縮空気が、機内の海水を外へと一気に押しのけた。
「いくよ?」
「ああ」
操縦桿に乗せられたふたりの手が、共に手前へと引かれる。ヒトガタをしたジュピター号はゆっくりと『ほしかぜ』のブリッジから離脱して行った。
振り向けば海溝の峰が目前に迫っている。涙滴型をした『ほしかぜ』の丸い船体が、ブリッジに開いた穴からもれる光で、深海のなかに浮かび上がった。
「起爆スイッチは?」
「ここにある」
ミレニアは手のなかにある小さな機械を目の位置に掲げて、親指を添えた。いつでも起爆する準備は出来ているとクィントに伝え、どうすると訊ねた。
「全力で逃げてはいるけど、この距離じゃなぁ」
「どうした?」
「あの船が爆発した時の衝撃波ったら、ベガの必殺技クラスだろうからさ。多分、おれ達ただじゃすまないと思うよ?」
のほほんとした様子でクィントが言う。
「な! こ、ここまで来てそれかっ。なんでそんなことに!」
「きみがブリッジで駄々こねた分のロスだよ、完璧に」
「はううううっ」
「ま、仕方がないさ。思い切っていってみよう。起爆のタイミング外して、核弾頭ごと爆発してもらっても困るし」
「……そうだな」
「えらく素直だね?」
「『ワダツミ』のみぞ知る……だろ?」
ミレニアの言い回しがよほど面白かったのか。クィントは突如、噴き出した。それを見て彼女も声を出して笑う。
死の危険性はさっきとほとんど変わらない。なのにどうだろう、不思議なことにミレニアはそれを恐ろしいとは思わなかった。死への恐怖どころか、クィントを前にすれば、すべての苦悩がバカらしく思えてくる。
それがこの少年の、真の強さなのかもしれない。
「じゃあ行くぞクィント。覚悟はいいか?」
ミレニアの親指が、赤い起爆ボタンの上に置かれた。恐くはないが、緊張の一瞬である。自然と頬を汗が伝った。
「あ! ちょっと待ったミレニア」
「なんだ?」
出し抜けに、すこし慌てたようなクィントが彼女の動きを制止する。ミレニアの目をジッと見つめ、ちょっと照れくさそうにして。
「キスしていい?」
「はあ?」
なにを言うかと思えば、この男は……。
「ば、馬鹿かおまえはっ! いいいいい、ぃま、そんな状況じゃないだろう!」
クィントの胸に手を押し当て、身体をすこし引き離すミレニア。耳の先まで熱かった。いまの顔を鏡で見るのが恐い。
「こんな状況だからだろうがっ。もしかしたら死ぬかもしれんだろう!」
「だ、だからと言って、キスっておまえ……ば、馬鹿者ぉ!」
起爆ボタンに手を掛けたまま顔を覆い隠すミレニア。心臓が張り裂けそうだった。痛いというか想いが大きい。
おかしな表現だが、巨大な何かが身体の内側から、飛び出してきそうなのだ。こんな気持ちははじめてだった。
「だ、大体まだお互いの……だなぁ……」
「好きだ」
「……気持ち……」
まだセリフの途中だったのに。
それはフライングだぞ、クィント。
声にならない気持ちがミレニアの胸のなかで、カランと音を立てる。妙に静かだった。こういう時ってもっとぶわって盛り上がるのかと思っていた。
ジンジンと身体中で血液のめぐる感覚がする。全身にいまのクィントのセリフを行き渡らせているみたいに。
考えもまとまらないうちに、クィントの顔が迫ってくる。
自然と瞳が閉じた。
「……ばか」
重なったふたりの影。
手にした起爆スイッチにもお互いの指が添えられる。
スイッチが押された瞬間に、光が追いかけてきた――。
爆心地から充分に距離を取ったかに思われたジュピター号を、強烈な閃光が追い越していく。次に雷のような爆発音。
コクピットのなかにいてさえなお、空気が肌を伝わりピリピリとさせる。
いよいよだった。衝撃波がやってくる。理論上二〇〇〇メートルを越える大水圧にも耐えるとされているマリナーの構造だが、爆発的に伝播する破壊エネルギーに対してどこまでの信頼性があるのかは未知数だ。
だが、これだけは言える。
この深海で外に投げ出されれば、さすがのクィントでも生存は厳しいだろうということ。
それでもミレニアは幸せだった。彼すらそうなのだから、もはや自分が生き残る可能性などない。彼のいない世界になど未練はなかった。最悪でも彼と共に逝くことは出来る。
それは自暴自棄になっていた時の考え方と、似ているようで少し違う。
いまのミレニアには、愛のカタチがはっきりと見えている。
「ぐわ!」
「きゃああっ!」
激しい振動がコクピットを襲い、シートに座るふたりの身体を突き上げた。ミレニアの身体を包み込むように抱いていたクィントの背が、コクピットの天井に打ち付けられる。
「クィント!」
「テテテ……ダイジョブ、ダイジョブ。大したことないから。それにしても……暗いな」
衝撃を乗り越えたふたりを待ち受けていたのは、暗黒の世界だった。
ジュピター号の灯火装置はどうやら先ほどの衝撃で壊れしまったらしい。いまふたりの姿を照らすのは、室内灯と操作パネルからもれる、ほんのわずかな光だけ。
キャノピーの向こう側に広がる世界は、存在しているのかさえ危うい暗黒の空間だった。
「……終わった、のか?」
自問自答するように、ミレニアはつぶやいてみた。なにぶん確認する術がないので、海底を封鎖することが出来たのかさえ知りようがない。
よくよく考えてみれば、穴だらけの計画だった。
これで誰かを巻き込みたくないなどとよく言えたものだ。
「あれ?」
「どうした?」
「や……おっかしいなぁ」
計器類を確認していたクィントが、なぜか頭をひねっていた。眉間にしわを寄せ、先ほどよりもよほど真剣に。
ミレニアはそっと自分の唇を指でなぞった。
恥ずかしかったが、こみ上げる多幸感は止められない。
「ちょっとミレニアこれ見て」
「えっ……あ、はい、な、なにっ」
不意に声を掛けられて挙動不審になる。
クィントの指は、耐圧ゲージと深度計を指していた。
「ボディに水圧がほとんど掛かっていないんだ。深度計も振れないし……。もしかしてセンサーがやられたのかも」
「ほんとだな……。や、でも、もしそうなら機体そのものが吹き飛んでいてもおかしくないじゃないか。圧力センサーのプローブは、下手をすると外部装甲よりも頑丈だぞ? それに電気系統のトラブルも検出されてない。つじつまが合わないじゃないか」
「そこなんだよねー」
うーむ、と腕組みをしたクィント。深々と瞑想するかのように沈黙を続けていたが、突如、くわっと目を見開き、操縦桿を握りなおした。
「ど、どうしたっ」
ミレニアの問い掛けにも、人差し指を立てる仕草だけで「ちょっと待って」と言う。
しばらく神経を、ほかのなにかに集中させているようだった。
「潮の流れを感じない……」
「なんだと?」
「それにいくらスクリューをかいても、
「何だそれは? 潜舵の故障か?」
「いや、そうじゃない……海水そのものが機体の周囲に存在しないんだ。おかしいぞ、どこなんだここは……」
「海が存在しない? そんな馬鹿なことが……」
まさか本当に異次元にでも飛ばされてきたのではないかと、詮無いことミレニアは思う。
もしくはすでに自分達は死んでいて、ここはあの世なのではないかと。
バカバカしいにもほどがあると、ミレニアは頭を振って自省した。その間にもクィントは、最善を尽くしているというのに。
しばらくして通信機がなにやら、おかしな電波を受信したとクィントが言ってきた。
作動したのはプルル用の翻訳機。にわかにスピーカーからノイズが聞こえる。
……ガ……ブジ…………リ…………
「こ、この電子音声は……ベガか?」
クィントが慌てて翻訳機の周波数を合せてノイズを取る。するとスピーカーからは威厳のある、重厚な合成音声が流れてきた。
「ヒトの子らよ。よくぞやってくれた」
「……ってことは、核の封印はうまく行ったのか?」
呆気にとられているミレニアの代わりにクィントが問う。
「さよう……もはやあの力が二度とヒトの手に渡ることはあるまい。残っていたヒトの船も我と、我の仲間ですでに追い返した。これ以上、この海が荒らされることもないだろう」
「追い返した……仲間を……ユニオンを生きて帰してくれたというのか?」
「我の求むるはヒトの血にあらず。『ワダツミ』に平穏が戻れば、それだけのこと」
「そうか……感謝する」
「なに。感謝は我の方である。世話をかけたなヒトの子らよ」
ベガの声には慈悲が感じられる。人間の忘れてしまったなにか、進化の末に置き去りにしてきてしまった生命の在り様がそこにあった。
よもや人類の宿敵とさえ思っていた、ただの巨大な海洋生物と、こんな会話ができようとは。
「でさあ。ここどこか分かる?」
哲学的めいた思惟にふけるミレニアをよそに、クィントはあくまで冷静だった。
確かにそれすら分からないでは、脱出もなにもない。
生きて帰る――それがクィントとの約束。
それこそがミレニアの、いまここにいることの意味だ。
するとベガは何でもないことのようにこう告げる。「我の腹のなかだ」と。
「はい?」
クィントの反応はもっともだった。ミレニアもそう思う。
「海溝にて自爆したヒトの船は、我の力にも似た衝撃波を放った。あれを食らっては、汝らの乗るヒトガタ程度では、到底保たぬ。我は汝らを呑み込んだのだ」
「じ、じゃあここほんとにおまえの腹ンなかなの……?」
「さよう。お陰で衝撃波をまともに食らった我は、いまのいままで脳震盪を起こしておったところである」
「それでずっとダンマリだった訳か」
「鬼の
ふたりはお互いの顔を見合わせてウンウンとうなずいた。
「もうすぐ海上へと出る。そこで汝らとは別れよう。仲間達も待っておるぞ」
「仲間? ああ! ルカも無事だったか! よかった!」
「それだけではない。あの青き船も共にある」
「ブルーポラリス号がっ? やった! やっぱりみんな生きてたんだ!」
「よかったなクィント!」
「うん! ほんとにうれしいよ!」
腹の底から笑い合うふたり。
戦いは終わった。
もう二度と同じ過ちを繰り返さないために、ふたりは生きていくことを誓う。
「さあ行くがいい、ヒトの子らよ。大いなる『ワダツミ』へ」
光が差し込んだ。
目に染みる空のブルーと、境界でつながる海の青。
ヒトはその狭間に生きることを、世界から許された。
穏やかな波間にイルカ達が踊り、流れる白い雲を追い越そうと、カモメが羽ばたいた。
「行こう!」
力強くクィントが操縦桿を引いた。
ミレニアはそんな彼の胸にもたれかかり、熱き魂の鼓動を聞いた。
=エピローグ=
「本当にもう行っちゃうのかい?」
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
ホァンとルカが、口々にそう言ってきた。
半壊したブルーポラリス号の内部。
いまだ復旧作業の音と、タツ爺の怒号が鳴り響く。
クィントはミレニアと共に、船内格納庫で出航の準備をしていた。
スクラップと化していたクィントのサルベージ船をホァンが直し、潜航艇モードのジュピター号に連結した。いまさらそれをとやかく言うものは誰もいない。ジュピター号は、旅立つクィントへの餞別だった。
「行く当てはあるのかい?」
ホァンが心配そうに聞いてくれた。彼との友情は、クィントにとって『目覚めの宝』と同じくらいの意味を持つ。生きていてくれて本当にうれしかった。
「一度、親方のところへ行こうと思うんだ。ミレニアのお袋さんのことも心配だけど、彼女もいきなりの海上生活じゃ、身体が参っちゃうだろうから」
「わたしは平気だと言った!」
ミレニアである。この船に身を寄せてからというもの、お嬢様育ちをことあるごとにからかわれ意固地になっている。特にヴィクトリアの小姑っぷりったらなかったが、その間、喧嘩の相手にはことかかなかったと、変なところでミレニアを高く買っていた。
シェフは息子を取られる母の心境なんだろうと言っていたが、クィントは何の話かさっぱり分からなかった。
「ミレ~ニア!」
「ひゃあ!」
ルカに背後から胸をもまれ、おもわず甲高い声が出る。
「な、なにをするぅ!」
慌てて振り向くと、そこにはテオを含むブルーポラリス号の女性陣が並んでいた。皆、祝福の笑顔なんだか「これから大丈夫?」といった心配顔なんだか分からないような面持ちでミレニアを見守っている。
サクラに至っては「男は狼だから」と貞操観念について延々と講義を受けさせられた。
「あの……ヴィクトリアは……」
「船長ならぁ、二日酔いでまだ寝てますよ~。そんなことより欲情したクィント君のうまいかわし方なんですけどぉ」
「そ、それはまた今度でっ」
「そうですかぁ?」
すごく残念そうなサクラをかわし、ミレニアは女性陣達に向き直る。そして深々と頭を下げて、彼女達に感謝の意を表した。
「ほんとはヴィクトリアにも一言、お礼をと思っていたんだが……。みんな本当にありがとう。世間知らずのわたしを、ただクィントの知り合いというだけでこの船に乗せてくれて。なかにはユニオンであるわたしを、よく思わないひともいたと思う。それでも我慢をしてくれたことに、本当に感謝する。お世話になりました」
「誰も我慢なんかしてないさ。ウチらだってはみ出しモンだよ」
「ジュリア……」
「この船はそういうヤツの集まりさ。ガラクタのパーツを寄せ集めて何とか進んでく。それでいいじゃないか。アンタもウチもパーツの一個だよ。大事な大事なね」
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしい。ジュリアも元気で」
ひとりずつにハグをして回るミレニア。感極まったルカなど、途中で泣き出してしまう。
それからジュリアから借りた服の袖を引く者があった。
テオだ。テオはスケッチブックから一枚のページを破り、それをミレニアに渡した。
「わたしに?」
コクコクとうなずくテオ。
表情は変わらないが、好意的ではあるらしい。画用紙に視線を落としたミレニアの顔がほころぶ。そこにはミレニアとクィント、そしてプルルの姿が描かれていた。
「ありがとう。とても上手だよ」
すぐにジュリアの後ろに隠れてしまうテオ。それでも、ほんのすこしだけ口の端が持ち上がったような気がした。
「みんなありがとう。行ってきます」
心なしか涙声のミレニアがそう言った――。
船内格納庫を一望できる天井近くの踊り場。鉄骨で組上げられた耐圧構造の柱やはりが、何本も交差している。そこからは機関室にも直通で行ける。
そんな誰もいないところでひとり、ヴィクトリアは酒をあおっていた。
「会ってやらんでいいのか」
ヴィクトリアが振り向くとそこにはタツ爺が立っていた。いつものように油で汚れたツナギを着て、機関室のほうから現れる。
ヴィクトリアは持っていた杯を空けると、なみなみと酒を注ぎ、それをタツ爺へと手渡した。
「ちょっと出掛けてくるだけだよ。永の別れじゃあるまいし、湿っぽい……」
「その割には随分と、おセンチじゃねえか」
「……うるさいなぁ」
照れ隠しにあおる酒の味は、妙に甘ったるくて。
肴にしたクィント達の笑顔に丁度合う。
「遊びに飽きたら帰っておいで……いつまでだって待っててあげる……」
こぼれた本音は酔いのせい。
本当にいい女ってのは、あまりベタベタとしないもんさね――誰に言い訳するでなく口にした。旅立つ息子へのはなむけに、そっと杯を掲げる――。
保存食の詰まった麻袋を担いでシェフがやってきた。
クィントはそれを受け取り、サルベージ船のキャビンへと運ぶ。
「ほかにいる物があったら何でも言ってくれ。薬、飲み水、あ、金持ってるか? すこしなら手持ちが……」
「大丈夫ですよ。もう充分によくしてもらいました」
「……そうか」
サバサバとした性格だと思っていたシェフが、意外と一番、クィントとの別れを惜しんでいるようにも思える。もちろん、クィントだって彼との別れは寂しかった。父親を知らないクィントにとって、彼こそがまさに人生の背中のように思えるのだ。
確かに親方の方が付き合いは長い。しかし年齢的に父と呼ぶには、難しかった。
だがシェフは、その風貌といい、たたずまいといい、自己の憧れを投影するのに抵抗がない。そもそも親方とシェフを比べようとするのが無意味なことなのだが、それでも彼は、クィントにとって人生の第二の師匠といえた。
「……じゃあ、おれ達行きます」
サイロに集まった黒山の人だかり。この時ばかりは皆作業の手を休めて、仲間の門出を見送りに来た。ルカはまだ泣いている。それをなだめるホァン。サクラとジュリアがそれを囲み、テオがプルルとお別れをしている。
機関室のほうでは、二日酔いだったはずのヴィクトリアがタツ爺と酒を交わしている。掲げられた杯が、自分へのはなむけだとすぐに気付いて礼をした。
そして、ジュピター号のコクピット。
もはや当たり前のようになってしまったミレニアの指定席。彼女を膝のうえに乗せたクィントが、操縦桿を握った。
ブルーポラリス号から発進するには、一度海中へと潜らねばならない。サルベージ船のキャビンも一応は完全密封されているが、どちらか一方だけそちらに残るのもなんだか不安だった。
それにキャノピーを閉めるまでは、こうしてお別れも出来る。
すでに海中では格納庫のハッチが開いていた。
「みんな達者で!」
先にミレニアが一声かけた。
「今度来る時まで、プルル用のプールを作っておくこと! これ絶対! バイビビ!」
翻訳機から流れるプルルの声。
最後まで自由なヤツだ。
「じゃあみんな……本当にありがとう!」
わっと群集が沸いた。皆が一斉におもいおもいの言葉を彼らに送っている。聞き取る術などありはしない。ただ、それらがすべてあったかいことだけは知っている。
彼らはずっと仲間だ――。
キャノピーを閉めるすこしまえ、シェフは大きな身体を屈ませてサイロへと手を伸ばした。
クィントも身体を目一杯伸ばして、それを握り返す。
逞しい漢の手だ。
「クィント、これだけは覚えておけ。志同じくして海行かば、いつか必ず相まみえん。おれ達はいつだって海でつながってる。それだけは忘れるな。おまえが困ってれば、いつでもおれ達が助けにいく!」
シェフがはじめて自分の名を……。
海の男が名前で呼ばれる時、それは一人前だと認められた証拠だ。
クィントの胸に熱いなにかがこみ上げる。走馬灯のように頭をよぎる思い出の数々。たった数日間の出来事なのに、もう遠い昔のことのようだ。
「帰ってくるから! おれ、絶対帰ってくるから! そん時はまたみんなで宝探ししようね!」
ゆっくりと海のなかへと潜っていくジュピター号。キャノピーはしっかりと閉じられ、もはや彼らの声も聞こえない。
ミレニアと共に手を取り、操縦桿を引いた。
旅立とう、あの青い世界へと。
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