灰まみれの少年と美しいものしか愛さない魔女

奏 舞音

灰まみれの少年と美しいものしか愛さない魔女

 町の屋根には白い灰が積もり、空気中にも細かい灰が漂っている。

 外では顔を覆うマスクが必須だし、もし灰を吸ってしまえば肺が悪くなる。

 ここは、誰も寄り付かない〈灰の町〉。

 それでも、昔からこの地に根付いている人々はたしかにいる。

 生活のほとんどを灰から逃げるように地下で過ごし、太陽の陽を浴びることは少ないが、この生活が当たりまえの町民たちにとってそれは苦ではなかった。


 いつもと同じ日常を、いつものように過ごしていた。

 そんなある日。


「こんな醜い町、滅んでしまえばいいわ」


 艶やかな漆黒の髪と燃えるように赤い瞳を持つ、それはもう美しい女性が眉間にしわを寄せて言い放った。

 地上を睥睨するように空中から見下ろして。

 彼女は魔女だった。

 人々は恐れおののく。

 噂では聞いていたのだ。

 醜いものをひどく嫌う魔女が、町を滅ぼしている――と。

 まさか。この〈灰の町〉にまでやってくるなんて。

 

「この町は醜くなんかない! 滅ぼすことは僕が許さないぞ!」


 大人たちが恐怖で動けない中、一人の少年が声高に叫ぶ。

 十歳前後の、金の髪と碧の瞳をもつ可愛らしい男の子。しかし本来であればきれいな金髪であるはずの髪は灰にまみれて輝きを失っている。

 魔女は真っ赤な唇に笑みを浮かべて、少年をじっと見つめた。


「お前の姿も十分醜いけどねぇ。あたしは醜いものが大嫌いなの。だから、お前も嫌いだよ」


 そう言って、魔女はふわりと少年の前に降り立った。


「な、なんだよ! 僕を殺すのか! ……み、醜いから」


 威勢よく魔女相手に叫んだ少年も、目の前の美の迫力に気圧されていた。

 魔女は、それほどまでの圧倒的美を誇っていた。


「醜いものは消す。それがあたしの信条なのよ」


 ふふっと魔女は目を細めて、少年の身体に触れた。


 ***


「っくそ~、今日も駄目なのか!」

 少年――カイは悔し気に湯舟に浸かっていた。

 ぶくぶくぶく、と水を吹いて不貞腐れる。


「カイ、ちゃんときれいにするんだよ」


「分かってるよ! 魔女様は醜いものが大嫌いなんだよな!」


 初めてお風呂に入れられた時は、魔女の釜に入れられて煮込まれるのかと怯えたものだ。

 いい匂いのする湯は、肌をつるぴかにしてくれる。

 だから、魔女の使い魔の餌にでもされるのかとも思った。


 しかし。


 まず、魔女はカイを誘拐したその足で町長の屋敷を奪い取った。

 次に、魔法で掃除をはじめた。使い魔のカラスも一緒に。

 そして、灰まみれだったカイを乱雑に風呂場に投げ込んだ。


「きれいにおなり。そうすれば、少しはましになるから」


 口角を上げて、魔女は破壊力抜群を笑みをカイに向けたのだ。

 それから魔女は、灰まみれの町に灰除けの魔法をかけ、地下にも光を取り込んだ。

 常に灰が積もっていた屋根も、空気中に漂っていた灰も、暗くジメジメしていた地下も、魔女の魔法によってすべてはきらめく何かに変わっていく。


 この町では咲いたことのなかった、色とりどりの花が咲く。

 〈灰の町〉の姿はもう、そこにはない。

 たしかに、魔女の手によって滅ぼされてしまった。


「ふふ、やっぱり。美しいものを見ると、心が安らぐでしょう? 汚い環境にいると、心まで醜くなってしまうものよ」


 だから。魔女はこの世界を美しいもので埋め尽くしたいのだとか。


(魔女様に愛される美しいものに、僕もなりたい……)


 カイはいつしか、魔女の美しさに心を奪われていた。

 彼女が美しいのは、その心が美しいから。

 彼女の魔法は、とてもきれいだ。


「いつになったら、魔女様に見惚れられる男になれるんだろう」


 湯舟に頭までもぐって、カイは今日も頭を悩ませる。




 *

 


「ねぇ、カイがかわいすぎる! どうすればいい!? あたし、ちゃんと魔女としての威厳保ててる!?」

「うるさい。そうやって鼻血垂らしてるところ見られたら終わりだからな」

「え!? うそ、鼻血出てる!? いや~、ドストライクのショタだったから、ほんとに。思わず連れてきちゃったけど!? でも家に帰りたいって言わないのよ。強がってるところがまたかわいくてさぁ……」

「ふん。お前ほんとに美少年好きだな」

「美しいもの、かわいいものは正義なのよ。この世界をショタが映える美しいものに変えるのが夢なんだから!」

「はいはい……ったく、なんでこんな魔女を主にしちまったんだろ俺は」


 ショタコンな美魔女が美少年を愛でるために世界美形化計画を立てていることは、使い魔のカラスしか知らない。


 


 

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