勇者を探せ!

里場むすび

勇者を探せ!

# 本編


『勇者サルハの侵入を検知。部屋にロックをかけます。勇者サルハの永久封印術式起動まで、600秒――』


 わたしがなんとなく押したスイッチのせいで、わたし達8人と、

「大丈夫!? いま助けるから!」

 結界に覆われた部屋に飛び込んだ間抜けの1人、計9人はこの部屋に閉じ込められてしまった。


「ど、どういうことなんだ?」

 ――今代の勇者、ユーマ。

「勇者サルハとは一体……?」

 ――魔術師、サナ。

「ふむ、遺跡が生きていたか」

 ――魔王、マオ(偽名)。

「…………」

 ――異界を司る神、イト(仮)。

「なるほど。この結界、来る者拒まずだが去る者は逃さないつくりのようだ」

 ――製造魔術師、レン。

「師匠、どうしましょう?」

 ――蘇生者、トーカ。

「スミレ、大丈夫?」

 ――ヒーロー、シャル。

「うん。特に異常はないよ」

 ――呪術生命、スミレ。

「タイムリミットは10分か。悠長にはしてらんないね」

 ――不死者こと、わたし、アル。


『結界の解除には、勇者サルハに封印光線を照射する必要があります――サルハ封印のため、ご協力下さい――この光線はたった一度しか使用できません。また、この光線は勇者サルハを優先的に封印しますが、光線上に勇者サルハがいない場合、最初に光線に当たった一名を封印します――ご了承下さい』


 ……どうやらこの部屋から脱出するには、結界が出現した後に部屋に入ったシャルを除く8人の中から、勇者サルハを見つけ出さなくてはならないらしい。


 勇者サルハ、その名を知る者はもう、ほぼいない。知っているのはごく一部に限られる。

 今代の勇者ユーマやそのサポートをする魔術師サナは存在すら知らないだろう。


「アルさん、勇者サルハって誰ですか?」

「ん。ああ――」

「……はじまりの勇者」

 わたしが答えようとしたその時、トーカが言った。

「そして、500年前の大災厄の元凶です」

「あの、文明が大きく後退する原因となった?」

 サナの言葉にトーカは首肯する。

「……最も祝福された、最も傲慢な勇者。彼の者は魔王との戦いを終えて後、この世界の観客席に座り、己の戦いの止むことなき再演を望む――と神は言っている」

 補足するようにマオが言った。どうやら彼女はそういうキャラで通すつもりらしい。自分が本物の魔王だとは、さすがに名乗れないか。


「とにかく問題は、そのサルハがここにいるってことですね!」

 そう言うのはシャルちゃんだ。

「ならばこの私が、サルハを見つけてみせましょう!」

 わたしはシャルちゃんの探偵役立候補を後押しする。

「それはいいかもね。シャルちゃんは唯一、結界が張られたあとにこの部屋に入ってきた。彼女だけは確実にシロだってことだから、これ以上の適任はいない」

 正直、彼女の推理力にはあまり期待できない。

 だが、彼女は本物だ。あの意志の力ならばひょっとすると、サルハを封印できるかもしれない。

 ほかのみんなからの異論は、なかった。


 サルハはこの世界の外側に存在する。基本的にはそこで、この世界で100年に一度行われる「勇者と魔王の戦い」という名の演劇を見ている。

 だが、時に彼はと見込んだ人間に憑依して、世界に少しばかりの干渉をすることがある。

 大災厄の生き残りトーカによれば、にその自覚はない。無意識に、サルハに利する行動をとってしまうのだ。


「――というか、この結界の発生源の方をなんとかすることはできないんですか?」

 推理が面倒になってきたのか、3分経たないうちにシャルちゃんがそんなことを言いはじめた。

「無理だ」

 レンが否定する。

「さっきから試してはいるが、下手にやると封印が強制発動するつくりになっているらしい。なんとかするには少なくとも1時間はかかる」

「んーじゃあ、発動させてみます?」

 なにを言ってるんだろうこの子は。

「あ、そっか」

 と、シャルちゃんと同じ電波を受信したアトモスフィアを見せたのは今代の勇者ユーマ。

「ここで封印が発動するのは、サルハにとっては都合が悪いんだ。だから、逆に止めようとする人が容疑者ってことに」

「そゆこと!」

「いやいやいや何言ってんですか勇者様! みんなまとめて封印されちゃうんですよ!」

「あ、ちなみにここの封印、多分強力な呪術入ってるからほぼ確実に解けないと思いますよ」

 と、言うのはトーカ。

「なんで分かるんだ?」

「……たぶんこの封印術式作ったの、私の姉だと思うんですよ。お姉ちゃん、文字通り命削って術式開発してたんで」

「なるほどな」

「シャル……」

 不安そうに、スミレちゃんが言うとシャルちゃんは溜息ついて、

「うん。サルハ探しをしたほうが良さそうだね」



 ――残り時間が5分を切ろうとしている。

「そういえば、この光線を使った場合、にされた人は封印されないってことでいいんですよね」

「ああ。こっちで解析したところ、光線の術式サルハのに無効であることが確認できた」

「ですよね」

 シャルちゃんの表情が少し明るくなる。

 勇者も魔王もお構いなしに助けるヒーローを目指す彼女のことだ、きっと、まで一緒に封印されてしまうことに躊躇いを覚えていたのだろう。

 でも、おかしくないか?

 普段のシャルちゃんなら一番にそれを気にして尋ねるはず。なのに今回は封印術式を発生させる機械をなんとかできないか訊き、その後にの安否を気にした。

 ――もし、サルハのに乗り換えが可能ならば――。

 シャルちゃんも、候補の一人に含めるべきなのかもしれない。



は、勇者と魔王の戦いに関わるはずだよな」

「それがどうかしたんですか、勇者様」

「だったらさ、一番の候補は僕達勇者や、魔王や魔王軍の幹部、だと思うんだ。ここに後者はいないけど」


「……と今代の勇者様が仰せだぞ。魔王軍四天王よ」

「そうですね。放蕩魔王様。あと魔王軍四天王とか大災厄の時に辞めてるんで」

 いつの間にか隣に来ていたマオに小声で言った。

「……でもまあ、物語を楽しむならきっと、主人公サイドも敵サイドも、そこそこ楽しめる第三者ポジがおいしい気もしますけどね」

 そう言うのはトーカだ。彼女とわたし達は500年前に顔合わせ済なので特に隠すことはない。というかトーカちゃんをコールドスリープから叩き起こしたの、わたしだし。

「そういう条件なら、私達と勇者パーティ、この4人は除外できるね」

「ついでにイトも除外できるな。……というかいいのか? それだとお前の師匠とかお前が疑わしいことになってしまうが」

「あとはシャルちゃんとスミレちゃんだね」

「む? そうなのか?」

「うん。シャルちゃんはわたしが見出した本物だから、きっとこれからの戦いに深く関わってくるだろうし……スミレちゃんはああ見えて、あなたが独占した呪術の一つだからね」

「……『ユメワタリスミレ』?」

「そう。ま、わたしの封印具のおかげでだいぶ機能は制限できたけどね! それもこれも、シャルちゃんが本物だったお陰!」

「……妙だ」

「なにが?」

 マオが珍しく真剣に考え込んでいる。その姿に、わたしは言いようのない不安に襲われた。

「あの『ユメワタリスミレ』って人々の心に撒いた種に根を張ることで魂の力を吸収し、それを養分とする呪術兵器ですよね」

 トーカの問いに、わたしは首肯した。

「ん? ああ、500年前は兵器そういう扱いだったね。そうだよ」

「……『ユメワタリスミレ』もそうだが、呪いは禁固の塔に封印してあったはずだ。それを解放したのは……お前か?」

「さあ? 誰が封印を解いたのかは知りませんよ。本人も知らないそうで。わたしにとっては都合のいい試金石が転がり込んできたのでラッキーでしたけど」

「あの、アルさん。ちょっといいですか?」

「ん?」

「禁固の塔に封じられていた『ユメワタリスミレ』に、ある程度の行動を可能とさせるほどの魂の力なんて、普通の人間には与えられっこないですよね」

「まあ、そうだね。シャルちゃんみたいな本物でもない限り」

 魔王は低い声で言った。

「勇者サルハなんじゃないか? スミレに最初に行動を起こすための養分を与えたの」



 ――残り1分になった。

「…………」

 シャルちゃんは暗い顔をしていた。

 スミレちゃんがって可能性に気付いた顔だな……あれは。

 おそらく、わたし達の話と同じ結論に至ったのだろう。スミレちゃんの養分補給源たる草を刈った結果、スミレちゃんは倒れた。それを以ってスミレちゃんの可能性を除外することはできるだろうけれど、スミレちゃんが禁固の塔から出る際にサルハの介入があったことまでは否定できない。むしろその事実によって補強されてしまう。

「――分かりました」

 と、シャルちゃんは突然言った。

 当然、動揺が走る。

「まず、懸念材料だったの乗り換えは、少なくともここでは考えなくてもいいでしょう。この部屋はサルハを封印するためだけに、トーカさんのお姉さんが命を削って作った部屋です。乗り換え防止の術式くらいは仕込まれていて当然でしょう。それに、観客としてはなるべく、最初に座った席で劇を見続けたいと思うものです。――それを踏まえて、」

 シャルちゃんは封印光線の照射口を向ける。

「勇者サルハの、それは物語を進めるのに便利な人、つまり――アルさん、あなたです」

 光線が、来る。真っ直ぐに伸びる光線がわたしに直撃し、

「あ――」

 わたしは思い出す。

 なぜスミレちゃんを禁固の塔から解き放ったのか。

 ――魅力的な登場人物の試金石とするために。

 なぜ「本物」を求めていたのか。

 ――きっとそれが、より良い物語を作り出す者だと、確信していたから。

 そうだ、それは、わたしの意思であってそうではない。

 それは――


『勇者サルハの封印を確認。ロックを解除します』



 立ち去り際、わたしは光線が直撃したあの時のことを思い出す。

 あの時、わたしの中に生まれた感情は恐怖でも疑問でもない。――歓喜だ。

 シャルちゃんの本物の主人公ぶりに、わたしは歓喜した。

 残念ながら、それは確かにわたしの意思で、わたしの感情だった。

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