この記事は拙作『幽霊のお姉さんと過ごすひととき』のあとがきとなっております。ネタバレを多分に含みますので未読の方は是非とも以下からご一読くださいませ。
https://kakuyomu.jp/works/16818093083938337915本作は第3回「G’sこえけん」音声化短編コンテストに向けての応募作品となっています。こちらのコンテストには2部門——「ボイスドラマ部門」と「ASMR部門」がありまして、『幽霊のお姉さんと過ごすひととき』は「ASMR部門」に応募しています。
※この記事はnoteに投稿したあとがき記事の縮約版となっています。
Prologueを書いている時点では幽霊のお姉さんに甲斐甲斐しく世話を焼いてもらって癒される——そんなシンプルな筋のお話を構想していました。
Track1でお姉さんに栄養状態を心配された主人公がおいしいご飯を食べて、Track2でお風呂に入った主人公がお姉さんに髪を洗ってもらったり背中を流してもらったりして、
Track3で髪を乾かしたり耳かきしたりして、
Track4で童謡でも歌ってもらって寝かしつけてもらって………………。
という流れにするつもりでした。それで最後にお姉さんは(そもそも地縛霊が人間に憑依なんてできるわけないので霊体を維持できなくなる)といった理由でいなくなってしまうか、主人公の家を新たな地縛先として居着くか、みたいな形でエンディングを迎える。——そういう流れですね。
しかし、その目論見ははかなくも崩壊してしまいます。大筋こそ維持されたものの、思い描いたものとはまったくの別物となったのです。
すべては、Track1でお姉さんが馬脚を現したことに端を発します。
本来、Trackはお姉さんが主人公に夕食を作ってあげる予定のシーンでした。しかしここでいくつかの疑問が作者の脳裏をよぎります。
・幽霊のお姉さんに物が持てるのか?
・設定上昭和後期頃に亡くなったお姉さんに現代の家電が使えるのか?
・設定上病弱なご令嬢だったお姉さんに料理の知識があるのか?
・誰かの癒しが必要な状況の主人公の家に、まともな手料理が作れるだけの材料があるのか?
そんなもん無視すれば良かったのかもしれませんが、作者はこれらの問いに真正面から向き合い、筋書を変更するに至ります。
主人公が買い置きのカップラーメン(担々麺)を食べてお姉さんがその味に悶絶し気に入るという流れに。
ちなみに、主人公の食べたものの味覚がお姉さんにも共有されるという設定はプロローグ執筆時点から考えていました。これによって食べものの味を味わいながら同時に食レポをこなすという、両面宿儺でもなければできなさそうな芸当が可能となったわけですね。可能になったからなんなんでしょうね。
また、このお話ではお姉さんが給湯器に手を突っ込んで「あちっ」と言って手をひっ込めるというくだりもあります。やってることがガキすぎる。ここでもうミステリアスの「ミ」の字も残らないくらいに世間知らずのお嬢様属性——といいますかガキ属性が強く顔を出してきてます。せめてあと2トラック分くらいはミステリアスなお姉さんを続けさせるべきだったかもしれない。
ここでお姉さんがミステリアスお姉さんをやめてしまったため脱落してしまった読者さんもいたかもしれないと思うと申し訳ない限りです。
さて、というわけで本作の方向性を変な方向に決定づけてしまったのがTrack1でした。すべてはここからはじまった。
続いてTrack2の内容についてです。本Trackを書くにあたって髪の洗い方を色々と検索し、ある程度正しそうだと思われる方法を書いたのですが、ここで障害となったのがお姉さんが霊体である、ということです。
私達肉体を持つ人類はあまり意識する機会がないかもしれませんが、髪を洗うというのは実のところ、けっこうな重労働です。シャワーヘッドはまあまあ重いし、水で洗い流すのも毛穴に汚れが残らないようにするのも、シャンプーを泡立ててしっかり揉み込んでいくのも、案外力が要ります。
そんな重労働に幽霊のお姉さんは霊体ひとつで立ち向かうわけです。
例えるなら、幼い子供を一人でおつかいに出すようなものでしょう。
お姉さんはこの重労働を通し、今の自分の限界を認識して、このTrackは終わります。
癒しASMR作品ってこういうのじゃないと思う。
Track3ではお姉さんが耳かきでリベンジを試みます。
使うのは竹製の耳かきとティッシュくらい。霊体なので膝枕はしてあげられない。息を吹きかけることくらいならできる。……という感じで、ポルターガイストもまともに起こせない幽霊のお姉さんにも無理なく実行できる範囲の仕事です。
耳かきについてもやり方をネットで調べるなどして書いたのですが、「耳かきはするな」という話ばかり出てきました。皆さんが自分でする際は自己責任でお願いします。
さて、耳かきそれ自体については幽霊のお姉さんでも無事にやりとげることができました。
しかし、幽霊のお姉さんの生前は病弱なお嬢様。後片付けのたぐいは侍女がやってくれていたのです。
そのあたりで少しばかり手抜かりがあり、幽霊のお姉さんは「次こそは」と主人公の寝かしつけを決意します。
この辺でようやく普通のASMR音声作品っぽくなってきた気がします。
Track4では最初、お姉さんに童謡を歌ってもらうつもりでした。しかし、寝かしつけに使う童謡は何が良いのか、童謡の歌詞を掲載する権利的な問題が発生しえないものはどれか……など考えることが案外多く、やめました。
代わりに入れたのが、いわゆる「米軍式睡眠法」を用いた睡眠導入です。最後の方はお姉さんのひとり語りになっていますね。主人公はお姉さんの語りパートではもうすでに眠っている、もしくはうとうとしてる想定です。
本作の執筆に際し注意しなくてはならなかったのは、お姉さんは昭和後期ごろに亡くなった人物であり、かつお姉さんが入院していた病院は現代——作中に説明はありませんが令和です——では廃病院となっているということ。
つまり、あまり新しすぎる睡眠法は出せない。
そのため、第二次世界対戦中に開発されたという「米軍式睡眠法」をモチーフとした睡眠法を説明させたというわけです。
……なんだかこうして振りかえっていると、さっきからずっと自分で決めた設定に足を引っぱられているような気がしますね。
さて、このTrackのお姉さんひとり語りパートでようやくお姉さんの未練が明かされます。それは「他人の役に立ちたい」というもの。
失敗もありつつ、これでようやく未練を果たせたとお姉さんは思っていたようです。お姉さんは一夜のまぼろしとして消える気まんまんです。
さて、そんなお姉さんがどうなったのかというと……
朝になっても消えませんでした。
Track5は音声作品にたまにある「繋ぎ」のパートです。他のトラックが20分とか30分とかあるなかで、ぽつんと5分程度の短いトラックが挟まってるやつ。
あれが私は地味に好きでして、それを意識して入れてみました。入れる必要があったのかは分かりません。
Track6は夏祭り回。幽霊お姉さんの食レポ、リターンズです。
皆さんは夏祭りと言えば何を思い浮かべますか? かき氷? りんご飴? チョコバナナ? ベビーカステラ?
他にもたこ焼やお好み焼き、綿飴など色々あることでしょう。
ですが、ここで私が出したのはそのいずれでもなく、ケバブとクレープです。
なんだか逆張り人間みたいになっていますが、これがただの逆張りならば煮イカを食べさせていたと思います。真っ赤で味のついたイカを。
ではなぜケバブとクレープなのかというと、これもまたお姉さんの設定に割と真面目に向き合おうとした結果の産物です。お祭りが初めてのお姉さんとはいえ、どうせなら日本風のものより海外風のものに興味が惹かれるのではないか——そう考えたのです。
しかも、Track1でお姉さんは担々麺にいたく感激していましたからね。刺激物を好みそうだ、という考えからケバブとなりました。あのお肉のインパクトもまた興味を惹く要素としてはばっちりで、きっと初見なら誰もがあの屋台には近付いてみたくなることでしょう。
クレープの方については、しょっぱいもののあとは甘いものを食べたくなるのが人情だろうという考えから。お姉さんがチョコレートと生クリームを知っているかどうかはちょっと考えましたが、知っていることにしました。さすがにそのくらいは口にする機会があったでしょうから。きっと侍女にこっそり持ってきてもらったりしていたのでしょう。
そんなこんなで楽しんでいると、お姉さんの身体が透けはじめます。
つまり、幽霊のお姉さんの本当の未練とは、夏祭りを楽しむことだったのです。
> 「まったく、笑えてくるよ。恵まれすぎていたのに何も返せぬまま死んでしまったこと、それこそが未練だとずっと思い続けていたというのに……本当は、そんなことは未練でもなんでもなかった」
> 「自分が恵まれた分だけ、誰かの助けになりたい——だなんて物語の主人公のようなかっこいい動機なんて結局、私ははじめから持ち合わせていなかったんだ」
私がこの作品で一番描きたかったのは、あるいはこのセリフかもしれません。
私は現在架空カードゲーム小説の執筆中でして、そろそろお披露目できるかと思うのですが、その作品を書いていて気付いたことがあります。
どうやら私は、「自分が善人だと思っている人間が自分の利己的なところを自覚し、自分自身に落胆する姿」がとてもとても好きなようです。
このシーンも、つまりはそういうことです。
このあとのお姉さんと主人公が別れるシーンで幽霊のお姉さんがある歌について言及します。これはお気付きの方もいるでしょうが、坂本九の代表曲「上を向いて歩こう」のことです。さすがにお姉さんに歌わせる勇気はありませんでした。とはいえお姉さんの設定的に、この曲に言及した方が「らしさ」があるかな、と思い言及させてみました。
——というわけでお別れはかなりしんみりしたものとなりました。
お姉さんが消えておわり!のがお話としては綺麗だと思ったんですが、ビターエンドは癒しがテーマの作品としてよろしくない、という意見をいただきまして最終的にお姉さん帰還エンドとなりました。
実のところ、最初から帰還エンドは考えていたのですが当初予定していた帰還エンドはなんというか「軽すぎる」と感じたためお姉さんには一回、三途の川の手前まで行ってもらうことに。閻魔大王様の裁きの結果特例として現世に返される……みたいな流れも考えていたのですが、閻魔大王様の裁きまでってけっこう時間がかかるんですよね。というわけで、お姉さんは三途の川を渡ることすら許されずリターンします。
なにせ、閻魔大王様の裁きを待っている間に主人公がなにをしてかすかわかりませんから。
本作品において主人公とは聞き手——すなわち「あなた」のことであると冒頭で説明しました。しかし、音声作品というのは往々にして聞き手になんらかの役割を求めてくるものです。毎日の労働で疲れきった会社勤めのサラリーマン、慕ってくれる後輩JKがいる高校生、自分に思いを寄せてくれる幼馴染のいる高校生、世界を救った勇者…………などなど。
というわけで本作でも、明言こそされませんが主人公にはある属性が付与されています。
それこそが、主人公が夜の廃病院に一人で忍び込んだ理由なのですが——やはりここでも明言はしないでおきましょう。
余談ですが、主人公の社会的立場としては大学生くらいを想定しています。
さて、三途の川のちょっと前から現世にカムバックしてきたお姉さんは以前よりもパワーアップしています。なんというか「地獄の偉い人から仕事を与えられた」という理由付けを行ってようやく、お姉さんを物理干渉力の強い幽霊として描いても良いと思えるようになったのです。
その結果として、最終トラックでいきなりお姉さんは分身しはじめます。
深くは語りませんが、音声作品の中にはそのような、ヒロインが分身して聞き手の両側から囁く……というような内容のものもあるのです。
私は最終話で第一話のリフレインをするタイプのアニメが大好きなので、主人公とお姉さんが再契約をして終わり、というこのエピローグの終わり方は正直かなり気に入っています。
結果的に、お姉さん帰還エンドにしてよかったと思います。
さいごに、ここまで拙文をお読みいただきありがとうございました。
もし未読でしたら、この流れで拙作『幽霊のお姉さんと過ごすひととき』もお読みいただけると大変助かります。コンテストの応募規定2万字以内に収めていますので、読むのに時間はかからないかと思います。
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