この世界の栄光の果て

胡瓜

アル族の終焉編

第1話

生きるとは決断することである

しかし人間は決断ができない

それは何故か


未来が見えないからだ

だから人は決断ができない

故に堕落する


私もそうであり

貴方もそうである


我々が悪いのだろうか?

我々の意志の弱さの所為か?


否。


それは未来の不安定さに起因するもの

ゆえに

不安定さは排除され、

未来は可視化され、

なければならない。


「ハッ…しょーもないポエムだ。」

我に帰った。

退屈すぎて色々なサイトを見ていたが…

否、本当はやるべきことから逃げているだけである…。


10時間以上のフライト。

レイはおよそ半日ぶりに地に足をつけた。

灼熱の砂漠には鉄骨のビルディングが無数に生え散らかしている。


ここはネヴェリチカ。世界最大の都市の一つ。

新世代のエネルギー「魔石」が大量に発掘されたことから、ただの寂れた村に過ぎなかったものが今や世界最大の魔石採掘場として世界有数の都市にまで成り上がったのであった。

「まぁ僕はこんなとこはあんまり好きじゃないけども…。」


「レイ様ですね。」

まさにメイド、といった服装をした若い女に話しかけられる。

「お待ちしておりました。お客様がお待ちですので、どうぞお越し下さいませ。」

レイは女性の後ろを追い、車に乗り込んだ。

女性は運転席に座ると車をすぐさま発進させた。


「さて…、この度のお客様については事前に資料を添付していましたのでご存知だと思われますが。」

「いいや、見てないよ」

これこそ本当はやるべきことであった。


「…本件はネヴェリチカ国王陛下直々の使命でございます。もっとも正式には国王陛下の下部組織にあたる内務省国防警察庁からの依頼でありますが。」

「まぁそれはなんとなく把握してるよ、13日の件だろう。」

「そうでございます。故にターゲットはアル族の首謀者2人組であります。」

13日。国際統一暦11024年2月13日。ネヴェリチカ最大の建造物王立国際証券取引所にて、爆破テロが起きた日。

その首謀者(現状では被疑者に過ぎないが)こそアル族である。

「アル族なんて実在してたんだなぁ、て感じだよ。俺は世界史の教科書でしか見たことなかったし。」

「それで少し興奮気味なのですか。」

「まぁね。虚構だと思ってたものに現実で対面できるんだから。」


アル族と人類との戦いは500年前にまで遡ることができる。

アル族は人類ではない。

彼らは死神である。

構成員全員が仮面を装着しており、その仮面が栄養となって装着者を永遠に生かし続けるという。いわばその仮面を壊されない限りは不死身の兵士である。

しかしそんなアル族も人類による撲滅作戦が功を奏し、あと2人しか生存していないという。この使命の成功を持ってアル族は完全に根絶される…とされている。

長きにわたる戦争にようやく終止符が打たれるというわけだ。


「到着しました。」

ひとけの無い古びた建造物の前に停車する。

「資料は全くお読みでないのですね?」

「そ、車ン中じゃ酔うからね。飛行機の中も忙しかったんだ。」

「では…。こちらの建物からターゲットを狙撃することになっています。対象もそろそろ見受けられるポイントにくるはずです。

 中に他の兵士は揃い、武器も既に用意されています。降車次第すぐに向かってください。」

「りょうかい…」 

瞬間、

目の前の建造物は内部から激しく爆発した。


「は?!」

「まさか……!気づかれていたのね…!?レイ様、逃げますよ!」

女性が車を急発進させる。

「うぉ!?」

車はUターンし、建造物から離れていく。

建造物の火は燃え広がり、そして中から1人の影が見えた。

影はこちらを見ている。

「中に誰かいるみたいだぜ…。こっちを見てやがる。」

「おそらく…対象のアル族でしょう。この様子だと、こちらの計画は全てバレていて…中の兵士も全滅でしょうか。」

「そんなバカな!今回のタッグはマルモーレの奴らと組んでたはず。あいつらの作戦がこんなことになるなど…」 

「アル族は不死身の兵士、死神です。こちらの常識は通用しない可能性も考慮しなければなりません。」

「ンな…現代の科学でそんなこと考えられるかよ。」

「とにかくとりあえず逃げ続けましょう。機会を探って反撃に移ります。」

「あいよーっ、」


レイはポケットからマンサナ社製のサングラス型小型携帯端末tabla.mk.32を取り出し、起動させた。

サングラス上に、視界に入れた対象…、運転席に座る女性の情報が浮かび上がる。


『戸籍上の名前:マリー

所属:ヴェネノ社

性別:女性

属性:本件契約の相手方の代理人』


「マリーさんねぇ…。所属はヴェネノ社…といえば、ゼルノのとこか。あの帝国はあんま気にくわねぇなぁ〜、それに、やけに流暢なガルブ語ときた。ほんとにゼルノ…フスティシア人かいな?ン??本当のとこは一体どうやら。」

「勝手に覗くタイプですか?モテませんよ。」

「うっさいなー、情事なんてどうでもいいよ。どうせいつ死ぬか分からん身だ。」

「まぁ自己紹介ができなかったのはこちらに落ち度がありますが…。名前が分かったならもうどうでもいいでしょう。時間はありません。」

マリーは車を停車させた。


「ひとまずここらで。」

「こんななんもないとこで?何やるつもりよ。」

「迎え撃つしかないでしょう。こちらの存在は認知されています。というより多分狙われているのは私達ですし。」

「だから武器もねえじゃねぇか。あん中に置きっぱだったんだろ?」

「ここにありますでしょう。後ろから射撃できるようになっております。」

「後ろ?」

突然の機械音。

レイが振り向くと徐にトランクが動き出していた。

いや、厳密にはトランクではなかった。

荷物置きではなく、それ自体が一つの大きな砲台のようであった。


「先ほどの逃避行中に対象の追尾をコントロールできるよう仕掛けを施してきましたので…そのルート通りに対象はこちらを襲ってくるはずです。

レーダーはそちらのtablaで確認できますよ。」

tablaの画面上にレーダーマップが表示される。対象の現在地と残りの所要時間が表示されている。

「…あ、そうすか、あざす。…あと20秒ね、まぁそんくらいあれば使い方はわかるか…。」

レイは急いで砲台に乗り込む。

「あ、見たことねぇと思ってたけど、ヴェネノ製のやつか!カモフラージュ用の改造がされてただけってわけね。このタイプなら使ったことあるよ。多分いける。」

「ヴェネノ製に決まってるでしょう。私はヴェネノ所属なんですから。」

「…パチってきたんじゃねーの?」

「そんな情報は本質的ではありませんので、返答しかねます。」

「物事に本質的も何もねーよ。今存在するものが存在してるだけだ。」

「ならば尚更のことです。対象がやってきます。そろそろ構えてください。」

残り時間は7秒を切っていた。


構えるレイ。

マリーは運転席につき、いつでも移動できるように準備をしていた。


そして。


更に15秒が経過した。


「全然こねぇじゃねぇか。」


突如、上空で爆発音。


周りの建造物全体が大きく揺れている。

「オッ、きたか…!?」


一瞬の静寂

「…」


直後、隣のビルの窓が大破しヒト型の何かが降ってきた。

来た。


たしかに人間の風貌はしているが、まるで蜘蛛の如く手足を折り曲げ、四つん這いで壁だろうがなりふり構わず走り回っていた。それは凡そ人間にできる動きではない。

顔面には特徴的な仮面を装着している。

紛れもなくアル族であった。

「な、アイツが?」

「そうです!顔面を狙って撃ってください!」

「ンなことわかってらぁ!」

一撃をかます。

弾は僅かに軌道をずらし、対象の脚部に命中した。

脚部は破裂し、臙脂色の液体が溢れ出る。

しかし対象は上半身のみになっても手と胴を動かし辛うじて動き続け、こちらに迫っていた。

「こいつまだ動くじゃねぇか!」

「当たり前です!顔面!顔面以外は効かないのです!不死身なんですから!」

「間に合わん!ひとまず距離を!発車してくれ!」

マリーが車を発車させ、対象からの距離を取る。

その間もレイは対象を目標に定める。

対象は動きが鈍っているものの、手や片足を使うだけで易々と車の速度に追いつく速さで走ってきている。その様子は最早獣ですらない。

化物か。

「今!」

2発目をぶっ放す。


決まった。


弾が対象の頭から胴を貫く。


対象は体を崩し横転、元々の走行速度を落としながら数回転し、そのまま停止した。


「やったぞ!」

「やりましたね。」

マリーも車を停止させる。そして車の側面から小型のドローン二機を対象に向け発射させた。

ドローンが対象の様子を撮影する。

貫かれ粉々になったその体は最早二足歩行の生き物の体すら為していない。

最早生命活動は停止しているようだ。


……



生命?


初めから生きてなどいない。


死神だ。


死神が死んだのだ。


では生とは?


生とは何か。


あの祭壇のアル族も生きていた。


貴様はどう考えている。


「は?」


レイは様子がおかしいことに気づいた。

先ほどまでマリーと車内にいたはず。

視界は暗転し、何も存在しない空間に突っ立っている。


否、

自分と目の前の男だけが存在している。


 新たなモタカメルに出会えたことを感謝する。

 汝は選ばれたのだ。まぁ正確には初めからそういう運命で生まれてきたと言ってもいい。

 汝が新たな…そして、最後のモタカメルだ。


「ま、待てよ!!」


レイが叫ぶ。

男は目の前にいるはずなのに、声が本当に届いているのかも分からない。

水の中にいるような気分でもある。

「モタ…なんだって?あんた何言ってんだ。」 


「もっと話すべきことがあるだろ!」


「聞こえてんのか?」


「お前は誰で…俺は一体なぜここに…いや何もかもわかんねぇ。」


「マリーはどこだ?!アル族は?!」


「夢か?」


「本当はアル族なんて倒せていなくて…」


「いや、もしくは建造物が燃えたときにその中で俺は死んでいて…」


「いや、あの爆発さえもしくは…存在しない?」


否。


全て存在する。


お前には全てを見せてやろう。

数百年のアル族の、死神の生き様を。

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