七話 兄妹の再会


「ククッ……ハハハ! どうしたぁ、狂信者!! それで終わりかよ!?」

「ぐ、ぅ」


 吹き飛ばされた後、瓦礫の中から起き上がる神父様。槍を支えに立ち上がるが、その指先からボタボタと鮮やかな血が滴っている。


「あ、あれはどういうことだ!? ヴィクトルなんかに、神父様が遅れを取るなんて」

「落ち着いて、レクスさん。ヴィクトルの身体中に、何か妙ものが駆け巡っている。多分、増強剤だと思う」


 俺の服を掴んで、シスが言った。

 確かに、ヴィクトルの様子はおかしい。彼女が言うなら、彼が何らかの薬剤を使用していることは間違いないだろう。


「あの様子だと、もうすぐ効果が切れる。それからじゃないと、手も足も出せないわ」

「もうすぐって、どれくらい?」

「えっと……長くても十分、かな」

「それじゃ遅い!」


 認めたくないが、すでに神父様はかなり消耗している。ヴィクトルの攻撃を避けることが出来ず、その身に負う傷がどんどん増えている。

 問題なのが槍だ。あの槍自体は神父様の力で作られたもの。破壊されたとしても、神父様ならば一秒もかからない内に再度作成することが可能だ。

 しかし、それも何度も繰り返されれば精度は落ちる。十分なんて、もう保たない。


「何か、方法は……せめて一分でも、ヴィクトルの気を引くことが出来れば」


 神父様に、僕の血を吸ってもらうことが出来る。そうすれば、神父様は回復する。ヴィクトルを倒すことも可能なはずだ。

 でも、性格は腐っているとはいえ、ヴィクトルは根っからの戦士だ。目的を達成するまでは、他のことに目もくれないだろう。

 多少のことでは、気を引くことなんて出来ない。


「……一つだけ、方法がある。分が悪い賭けだけど」

「本当か、シス」


 頼む、と言いかけた口を噤む。彼女は俺の方を見ていなかった。

 肩を小さく震わせて、血管が浮き出るほどに両手を握り締めている。顔も青ざめ、じっとヴィクトルのことを睨んでいる。

 その姿に、俺はやっと自分が間違っていると知った。


「ハハ、ハハハ! ザマァねぇなあクソ吸血鬼が!」

「ッ!?」


 凶刃が、真紅の槍を砕き神父様の肩に傷を負わせる。神父様が苦痛に顔を歪め、後方に跳んでヴィクトルから距離を取る。

 でも、そこまでだった。血を失い過ぎたのだろう、ガクリと膝から崩れ落ち、もはや槍を作り出すことも難しい。

 このままでは!


「レクスさん。ヴィクトルの気を引くだけなら、わたしにも出来ます。でも、それ以降どうなるかは、わたしにもわかりません」

「シス、一体何を」

「だから、今の内に言っておきますね」


 身体は恐怖に震え、顔も青いままなのに。

 シスは僕の方を見て、ぎこちなくも明るく笑って見せた。


「レクスさん、今までありがとうございました。わたしとお友だちになってくれて、本当に嬉しかったです!」

「し、シス!? 待って」


 呼び止めるも、彼女はもう聞かなかった。タン、と跳ねるように戦場に躍り出て、神父様とヴィクトルの間に立った。

 腰に下げていた銃を構え、彼女は真っ直ぐにヴィクトルを見据える。


「待ちなさい、ヴィクトル! わたしが誰か、忘れたとは言わせないわ」

「なんだぁ? ……テメェ、シスか?」


 ヴィクトルの動きが止まる。これは時間稼ぎだ。

 シスは、捨て身で時間を稼ごうとしている。


「うわ、ドン引き! テメェ、生きてたのかよ。マジかよ、信じられねぇ。どこまでも目障りな女だなぁ!!」


 ヴィクトルの殺意が、シスに向けられる。今なら、俺でも神父様の元に駆けつけることが出来る。

 ……でも、一秒でも早く走り出すべきなのに。この足はなぜか、地面に縫い付けられたかのように動かなかった。


「まあいいや。どけよ、シス。そこの死に損ないを仕留めたら、今度はテメェだ。それまで大人しく待ってろ」

「ヴィクトル、あなたに聞きたいことがあるの。どうして十年前のあの時、わたしのことを置き去りにしたの?」


 ヴィクトルの人間離れした剣幕を前にしても、シスは一歩も譲らない。

 彼女の問いかけは、ヴィクトルにとって無視できないもののようだ。舌打ちをして、ヴィクトルもシスのことを真っ直ぐに睨んでいる。

 いや、そんなことよりも今は神父さまの元に行かなければ。重い足でなんとか駆け出そうとするも、不意に神父様と目が合った。

 しかし、すぐに視線は外される。


「え、なんで」


 神父様の視線は、シスに向けられていた。俺は神父様の隷属だ。直接聞かなくとも、彼の意図はわかる。

 シスを助けろ、と。


「あ? あー、あれか。なんだよ、覚えてたのか。そんなの、テメェが目障りだからに決まってんだろ」

「目障りって……わたし、あなたに何かした? やっと一人で物事を考えられるようになったくらいの子供の、何が目障りだったというの?」

「おいおい、覚えてねぇのかよシス。教会に属している以上、年齢なんか関係ねぇ。素質と実力、それが全てだ。テメェはな、俺よりも遥かに期待されていたんだよ。まるで宝物のようにちやほやされて、テメェは幸せそうに笑ってたよ。それが、とにかく目障りだった」

「そんな……そんな、ことで」

「そんなコト? ああ、テメェにとってはそんなコトでしかねぇか。どうやって生き延びたのかは知らねぇが、相当甘やかされて来たんだろうな。それじゃあ、たとえ透視なんか出来ても理解出来ねぇだろうなぁ」


 剣を構えるヴィクトルの手に、力が籠もる。

 あれは、マズい。


「実験と、戦闘ばかりの日々の中。他人から期待され、褒められるということでしか、自分の存在を肯定出来ないオレの惨めさが、テメェにわかるわけねぇよなあ!!」

「シス!!」


 シスは完全に出遅れていた。引き金を引くことさえ出来れば、一瞬でもヴィクトルの動きを止められたかもしれない。負傷させることが出来ていたかもしれない。

 でも、ヴィクトルの剣はもう止められない。最初からずっと、神父様でさえ止められない剣を、シスがどうやって防げるというのか。


 だから、と言うわけではないけれど。

 いつの間にか俺は、駆け出していて。


「シス!」

「きゃっ!?」


 凶刃が妹の身体を両断する直前に、俺はシスを抱きかかえるようにしてなんとか回避した。助かった、と安堵するのも束の間。

 その一撃を避けることだけを優先してせいで、二人はそのまま地面に倒れ込んでしまう。


「……あ? なんだ、今度は。何だ、テメェは」


 ヴィクトルの血走った目が、俺をギロリと睨む。背筋が凍えるほどの恐怖を覚えるが、俺は自分でも驚くくらいに冷静だった。

 シスを庇いながら立ち上がる。ジェズアルドに貰ったナイフを抜き、教わった通りに構えた。


「俺のことを忘れたのか、ヴィクトル。ライラの元婚約者だ。クローゼ村で、お前が尻尾を巻いて逃げる姿を楽しませてもらった男だぞ」

「……よく覚えてねぇ。だが、テメェは吸血鬼だな? 普段なら相手にしねぇくらいのザコだが、そこのクソ女を庇うなら話は別だ」

「れ、レクスさん、どうして」


 シスが困惑気味に言った。時間はまだ三分も経過していない。そして、俺ではヴィクトルに勝てるわけがない。

 勝利を確実に収めるならば、やはり神父様に血を捧げるべきだった。でも、もう遅い。俺がここから一歩でも神父様の元に駆け寄ろうものなら、間違いなく細切れにされるだろう。


 だから、俺はシスとは別の賭けに出た。蜘蛛の糸に縋るような、絶望的な賭け。

 もう、ヤケクソだ!

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【更新休止中】どうぞご笑覧あれ愛しき神よ、そして鮮血の復讐劇に喝采を! 風嵐むげん @m_kazarashi

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