これも成長?

「今のうちだ! あいつらが囮になっている今のうちに蹴散らすぞ!」

「おお!」


 そんなやり取りを聞きながら舌打ちをするのはボルツ国の兵士達だった。


「畜生! イーナ将軍たちの部隊は囮に捉まっているのか! てことは援軍は……」

「期待できないな。我らはこのまま蹂躙されるのみ、か……」

「副隊長がそんな弱気でどうするんですか! 隊長、指示を!」

「ふ、む……」


 部下にそう仰がれてもこの状況を打開する方法など思い付きはしなかった。いや、たとえ他の誰がここに立っていたとしても何も出来ないだろう。それほどまでに圧倒的な差がそこにはあった。戦力はもちろん戦い方から心構えまで圧倒的だった。あくまで結果を、ただそれだけを求めるやり方に対抗する術があるとしたら圧倒的なまでの戦力か、あるいは同じような頭の持ち主か。残念ながらその両方とも持ちえなかったこの部隊はあと一刻もしないうちに壊滅するだろう。


「全軍堪えろ! 援軍が必ず来る! それまで何としても耐えるんだ!」

「……おお!」

 

 それはもはや命令というよりは祈りに近い何かだったが文句を言うことなく皆その指示に従った。


「馬鹿が! 援軍は来ねえよ!」

「意味のない時間稼ぎなんかしてないで男らしく王国の戦士らしく死んだらどうだ⁉」


 ピクリ、と何人かの兵士は動いたが耐え続けた。援軍は来ない、と先ほど自分たちで結論づけたのに隊長はそれを待てという。ならば従うしかない。いや信じたかっただけかもしれない。必ず誰か気付いてくれると。 だが、ジリジリと削られていく戦力。このまま特攻した方が相手の戦力を削れるんじゃないか、様々な思考が駆け巡る。そこに、


「仕方がありません。一気に潰してもいいでしょうか?」


 空気が変わった。その男が一言発しただけで敵も味方も一瞬静まり返り、恐れた。


「来やがったか……」

「畜生なんだよあいつは!」


 男が戦場に立つ。その男は先制攻撃で圧倒的な差を見せつけて部隊を一部壊滅状態にしてからは息をひそめていた。それは休んでいたのかあるいは余裕からだろうか。


「あーあ、将軍が出るならもうこの戦いは終わりか」

「おい気を抜くなよ!」

「分かってますって。しかし何で今頃になって出てきたんですか? どうせなら最初から居てくれれば楽だったのに」

「お前それ聞かれたら懲罰ものだからな……そろそろ援軍が到着するかもしれないからだろう。今まで出なかったのは……恐らくお休みなられていたんだろう」

「いや援軍なんて来るわけないじゃないですか?」

「俺もそう思うが……」


 敵の将軍が出現したが心折れることなく耐え続ける事を選んだボルツ国の選択をこの男は心の中では称賛していた。


(普通は諦めるか特攻を仕掛けてくるかですが……見事ですね)


 そう思っていることはおくびにも出さず一歩また一歩と近づいて行き、とある所で剣を天に翳した。


「な、なんだ?」


 ボルツ国軍の誰もがその光景を注視していると、


「ふっ、伏兵だ!」

「何⁉ いつの間にここまで接近されていたんだ⁉」


 誰もが正面から来る敵将が攻めてくると思っていたところに裏から思わぬ伏兵。半ば混乱状態に陥ったボルツ国軍に追い打ちをかけるように、


「全軍突撃!」

「おう!」


 今度は本当に正面から敵将が軍を引き連れて攻めてきた。


「もう終わりだ!」

「最後まで諦めるな! まだ終わってはいない!」

「隊長! もう無理ですこれは! 終わりだ!」


「完全に心が折れた部隊ほど楽なものはありません。終わりですね……」


 そう呟いて肩の力を抜いたところだった。ふと上を見上げると懐かしい顔があった事にニヤリと男は笑った。


「テメエがな!」

「これはこれは……お久しぶりですね」




 完全に不意を突いたにもかかわらず俺の一撃を受け止める余裕ぶった男に若干の苛立ちを覚えた。まさかとは思うがコイツ……。


「誘っていたのか」

「いえ? ただ私だったらこの瞬間を狙う、そう思っていただけです……元気でしたか、勇者殿?」

「相変わらずムカつく野郎だな……見たまんま。元気さ」


 まるで旧友のようなやり取りをする俺たちだったがその間も攻撃の応酬は続いていた。分かってはいたがコイツ凄い戦い辛い。何故か部隊を後方に控えさせたままというのが気になるが……いや、動揺が走っていて動けないのか? だとしたら今がチャンスだが……。


「しかしよくここが分かりましたね。てっきりイーナ将軍の援軍に向かっていたと思ってましたよ」

「……それ本当に言っているのか?」

「ふふ。いえ、失礼しました。確かにあなたにこの世界での生き方を教えたのは私ですからね。おかげで不意打ちも防げました」


 相変わらずの醜悪そうな顔にある意味安心を覚える。だが剣の応酬の方はやや俺の分が悪く全くもって安心できない。


「生き方だけじゃねえからな……お前が教えたのは」

「そうですねぇ。あなたには私の戦い方を教えはしましたが、そういった戦い方をして来る者に対抗する術は教えなかったですからね……もしかしたらやり辛いかもしれませんが、大丈夫ですか?」


 本当に心配しているような口調だがそれとは裏腹に心底楽しそうな表情をしている。コイツは単純に剣の腕が相当立つにもかかわらずそれ以外の小技を多用してくる。例えば引いたと見せかけて攻めてくる、隠し持っていた砂で目つぶしを狙う、今みたいに言葉や表情で感情を揺さぶるなど、分かっていても結構神経すり減らされるのだから何の予備知識も無いとあっという間に向こうの空気に持ってかれてやられるだろう。だが、別にここでこいつを倒せるなんてみじんも思っていない。俺の仕事は……。


「……これは驚きましたね。まさかあなたが時間稼ぎをしているとは」

「ちっ、気づくのはやえよ」


 そう、伏兵と戦っているボルツ軍の援護に向かったあいつらがこっちに来るのを待っていたわけだ。そして一気にコイツも潰す手筈だったのだが、


「いやいやまさか。あなたに頼れる仲間がいたとは! それもお強そうですねぇ……ここは一旦引かせて頂きます」

「そうさせると思うか?」


 ここぞとばかりに攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、後方に控えていた部隊から大量の弓と魔法が偏差で飛んできやがった。俺クラスじゃなかったら普通に死ぬぞ……。それを何とか躱しながらコイツと距離を取る。


「おやおや、何とかしないとこのまま引き下がりますけど……宜しいので?」


 改めて、本当に心底腹の立つ奴だ! これだけの攻撃を準備していたのに俺を倒すのではなく逃走用に使うとは舐めてやがる。


「この野郎! 最初からそれをして来いよ!」

「……実は今ので倒すつもりだったんですがね。少し甘く見ていたのでしょうか……? 私が思っていたよりお強いとはね。いやいや流石は勇者殿!」


 そう言って敵の本隊は退いていった。伏兵がいた方を見るともう少しで敵が壊滅するところのようだ。最低限の結果が得られた為多少は喜んでもいいと思うが、内心はそれどころでは無かった。


「……少し驚いたな。あいつにしては珍しく今のは正直な物言いだった」

「何がよ」

「急に現れるなよ、驚かせやがって」


 いつの間にか隣に立っていたローズを窘める。


「勇者様が珍しくボケてたから気づかなかっただけでしょう」

「……そうだったか」

「はぁはぁ……いえいえ! ローズさんが早すぎなだけですよー!」


 後ろから息を切らせたリアンが走り寄ってきた。いや、直前までリアンの気配にも気づかなかったという事はあいつが珍しく本心を漏らしたのが余程衝撃だったんだろうな。まあいい、最低限の目的は果たした。お前の思い通りに事が進むのはここまでだ。ここからの主導権は一切渡さねえから覚悟しておけよ!


「さっきから勇者様何をニヤニヤしてるのかしら、ちょっと気持ち悪い」

「そうですか? 私はそんなフユさんも!」


 締まらないな……まあこれも成長だ。あいつは果たしてこんな風に変わった俺の思考を予想できるかな?


「ほら、この顔よ? この顔」

「良いじゃないですか!」

「黙れ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

召喚と同時に「嫌われた分だけ強くなる呪い」を掛けられました 東山レオ @reoleoreo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ