淫らな萌え絵を踏みにじれ ~フェミニズムの福音~
kanegon
淫らな萌え絵を踏みにじれ ~フェミニズムの福音~
電子音チャイムではなく、塔の上の本物の鐘が大きな音で鳴って、授業が終わって休み時間になった。
本物の鐘が鳴るなんて、さすがミッション系私立高校だ。数年前までは女子校だったらしいが、少子化の影響で共学になったという。でも今でも女子生徒の数が圧倒的に多いので、女子の方がカーストが高い。
僕の席の前に、同じクラスのリーダー格の女子生徒が立った。アニメから出てきたかのような美人のお嬢様の金髪縦ロールが目を引く。両脇には取り巻きの友人二人も控えている。
「ええと、山田くん、あなた、ご趣味は?」
思わず僕はドキドキする胸を押さえた。クラスのマドンナともいうべきカデノコウジさんに趣味を聞かれてしまった。スゴイ名字だ。漢字では勘解由小路と書くらしい。ちなみに下の名前は憧れというらしい。「憧れ」で「あこがれ」と読む。
「え、えと、音楽鑑賞、です。ヴァイキングメタルとか好きです。アモン・アマースとか。あと、全然方向性違うけど、クラシック音楽も好きです。ベルリンフィルとか」
嘘ではない。Jポップは聞かないので今のヒット曲の話題にはついて行けない。
「山田くん、アニメはご覧になるかしら?」
「いえ……幼稚園の頃はクレパスしんちゃんとかタニシさんとか観ていましたけど、今は観ません」
嘘だ。僕は本当はアニメオタクなのだ。どら右衛門とかちび○子ちゃんとかいった国民的アニメは小学生の頃まで観ていた。中学生になってからは深夜に放送されている、いわゆるオタク向けのアニメを愛好するようになった。
「そう。分かったわ」
憧れさんは僕に対する興味を急速に失った様子で、立ち去った。取り巻きの道明寺さんと伊集院さんも一緒について行く。
「おかしいわね。クラス全員趣味を聞いてみたけど、誰もアニメが好きとは答えなかったわ。一人もいないというのは今の時代にしては偏り過ぎていて、あり得ないわ。嘘をついているわね」
憧れさんと取り巻きの二人の会話が耳に入る。
「そうだわ、憧れさん。隠れキリシタンをあぶり出す踏み絵をやったらどうでしょう?」
伊集院さんが、ミッション系に相応しくない発言をした。
そして次の日。
「クラスの全員、今からこの淫らな絵を踏んでもらいます。踏めないという人はフェミニズムを理解しないセクシストとして認定します」
憧れさんたち三人が無茶苦茶なことを始めた。でも誰も逆らえない。
伊集院さんが掲げて示した絵は、ポスターくらいのサイズの紙にアニメのキャラがカラーでプリントされていた。
高校生か大学生くらいの年齢だろうか。ショートヘアで目がぱっちりした可愛らしい女の子だった。Tシャツの上からも分かるくらい、胸が極端に大きく盛り上がっているのが特徴だ。
僕はアニオタなので知っている。『ウザ子ちゃんは学びたい!』というKAD○KAWAアニメに出てきたヒロインのウザ子ちゃんだ。といっても、僕はこのアニメは観ていなかったので、あくまでも知識として知っているだけだ。
「このように、あり得ないくらいに胸を強調したアニメ絵は、女性に対する性的搾取であり、小さい子どもも観るかもしれないアニメでこのような巨乳女性を登場させるのは環境型セクハラです。先日聞き取り調査をしたところ、アニメが趣味という人はいないようなので、当然全員がこの絵を踏むことができるはずです」
クラス内を沈黙が支配する。
「ただちょっと踏むだけではなく、マナーの悪い汚いオジサンがタバコをポイ捨てして靴の踵で火をもみ消すように、ギュッギュッて感じで踏みにじってください。ではまず、私たち三人が踏んで見本をお見せしますので、それが終わったら、そちらの列から一人ずつどうぞ」
憧れさんたち三人に続いて、一人ずつ、全員がウザ子ちゃんの絵を上靴で踏みにじって行く。
クラスの中に一人くらい、本当はウザ子ちゃんのアニメのファンだって人、いないのかな?
仮にいたとしても、この状況で踏めなければ、隠れキリシタンと同じ運命を辿ることになる。
そうこうしているうちに僕の順番が来た。ウザ子ちゃんの絵はこれまでの人に踏みにじられて、しわくちゃになっていた。
原作者の人、アニメのスタッフのみなさん、ごめんなさい。
心の中で謝りながら、僕は左足でウザ子ちゃんの顔を踏んだ。
僕はウザ子ちゃんのアニメは観ていないので、そこまで愛着は無い。だから、制作者の方々には申し訳ないけど、保身のために、踏むことができた。
これが、自分の好きなアニメのキャラだったら、迷うところだった。
「全員踏んだけど、納得できないわね。クラスにアニメ好きが一人も存在しないなんて、今の時代に、ありうることなの?」
「憧れさん、オタクって、好きなアニメがそれぞれあるらしいですよ。たまたまこの作品を好きな人がいなかっただけじゃないですか?」
道明寺さんが助言する。オタクのことをある程度研究しているらしい。
「だったら、オタクの多数が観ているような人気作品のキャラで、もう一度踏み絵をやってみませんか?」
翌日、道明寺さんと伊集院さんがそれぞれ、オタクアニメの中で人気のある作品を調べてきた。
道明寺さんが掲げたポスター大の紙には、アマガエルのような黄緑色のダサいジャージを着ている高校生くらいの女の子が描かれていた。クラリネットらしい楽器を吹いている。
僕は知識として知っている。京都にある有名アニメ会社が制作した、吹奏楽を題材にしたアニメの主人公だ。幸か不幸か、僕はこのアニメは未視聴だ。愛着は無い。
「これは『響け! クラリネット!』というアニメ作品に出てくるシーンです。この、女の子が楽器を吹いている様子は、男性のアレをくわえている場面のメタファーです」
道明寺さんの言うことは言いがかりもはなはだしい。だったらベルリンフィルハーモニー管弦楽団とかで管楽器を吹いている女性奏者はどうなるんだ?
と、心の中で思ったけど、もちろん口に出して抗議はできない。
次に、伊集院さんが掲げたのは、短いプリーツスカートの制服姿の女の子だった。高校生だろうか。ウインクしていて、手にミカンを持っている。
「これは、『ライブラブ! ライジングサン!!』というアニメに出てくる主人公のようです。短いスカートに、内股の格好、それに男に媚びたウインク、と、男の欲望を詰め込んだような不健全な絵です」
よりによってライブラブのミカ子ちゃんかよ!
このアニメは、生徒数減少で廃校の危機に陥った学校を救おうと、主人公たちがアイドルグループを結成して、メンバーを集めて歌や踊りの練習をして、みんなの力で困難を乗り越えて学校の魅力をアピールして入学者数を増やす、という作品だ。男オタクだけでなく、若い女性にも人気のある作品だ。
僕も毎週楽しみに観ていた。要所要所では感動して泣いた。尊い、大好きな作品だ。
ミカ子ちゃんは神だ。神の絵は踏めない。
僕は今、初めて、歴史の授業で習っただけの隠れキリシタンという人たちがどういう思いで処刑されて行ったのかを知った。
「ちょ、ちょっと待って伊集院! ライブラブの絵を持ってきたの?」
震え声で叫んだのは、憧れさんだった。
「ライブラブは健全なアニメよ! 甲子園でプレーする高校球児の頑張りを見て感動するのと同じような感じの、高校生がキラキラ青春している姿を見て素直に感動する作品なのよ!」
「な、なにを言っているんですか、憧れさん。どうしてアニメなんかを擁護するんですか?」
「だからライブラブは健全なアニメよ! 全てのアニメが悪いんじゃなくて、国民的アニメだったら、日本が世界に誇る文化ともいえるものなのよ! オタクに媚びた下劣な欲望むき出しのアニメだけを規制すべきなのよ!」
「そ、そうですよね? だから、このライブラブってアニメはオタクに人気があって、ミニスカートで太腿露出している女の子がたくさん出てきて激しく踊って、いかにもパンツ見えそうですよね? 私、研究のために少し観ましたけど、いかにもキモいブタのオタクが喜びそうな下品な作品で、マジでツラくて泣きそうだったんですけど」
「パンツが見える場面なんか一度も無いわよ! ライブラブは健全なアニメなんだって!」
「そうだそうだ!」
あ、つい憧れさんに同調して思わず叫んでしまった。。。
それを聞きつけた伊集院さんが、獲物を狙う鷹の目になった。僕の席の前までやってきて、ミカ子ちゃんの絵を床に置いた。
「山田くん、今、ライブラブを擁護しましたよね? セクシストでないと証明したいなら、この絵を踏んでみてください」
進退はきわまった。逃げ道はもう無い。ならば開き直るしかなかった。
「ぼ、僕はライブラブが好きです。絵は、踏めません!」
◇◇◇
結局、なんだかんだあって、僕は公立高校へ転校することになった。
せっかく受験勉強頑張って私立に合格したのに。両親には申し訳ない。でも、学校生活をおくるのに支障が出るようになった以上、仕方なかった。
「山田くん、何を一人でたそがれているのかしら?」
「あ、憧れさん」
憧れさんもまた、あの学校に居られなくなり、僕と同じ公立高校へ転校した。同じライブラブ好きの仲間ということで、親しく話すようになった。
でも、憧れさんが好きなアニメはライブラブだけだ。他のアニメを嫌っているフェミニストであるのは今までと変わりない。なので僕はアニメオタクであることがバレないか、ビクビクしながら日々を過ごしている。
余談だが、僕と憧れさんが居たミッション系高校は、数年後に生徒数減少のせいで廃校が決まった。共学化したにもかかわらず想定したほどに男子生徒の入学数が伸びなかったのが原因だという。
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