すさびる。『本当の嘘。嘘から出た真。』

晴羽照尊

本当の嘘。嘘から出た真。


「健やかなるときも、病めるときも――」

 どう見ても日本人の神父が、外国人みたいなイントネーションで言う。これが日本式なのか、神父が勘違いしているのか、どちらにしろ滑稽だ。せめて外国人を呼べ。じゃなきゃ外国人っぽいやつでもいい。なんだあの平たい顔。

 だがそんなことを言い始めたら、クリスチャンでもない日本人同士の結婚式に教会を使うというのも滑稽だ。ともかく人間は滑稽なのだ。

「では、この二人の結婚に異議のあるものは、いますぐ申し出よ。さもなければ――」

「異議あり」

 僕は立ち上がる。会場がざわつく。その中を早足で近付いた。彼女の手を引き、駆け出す。


「あの男がね、彼女をかどわかしたんですよ。僕は彼女を救いたかった。ああするしかなかったんですよ。彼女はあの男に洗脳されていた。僕たちは将来を誓い合った仲なんです」

 僕は彼女と僕の関係を懇切丁寧に話した。それに対して刑事さんは、彼女はそんなこと言っていないという。それはそうだ。彼女は洗脳されているのだから。

 僕と彼女の付き合いは幼少期からだ。あの男とは年季が違う。同い年で、同じ団地に住む幼馴染。小学校高学年くらいから疎遠になったけれど、社会人二年目にしてばったり再会。僕たちは運命の赤い糸で結ばれているのだ。

 それから一緒に食事をしたり、ドライブに行ったりと、僕らは愛を深めていった。お互いの仕事の関係でタイミングが合わず、デートをすることは稀であったが、それでも電話やメールのやり取りはしていた。彼女はおっちょこちょいで、よくケータイをなくして、その度に数か月、連絡が取れないときもあった。

 だから、そんなときでも彼女の身の安全を確認するため、僕は彼女の部屋にカメラを設置した。それからというもの、彼女の日常に隠れたサインで、僕はいつも、愛を受け取っていたのだ。

 いくら熱心に主張しても、刑事さんはしかつめらしい顔をしてため息をつくだけだ。よもやこの男も、すでに洗脳されているのではなかろうか。

 約二時間、僕は取り調べを受けた。その間、常に刑事さんは呆れたような、事務的な態度で僕の話を聞いていたが、最後に現れた六十くらいの刑事さんに耳打ちされ、すこし顔をゆがめた。


 釈放されてまっさきに、僕は彼女と連絡を取った。

 彼女は相当錯乱している様子で、なだめるのに手間取ったが、最後には「ごめんなさい」と僕に言ってくれた。おそらくあの男に操られ、僕を遠ざけてしまったことを悔いてくれたのだろう。僕は安心した。きっともうあの男の洗脳が解けたんだ。

 僕は今回のことを深く反省し、いい機会だと思い直すことにした。そうだ、この際ちゃんと、僕たちで結婚してしまおう。僕はサプライズが好きだから、彼女には内緒で、式の準備をしていった。


 それから一週間したころに、警察から連絡があった。

 また、さらに一か月が経つころ、彼女から連絡があった。


 警察からの連絡はこうだ。

 あの男は占い師で、洗脳や催眠にも精通していた。彼女を洗脳していた事実についてはずっと否認していたが、彼女が取り調べ中、洗脳から解けたらしく、そのことを伝えるとあっさりと自白したそうだ。

 その後、なんやかんやで慰謝料を受け取ることで和解が成立した。慰謝料の受取人は彼女個人だ。まだ僕と彼女は法的に婚姻を済ましていなかったから。


 そして彼女からの連絡はこうだった。

 また仕事が忙しくて、当分は会えないこと。迷惑をかけたから、慰謝料を半分渡したいと。それについては気持ちだけ受け取ることにした。そもそも僕は、お金に不自由はしていない。

 また、そこで結婚式についても打ち明けておいた。彼女はすこし黙ったあと「うれしい」と言ってくれた。しかし続けて、こんなことがあったから、式についてはすこしトラウマができたと。また、最近会社の上司がしつこく言い寄ってくると。もしかしたら式なんて挙げようものなら、それを妨害してくるかもしれないほどだという。

 またか。と、僕は思った。彼女はやけに、変な男を引き寄せてしまう体質のようで、そのたび僕がなんとか追い払ってきた。毎度毎度、慰謝料を貰うほどの問題が起こってきた。今度こそはそこまで深刻になる前に、早めの対処をしたいと思う。



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