僕の物語 6

 美優はよく自宅に友達を引き連れてきたが、ときおり友人たちに僕を紹介した。

 僕として妹の友達と挨拶を交わすこと自体が苦痛だったのだが、美優にはどこか強引なところがあった。

 実際、僕を紹介されても美優の友達にしてみれば困惑するだけだったと思うのだが。

 だが、確かにどういうわけか、美優の友達に何度か携帯の番号を聞かれたような気もする。

 そういえば、一人、実際に電話をかけてきた子もいた。

 とはいえ、もともとが話し下手の僕が相手では話が盛り上がるわけもなく、すぐに連絡は途絶えてしまった。それでどこかほっとしたことは覚えている。

 だが、いまはそんなことはどうでもいい。


「僕とそっくりの相手の話だけど……渋谷で見たっていうのは間違いないね?」


「はい」


 猪野沢真希がうなずいた。


「ちょうどハチ公口を出て、みんなが待ち合わせするとこあるじゃないですか? あたし、あそこで知り合いのこと待っていたしてたんですけど、そこに『あの男』が立っていたんです」


 僕と同じ顔をした男が、渋谷の雑踏に立ちつくしている姿を僕は想像した。


「その男は、どんな感じの格好してた?」


「紺色っぽい、スーツ着てました。みた感じは、どこにでもいる地味なリーマンっていうか。ただ、ちょっといい男だなって思ってじっと見てたら、どこかで見たことあるなって思って。で、お兄さ……御厨さんにすごく似てるんだって気づいたんです。でも『なにかが違う』んです。雰囲気っていうか、オーラっていうと大げさだけど……」


 その男には、なにかおかしな点でもあったのだろうか。


「一見すると、普通に見えるんです。でも、なんだかわかんないけど見ているうちに鳥肌がたってくる感じ……って言ってもわかんないですよね? なんていうんだろ……」


 猪野沢真希は、しばらくの間、うまい言葉を探しているようだった。


「これは御厨さんに似ているけど、なにか全然違うもので、それも『とても良くないものだ』っていうか。御厨さんが自分そっくりの男と美優が一緒にいたって言っていたこと思い出して、ああ、こいつがその男だって思ったら恐くなって……それで電話したんですよ。で、御厨さんが電話にでたんで、やっぱりいま目の前にいる奴は御厨さんじゃないって思って。尾行とかしようかとも思ったんですけど」


 それを電話で制止したのは僕だった。

 もし男があのとき見た男だとしたら、相手は殺人者なのだ。

 そんな相手を尾行するなど、危険きわまりない。


「猪野沢さんは、男には気づかれなかったんだよね?」


「たぶん……」


 あまり自信のなさそうな声で猪野沢真希が答えた。


「気づかれなかったと思うんですけど……あたし、そんなに目立つほうじゃないし」


 正直にいえば、いまの彼女の姿は、喫茶店のなかでかなり目立っているように思える。

 とても地味とはいえない格好だ。

 だが、渋谷の街中では、逆にいまのような姿のほうが目立たないのかもしれない。


「僕以外には、その僕にそっくりの男の話はしてないよね?」


 僕の質問に、彼女は首肯した。


「してないです……っていうか、御厨さん以外にこの話したって、誰も理解してくれませんよ。事情を知ってる人間でないと……」


 言われてみればその通りだ。

 僕とよく似た男が本当に実在したとしても、事情を知らない人間からすればだからどうした、ということになるだろう。


「だけど、御厨さんにこうして直接あって、お話ししたらなんだかちょっと、ほっとしました」


 猪野沢真希が、かすかな微笑を浮かべた。

 年相応の、どこか幼さの残る笑みだ。


「なんか昨日からちょっとパニくってたんですよ。こんなのありえねーって思って」


 それは、僕があの男を見てからずっと思っていたことでもあった。

 自分と瓜二つの相手を見るというのは、不気味としかいいようもない。

 しかも、僕の場合は目撃した状況そのものが尋常ではない。


「あの……あたし、思ったんですけど」


 まっすぐにこちらを見据えながら猪野沢真希が言った。


「あたしが警察に証言すれば、警察も御厨さんが言っていたことを信じるようになると思うんです。つまり、御厨さんとよく似た男が実在していて、そいつが美優のことを……」


「いや」


 僕は苦い笑みを浮かべた。

 この半年の経験で、警察組織というものがどんなものか、僕はよく知っている。


「気持ちは有り難いんだけど、警察は『僕とよく似た男』の話なんてのは最初から信じていない。残念だけど猪野沢さんがよく似た男を見たって証言してくれたとしても、警察が僕の証言を信じてくれない限りはなんの意味もないんだ。なにしろ連中、僕のことを証人としてまったく信用していない」

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