戦下でのまどろみ

 もしもあの男がその猛者と同一人物だとしたらこんな頭の固い連中には抑えられないだろう。実力差というよりも相性差というべきだろうか、徹底的に勝利、結果に拘り、その為ならば常識、倫理観、過程などはどうでもいいという考えを持った人間が一大国の兵士にいるというのは中々考えれないことだ。


 確かに結果は付いてくるかもしれないが他国からのパッシングはもちろん自国からも噴出する恐れがある為やるとしても大っぴらにやる奴はいない。もしも居るとしたらそいつはとんでもない馬鹿かあるいはイカレているか、


「それとも失うものが無いやつか。それが一番厄介なんだけどな」

「何か言いましたか、フユ様?」

「いいや、それより疲れていないか」

「いえ! 今はそれどころじゃないです! 早く援軍に向かわないと……」


 緊張した面持ちでそう告げるリアン。あのイーナの報告の後こちらも軽く経緯を報告していたところ伝令に兵士が駆け込んできて曰く、


「地点アルファに奴が現れました! 現在部隊は応戦していますが戦力的に……」

「今すぐ向かうわ。フユ、あなたは――」

「ここにいろって事だろ、分かってる。下手に現場に出て誘拐でもされた日には笑えないからな」


 俺がおどけたようにそう言うとイーナはため息をつきながら、


「わかっているのね」

「そう言っているだろ」

「なおさらたちが悪いわね……とにかく私は行くからここでジッとしていなさいよ!」


 と言うと飛び出していった。


「全く信用されてないな俺」

「あら、ある意味信用されているんじゃない? コイツ何言っても無駄だわって」

「え? え?」


 イーナを見送りながらクスクスと笑うローズと一連のやり取りに戸惑うリアン。その後ボルツ王たちからも、


「勇者だけでは絶対動かないように! 何があろうとイーナと行動を共にするように! これは命令だ!」


 というお達しをもらい大人しく部屋で待機……するはずもなく脱出。現在適当な嘘で集めた小隊と共にイーナが向かった場所とは異なる場所に移動中と言う訳である。


「それにしても何でここに向かうのよ? イーナの援護に行かなくていいのかしら」

「あるいはイーナ様が突破された場合のことを考えてとか……」

「それはない」


 ピシャリとリアンの意見を否定する。


「あいつが負けることはあり得ない。そしてそもそもあちらもイーナを倒そうとは思っていない。最初から敵の狙いは消耗なのさ」

「消耗……?」


 怪訝な顔でこちらを見るローズに対してこくりと頷く。


「そもそも敵はこの国そのものよりも俺に興味があるようだからな。俺の身柄を拘束し色々ある事ない事罪をでっち上げ悪役にしたいんだろ」


 そもそも悪役というか悪なんだがそれは置いておこう。


「そして然るべきタイミングで俺を処刑なりなんなりして真の正義は我が国にありっていうのをやりたいんじゃないか。そもそも俺を呼び出したのはあっちの国だしな。本当は称えられるべき賞賛が得られず肝心の勇者も他国に取られ焦ってたんじゃないか」

「焦る……?」

「ああ、恨みを晴らしに来るんじゃないかって」


 そんなつもりは全くないんだが言っても信じられないだろうしな。


「勝手に呼び出しておいて随分勝手な話ね」

「全くです」


 憤慨する二人に少しうれしくなり顔を綻ばせるがすぐに気を引き締める。


「そういう訳で最終的に狙いはこの俺。だから皆俺に引きこもっているように言ったのさ」

 

 そういうとリアンは慌てたように、


「じゃ、じゃあ何で出てきたんですか⁉ 危ないってことじゃ!」


 と身を乗り出したがタイミング良く揺れに重なり頭がぐわんぐわんと揺れているようだ。


「それこそ向こうの思うつぼだからな。消耗戦とかそういう嫌がらせをさせたら右に出る者はいない、いや世界一かもしれない男があの国にはいる」


 そう言うと少し優しい顔をして、

「……知り合いでもいるの?」


 と聞いてきた。


「知り合いというか、俺にこの世界での生き方を教えた糞野郎だよ」

「そう。だから少し思うところがあるのね」

「ねえよ」


 何を見当違いなことを言っているんだコイツは?


「……そうですね」


 リアンまで。いつもと変わらない表情のつもりだし変わらない感情なんだが。


「あんたを呼び出してこの世界で悪になるような生き方を教えられて……」

「それでも師にはかわりないんでしょうね……少しいつもと違って寂しそうな顔をしてますよ」

「はっ」


 思わず鼻で笑ったが二人は変わらず切なげな表情をしている。何か勘違いをしているようだが‥‥‥いや、勘違いでもないのかもしれない。


「そういえば俺この世界に知り合いほとんどいないんだった」

「え?」

「うわ~寂しい人生ね」


 だからなのかもしれない。これから俺はそいつと戦うってことは考えていても殺そうとは考えていなかった。


「やれやれ、悪の勇者様がだいぶ甘ちゃんになったようだな」

 

 と独り言をいうと、


「フユ様は最初っから結構甘えんぼうなような……」

「うわ、勇者様ってこんな小さい子に?」

「甘えてねえよ」


 その後も俺弄りが続いた。今は戦争真っただ中で、今から現場に到着し殺し合いを始めるというのにまるでピクニックに行くような会話をしながら俺は生きて帰ることを心に誓った。周りも時世も慌ただしかったが心の中はひたすら穏やかな日差しに包まれていた。

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