楽園エモーション
円間
どんでん返しとなるか?
俺は友人の坂山と、休日を利用して南の島にある俺の別荘に来ていた。
外はあいにくの天気であったが、落ち込む事は無い。
俺達は今、実に座り心地の良いソファーに座り、実にのんびりと過ごしていた。
俺は、大好きなミステリー小説を読んでいる。
物語は、丁度、山場を迎えている。
この小説、面白すぎる。
ページをめくる手が止まらない。
こんな風に小説を楽しんでいる俺だが、一方の坂山は、コーヒーを飲みながら、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
「外の景色はどうだ」
俺が訊くと、坂山は俺の方に青白い顔を向け、「物凄い」と答えた。
「そんなに凄いか、外の景色」
「ああ、凄いよ。こんなの見た事ねーよ」
坂山はため息をついて言った。
「そろそろ、窓、閉めろよ。風が入って来るだろ」
そう言った側で、風で小説のページがバラバラとめくれる。
外は凄い風だ。
坂山は、舌打ちをして窓を閉め、悔しそうに「これじゃあ、外には出れないな」と漏らした。
「外に出るだけが休日の過ごし方じゃ無いだろ。家の中でゆっくり楽しもうぜ」
俺は、手に持った小説を掲げながら言う。
「家の中、ねぇ……そうだな。えーっと、じゃあ、俺は、パターンゴルフでもするわ」
坂山はそう言って、なぜかウインクをした。
パターンゴルフかよ。
何だよ、その思考回路は。
他にやる事は無いのか。
「お前に、ゴルフの趣味なんかあったか?」
俺が訊くと、坂山は難しい顔をした。
「全く持って無いけど、今閃いたんだよ」
何だよ、それ。
どういう閃きなんだ。
理解に苦しむ。
しかし、他にやることも無いこんな状況だ。
「そうか、閃きは大事だよな。やれよ、パターンゴルフ」
「ああ。じゃあ、俺、パターンゴルフするわ。やった事無いから、どんなだか、いまいち分らんが」
「おう、楽しんで」
パターンゴルフを始めた坂山の横で、俺は小説を読み進める。
じわじわと主人公を追い詰める犯人。
犯人が誰なのかは、もう分かってる。
主人公の親友の山之内。
こいつが、ヒロインの奈々子の姉を殺害し、雪山に埋めたのだ。
主人公は、そうとも知らず、山之内と二人きりで奈々子の姉が埋められた雪山へ、事件の手掛かりを求め向かっている。
ああ、どうなる、主人公。
この小説があまり売れていないだなんて、信じられない。
世の中、どうなってるんだ。
俺は、震える手でページを捲る。
なかなか上手くページを捲れない。
くそっ、もどかしい。
やっとページを捲れた。
「なぁ、二階堂」
名前を呼ばれて、俺は小説から顔を上げ、坂山の方に顔を向けた。
「何だよ、坂山、今、小説が良い所なんだ。邪魔するなよ」
「すまん。でも、パターンゴルフにも飽きちまって」
「はぁ、お前、始めたばかりだろ」
「そうなんだが、俺、そもそもパターンゴルフのやり方も分からないからさ、何か限界が来て」
「なら、別の何かをやればいいだろ」
「そうなんだが、何にも思い浮かばなくってさ」
「そうか、じゃあ、お前にとって身近な物を何かやってみるとか」
「なるほど、よし、考えてみるか」
坂山は、うーむむっ、と唸り声を上げた。
その唸り声はどうかと思うが、ここはツッコまずにいてやろう。
しばらく、考えた後、坂山は「閃いた」と、声を上げた。
「おう、閃いたか。で、何を閃いたんだ」
一応、訊いてやる優しい俺。
「ああ、何か食べようと思って。ほら、これ」
坂山は手に持ったそれを俺に見せる。
「何だ、それは」
素直に俺が訊くと、坂山は、信じられないという顔をして、「バナナだよ」と言った。
「言われなきゃ、分からねーよ。それにしても、バナナかよ。もっと他にあるだろ」
「だってここ、南の島だろ。南の島と言えば、バナナじゃんか」
「なおさら、他に何かあっただろ。ココナッツとか、パパイヤとかさ」
呆れて俺が言うと、坂山が「ココナッツもパパイヤも知らねーもん。俺にはバナナが限界だ」
と偉そうに言った。
「まぁ、それなら良いんじゃねーの。バナナでも。ほら、早く食べろよ」
「うん、そうするよ」
坂山は、バナナの皮をむく。
中々上手にむいている。
そして、それを口に持っていくと、口を開けて、もぐもぐと口を動かした。
こ、こいつは天才か。
完璧なバナナの食べ方だ。
思わず涎が出る。
「どうした、お前もバナナ欲しいのか?」
俺は、物欲しそうな顔でもしていたのか、坂山が俺にバナナを差し出している。
「うっ、頂こうか」
ぎこちない仕草で俺はバナナを受け取ると、ゆっくりとバナナの皮をむいた。
うーむ、坂山の様に上手く皮をむくことが出来ない。
「お前、何やってるんだよ。下手すぎるだろ」
眉間に皺を寄せてバナナの皮をむく俺を、坂山が笑う。
「そう笑うなよ、結構難しいんだからさ」
俺は、何とかバナナの皮をむき終えると、バナナを口の中に入れた。
「味はどうよ」
ニヤニヤしながら坂山が俺に訊いて来る。
「うーん、甘いな」
俺は、口をもぐもぐと動かしながら答えた。
真面目な俺の答えに、坂山が大爆笑する。
「そんなに笑う事かよ」
「だって、お前、甘いとかっておかし過ぎるだろ」
腹を抱えて笑う坂山。
「何だよ、じゃあ、お前はバナナの味をどう表現するんだよ、答えてみろよ」
俺に問われて坂山は、うーむむっ、と唸り声を上げる。
その唸り声はどうかと思う。
「まったりとしていて、それでいてしつこくない」
得意な顔をして言う坂山。
ツッコミどころ、満載だ。
「バナナにそんな表現聞いたこともねーよ」
「だが、確かに俺のバナナはそんな味がするんだぜ」
「はぁ。もう、お前は、一人で、まったりとしていて、それでいてしつこくないバナナをお腹いっぱい食べてろよ。俺は小説を読むからな」
俺は、再び小説を読み始めた。
しばらくののち。
小説は、いよいよラストを迎えようとしていた。
驚きだ。
まさかの大どんでん返し。
ずっと、犯人は山之内だと思わされていたが、なんと真犯人が別にいたのである。
こんな事が、あっていいのか?
閉ざされた雪山で、主人公と山之内は真犯人に命を狙われている。
その事実を二人は知らない。
ああ、二人の運命やいかに。
俺はその運命が書き記されている次のページを捲ろうとする。
すると。
「なぁ、二階堂」
坂山だ。
「どうした」
俺が問うと、二階堂は、震える声で「寒いんだ」と言った。
俺は、坂山の顔を見る。
坂山は、目を見開いて俺を見ている。
「……よし、分かった。暖炉でも付けよう」
俺が言うと、坂山は笑い「暖炉か、良いな」と呟いた。
俺は、早速、暖炉に火をつける。
「ほら、坂山、暖炉に火が付いたぞ」
「おう」
坂山は目を細める。
「どうだ、暖炉は」
俺が訊くと、坂山は「心なしか暖かい様な気がするよ」と答えた。
「それは良かったな」
俺は、ホッとした。
が、それもつかの間。
「だかしかし、いまいち実感がないな」
坂山は、ため息と共に台詞を吐いた。
「はぁ? 実感ってなんだよ?」
「ほら、暖炉って、火が燃えてパチパチ言ってんじゃん。それがないもんだから、いまいち暖炉に当たってるって実感が持てなくてさ」
切なげに坂山は言う。
「なら、いい方法がある」
俺は閃いたままを実行に移した。
すると、部屋にパチパチと音が鳴り響く。
我ながら、ナイスアイディアだ。
だが、目の前の坂山は、妙な顔をして俺を見ている。
「二階堂、お前、何で手なんか叩いてるんだよ」
拍手をしている俺に向かって、冷静に坂山はそう言った。
だが、俺も冷静だ。
「耳を澄ませ。手を叩く音がパチパチと聞こえるだろ。このパチパチは火が燃えている音だ」
「な、なるほど。言われてみればそう聞こえなくもないな」
そうは言ったが、坂山はうさん臭そうな目で俺を見ている。
「もう良いだろ、音ぐらい気にするなよ。暖炉は暖炉だろ」
「そうだな、暖炉は暖炉だ」
俺達は、燃え盛る暖炉の炎を見つめながら、しばらく過ごした。
俺は、「やっぱり、リアリティが足りない」という坂山の為に、何度か拍手をしてパチパチと音を鳴らした。
暖炉の炎も見飽きたころ、俺は、また小説を読み始めた。
俺はラストシーンに泣いていた。
こんなに泣いたのはいつぶりだろう。
良い小説だった。
俺が感動に浸っていると、「なぁ、二階堂」と、坂山に呼ばれた。
せっかくの感動の時を邪魔された俺は、やや不機嫌に、「どうした」と訊いた。
「いや、俺、なんだかすごく眠たくて」
坂山の一言に、俺の感動は吹き飛んだ。
「ばか、寝るな!」
俺は、坂山に飛び掛かり、坂山を揺すった。
坂山は、目を細くして、うーむむっ、と唸っている。
「坂山、寝るな! 寝たら終わりだぞ!」
坂山の耳元に向かって俺は叫ぶ。
「二階堂、俺はもうダメだ。眠くて、眠くて仕方ない」
「坂山……」
「なぁ、二階堂、最後に、こんな南の島の別荘にお前と来られて、俺は良かったよ」
弱々しい声で坂山が言う。
「バカな事言うなよ。南の島だなんて、お前……」
俺の目から、涙が落ちる。
さっき小説を読んだ時に流した涙とは比べ物にならない、重い涙だ。
「おーい!」
ふと、何処からか、声が聞こえる。
「おーい!」
間違えない。
俺は、テントを飛び出した。
「おーい! 助けに来たぞー!」
呼ぶ声に、「おーい!」と俺は返す。
相手が俺に気付いて手を振っている。
俺は、急いでテントに戻った。
「おい、坂山、助けが来たぞ! 起きろ!」
坂山は、うっすらと目を開けた。
「ははっ、二階堂。南の島の別荘ごっこの次は、助けが来たごっこか?」
坂山が苦笑いする。
「ばか、もう、ごっこじゃない。そんなことで気を紛らわさなくてももう良いんだよ。本当に助けが来たんだ! 俺達は助かったんだよ!」
俺は坂山と二人で、雪山で遭難していた。
南の島の別荘なんて嘘だ。
寒さに震えながら、坂山と南の島の別荘の妄想を抱き、小説を読んでいたのが俺の現実だった。
坂山はコーヒー何て飲んでいなかったし、パターンゴルフもやってない。
バナナも無いし。
暖炉も無い。
全部嘘の世界。
ああ、神様。
助けが来るなんて。
「今度は、本当に南の島に行こうな、坂山」
「お前と旅なんて、もうこりごりだよ、二階堂」
笑い声がテントに響いた。
楽園エモーション 円間 @tomoko4649
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます