僕の物語 7
僕は自虐的な気分に浸りながら言った。
「刑事の一人に言われたよ。『お兄さんは相当、精神的に参っているようですね』って。まあ容疑者扱いされなくなっただけましだと思うけど、警察の気持ちもわかる。猪野沢さんだって、昨日、実際に僕そっくりの男を見るまで、僕の言うことなんて信じていなかったろう?」
彼女はうつむくと小さな声で答えた。
「それは……確かにそうです。でも、あたしは本当に見たんです」
「わかってるよ」
僕は言った。
「実際に見た人間にしか、この気持ちはわからないと思う。僕とそっくりの男がいたとしても、それ自体はそんなに不思議なことじゃない。ああよく似ているな、ってびっくりするかもしれないけど、その程度の話だ。でもね、僕そっくりの男が美優を……」
殺した、と言いそうになって、僕は一瞬、口ごもった。
いまだにこの手の言葉は、どうしても口にできない。
「美優を、あんなふうにしたなんて、いくらなんでも偶然がすぎる。そんなことがあるはずもないって考えるほうが普通だよ」
「でも、例えば実は、御厨さんに双子がいたとか……」
僕は思わず苦笑した。やはり人間の考えることはみな同じらしい。
「その線はないよ。僕も両親に何度も聞いたけど、二人ともそんなことは絶対ないって言っていた」
それだけではない。
父さんも母さんも、この話をするだけで哀しげな顔をした。
娘が殺されただけではなく、息子まで正気を失ってしまった、とでもいいたげな顔は、いまでもはっきりと覚えている。
「でも……なんとかできないんでしょうか」
妹の友人だった少女は、悔しげに顔を歪めた。
「あたし……美優のこと、いまでも友達でも思ってます。だから、どうしても美優があんなことになったのが許せなくて。あんなひどいことした奴のこと、許せなくって。あんな……あんなひどいこと!」
突然、猪野沢真希は驚くような大きな叫び声をあげた。
周囲の視線が、僕らのほうへと向けられる。
彼女も僕と同様、どうやら精神的に不安定なところがあるらしい。
一見すると派手な化粧をした、いかにも遊んでいる女の子のようにみえるが、これも一種の偽装なのかもしれなかった。
僕の記憶している猪野沢真希のほうが、彼女の実像に近いのだろう。
内気な内面を、わざとメイクで隠しているとでもいうべきか。
ふと、奇妙な親近感めいたものを彼女に抱いた。
聖林付属といえば、いわゆるお嬢様学校だ。こんな化粧をしただけで大騒ぎになる。
学校では普通にしていて下校後に化粧を施すということもありえるが、猪野沢真希は髪まで金色にしているのだ。
毎日、髪をわざわざ黒に染めてまた金色にするというのにはさすがに無理がある。
この格好で学校にいけば、停学処分をくらってもおかしくはない。
そもそも彼女は、いまは学校にもほとんど行っていないのかもしれなかった。
「あたし……」
猪野沢真希がつぶやくように言った。
「いま、友達いないんです。ていうか、遊びとかいく知り合いなら結構いるけど、いままで友達だって本当に思えたのは、美優だけなんです。だから……美優があんなふうになったって聞いたとき……」
その目に、ひどく冷え冷えとした輝きが宿る。
「犯人、自分で捕まえて殺してやろうとかマジで考えました」
物騒な発言だったが、僕はそれほど驚かなかった。
同じようなことを僕も考えたことがあったからだ。
いままで自分のなかに眠っていた凶暴な衝動が、ふいに蘇りそうになる。
「冗談でも、そんなこと言っちゃいけない」
僕はその場をつくろうように言った。
「気持ちはよくわかる……本当によくわかるけど」
「ならば、せめてあたしたちで」
猪野沢真希が、正面から僕を見た。
「あたしたちで、犯人、捕まえませんか?」
この言葉には、さすがに僕もしばらくの間、黙り込むしかなかった。
自分たちの手で、犯人を捕まえる。
そんなことが出来るわけがない。
いまこの瞬間も、神奈川県警と相模原署の刑事たちが捜査を進めているのだ。
いまでは人員が減らされたらしいが、美優が殺された当時、発足した特別捜査本部には百人もの捜査員が動員されたという。
世界でも有数の捜査能力を誇る日本の警察が全力で半年も捜査を進めているというのに、いまだに被疑者は見つかっていない。
捜査権ももたない僕らがいくら犯人を捜そうとしたところでそんなのはただの探偵ごっこだ。
だが、僕の心の一部はこう考えている。
警察の捜査が進展しないのは、彼らが僕の証言をはなから信用しなかったからだ。
僕は確かに見たのだ。
殺される何時間か前まで、確かに美優は僕と瓜二つの男と一緒に車に乗っていたことを。
この「事実」をもとにすれば、警察とは全く異なる方法で犯人へとたどり着くことも可能なのではないか?
ドッペルゲンガーが笑う 梅津裕一 @ume2
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