どんでん返しに驚いて腰を抜かさないでください

沢田和早

どんでん返しに驚いて腰を抜かさないでください

 昼休み、業務に埋め尽くされた会社砂漠に出現する束の間のオアシス。いつものように社員食堂でAランチを賞味した私は厚生棟の横にある木陰に寝転んだ。


「最近は外で寛げる日が増えてきたな」


 天気予報が晴れで予想最高気温が17℃を超えた日は、ここに寝転んで昼休みを過ごしている。もちろんぼんやりと青空を眺めているのではない。私はスマホを取り出してタップする。ネット小説を読むのが昼休みの楽しみのひとつ。数日前に見つけた大手出版社が運営する小説サイトが最近のお気に入りである。


「ほう、キャンペーンをやっているのか」


 お題を出してそれに関する作品を投稿する、よくあるイベントだ。今回のお題は「どんでん返し」


「何か面白い作品はあるかな」


 検索するといかにも自信ありげなタイトルが見つかった。「どんでん返しに驚いて腰を抜かさないでください」キャッチコピーは「驚愕せよ! 最後のどんでん返しに!」ここまで言い切るからにはさぞかし驚愕のラストを用意してくれているのだろう。


「よし、読んでみるか」


 作品を開く。いきなり主人公とヒロインの通学風景から始まった。


『ねえねえ、昨晩は何をしていたの』

『ずっと考えていたよ、君のことを』


 典型的ラブコメのようだ。気持ちが悪くなるくらいイチャついている。


「ふっ、この二人が破局するってオチなんだろうな」


 数千字の短編、しかも最後はどんでん返しなのだからそんな結末しか思い浮かばない。しかしそれでは腰を抜かすほどのインパクトはない。きっと別のラストが待っているのだろう。期待して読み進める。


『お二人さん、今日はあたしとお弁当食べない?』

『じゃあ三人で食べようか』


 おっと、二人目のヒロイン登場。こいつと主人公がくっ付くというラストなのか。いや、それもありきたり過ぎるな。う~む、どうなるんだ。


『おう、帰りにカラオケ行かないか』

『いいわね。四人で行きましょう』


 さらに別の男が加わって四人になったぞ。こいつと最初のヒロインがくっ付いて新しいカップルが二組誕生するのか。いや、それも平凡なラストだ。驚愕のどんでん返しとはとても言えない。どんなラストにするつもりなんだ。


『今晩もラインするね、さよなら』

『スマホの前で正座して待っているよ。じゃあ』

 こうして楽しい一日は終わったのでした。

 おしまい。


「おいおい、終わっちゃったぞ」


 思わず声を出してしまった。どこにどんでん返しがあったんだ。何事もなく終わってしまったじゃないか。


「おや、まだ続きがあるのか」


 スクロールしていくと文字が出現した。こう書いてある。


 はーい、読者の皆様、驚いたかな。凄いどんでん返しだったでしょ。えっ、どこにどんでん返しがあったんだって? まあまあ落ち着いて。普通の小説なら最後に大逆転があればそれがどんでん返しになるけど、この小説はどんでん返しを宣言している小説。宣言通りに最後にどんでん返しが起きても驚きなんて生まれないでしょ。だから普通のどんでん返しはなくしました。つまりどんでん返しがあると思わせておいてどんでん返しがない、それこそが真のどんでん返しだったのです。その証拠に今の皆様はすっごく驚いているでしょ。あるはずのどんでん返しがないというどんでん返しをされたから驚いているわけですよ。ふふっ、楽しんでいただけたかな。それでは皆様、ご機嫌よう!


 ――ピシッ!


 乾いた音がした。怒りに震える私の親指が過剰な力をスマホに与えたため液晶画面にヒビが入ったのだ。


「作者の名は……沢田和早か。覚えておこう。おまえの小説は二度と読まん!」



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