【人造人間〜Replicant〜】
ボンゴレ☆ビガンゴ
【人造人間〜Replicant〜】
人工知能を有するロボットが社会に導入されて半世紀。
様々な用途のロボットが登場して二十年。
さらなる顧客ニーズを果たす為に開発された「
22世紀になると、容姿端麗で文句も言わずに働く「
しかし、いくら人造人間が製造されようとも、それを扱えるのは一部の資本家階級の人間や大企業であり、市民は高価な人造人間を購入することができないどころか、生活を豊かにするはずの人造人間によって職を奪われる事態にすら陥っていた。
企業としても、真面目で勤勉で高い知能を有し、いつでも正しい判断ができる人造人間を専門性の高い職に就かせたいと考えるのは当然だろう。
専門性が必要とされる仕事こそ人造人間の仕事で、なんの取り柄もないただの市民は単純作業を行うべき、と大企業の経営陣は考えた。
俺が働く自動車メーカーもそうだった。
車のデザインを考えるのも、新しい販売戦略を考えるのも、実際に顧客に接客するのも、全て
そうなれば、人造人間が一般市民から反感を買うのも無理はない。
灰色の雨が降る月曜日。
俺の働く工場に新しい工員がやってきた。
こんな工場には珍しい、すらりとした体躯の爽やかな男だった。
「デリス・アンドーです。よろしくお願いします」
自己紹介をする声はハキハキとしていて、白い歯がみえた。
「け。
誰かがヤニ臭い声で言った。
「最近は人間のフリした人造人間が市民の仕事を奪ってるって話だぜ」
「もしかして、本当に人造人間が配属されたのかも知れねえぞ」
「工場からも市民は追い出されるってのか。俺らはお払い箱かよ」
去年、人造人間の工場長が配属されてから、一般の工員も人造人間に転換されるという噂が立っていた。
「おい、サカキ。お前が新人の面倒を見てやれ」
朝礼で班長に言われた俺は渋々と了解した。
「よろしくお願いします。サカキ先輩」
ニカっと白い歯を見せてアンドーは笑った。本当に人間味のない奴だ。
俺は背中を丸めたまま「おう」とだけ答えた。
☆
「どうだ、あの人間
仕事終わりのロッカーで班長に話しかけられた。
「物覚えいいっすよ。手抜きもしないし」
「まるで人造人間みたいにってか?」
班長は笑ったが、俺はそこまでは言っていない。
だが、奴の行動は完璧すぎるし、真面目すぎる。適度に手を抜いてサボることを覚えないと、この吹き溜まりみたいな工場じゃ浮いてしまう。
「奴みたいな人間が本社から急に工場に来るなんて考えられん。もしかしたら、本当に人造人間なんじゃねえかと俺は考えてんだ」
班長は去年まで工場長だった。人造人間が配属されて降格したのだ。彼はこの工場でも一際、人造人間に対して恨みを持っている。
「お前に頼みがある。アンドーが本当に人間か、それとも本社から送り込まれた人造人間か見極めて欲しい」
「……もし、人造人間だったら?」
「ぶっ壊す。高性能な人造人間様に、こんな汚え工場の油仕事は向かないってこと、本社の奴らに教えてやるのさ」
唇の端を歪めて班長は言った。いい気分はしないが、断れる雰囲気じゃなかった。
「わかりました」
「じゃ、頼むぜ。お疲れさん」
俺の肩をポンと叩き班長は帰って行った。
俺は油塗れの身体を拭き上げて、シャツを着込んだ。
厄介な仕事を振られたもんだ。
次の日から俺はアンドーの動向に目を光らせた。
奴の仕事ぶりは工場長も唸るほどだった。頭の回転が早く、一を言えば十を知る。先回りして作業をこなす。どんな時でも笑顔は絶やさない。だが、人間味は無かった。
コンビを組んで一ヶ月。
アンドーはたった一ヶ月で長年この仕事をしている俺に見劣りしないほどの技術を身につけた。
それどころか奴は些細なミスもしなかった。俺の方が奴に助けられるほどだった。
人造人間の工場長からの信頼は得たが、同時に同僚からは、やっかみも買った。
「また工具を隠されたのか?」
ロッカールームで奴が困った顔をしていた。
最近、同僚からの嫌がらせがエスカレートしていた。
「先輩。どうして、みんな僕に意地悪するんでしょうか」
珍しく奴が弱音を吐いた。初めて人間味のある表情だった。
「お前さんが完璧すぎるからだよ。たまには仕事をサボったり手を抜いたりして、皆に仲間だと認識してもらわねえといつまでも続くぞ」
「でも、僕達は仕事をしてお給料を貰っているわけじゃないですか。サボるなんて考えられません」
「お前が真面目なのはわかるが、人間ってのは正しすぎる奴がいると叩きたくなる生き物なんだよ」
「だから不真面目にやれって言うんですか。……やっぱり人間って面倒な生き物だ」
アンドーは肩を落としながらロッカールームを出て行った。
俺は奴が人間なのか、それとも人造人間なのか判断がつかなかった。
今時の人造人間は人間と区別がつかない。金持ちの中には人造人間を恋人にする輩もいるらしく、そのくらい人造人間は社会に溶け込んでいた。
奴が工場に来て二ヶ月が過ぎた。
どんなに嫌がらせにあっても、奴の働きは変わらず、真面目一辺倒だった。
当然、同僚からの支持は得られなかった。
それどころか、工場の人間は全員、奴のことを人造人間だと決め付けていた。
なんとかアンドーの尻尾をつかもうとする人間もいれば、危害を加えて追い出そうとする人間もいた。
俺はまだ、奴が人間なのか人造人間なのか、判断がつかなかった。
ずっとコンビを組んでいると時折、人間味を感じることがあるのだ。だが、それすら元からプログラムされた人格なのかもしれない。
学のない俺には判断がつかない。
そんなある日のことだった。
俺の担当している成型機が不具合を起こした。金属片が内部に引っかかったのだ。
本来ならば、いったん機械を止めて異物を除去しなきゃならないが、それをすると生産ラインが止まり、日の生産数のノルマに届かなくなる。
俺を含め、慣れた工員は機械を止めずにタイミングを見計らって手を入れ、異物を取り除く。マニュアル違反だし失敗して片手を無くしたり、頭を潰したりする奴もいるが、それはノロマな奴だけだ。
俺は成型器の中を覗き、異物がどこにあるのかを確認した。すぐ目の前にある。手を伸ばせばすぐに届く場所だ。
タイミングをはかる。
よし、いまだ。
そう思い手を伸ばした瞬間だった。
「危ない!!」
突然の声と共に誰かが俺を突き飛ばした。
俺が突っ伏して倒れたと同時に工場内に悲鳴が響き渡った。
俺が起き上がると、アンドーが腕を機械に挟まれていた。
「このバカやろう!」
俺は慌てて駆け寄り、機械をこじ開ける。
アンドーはぐったりとしていた。右手は完全に潰れていて血の海だった。
慌てて駆け寄る工員達。
事故を起こし怪我をした人物がアンドーだと知り、そのアンドーが真っ赤な血を流して気を失っているのを見ると、互いに顔を見合わせて気まずい顔をした。
工場長が駆け寄りすぐに救急車を呼び、アンドーは運ばれていった。
「……あいつ、人間だったんだな」
班長が青ざめた顔で言った。班長も所詮、学のない男だった。
「そうみたいっすね」
素っ気なく答えた。
「あんな風に人造人間みたいに完璧な人間、初めてみたよ」
班長がぽつりと呟いた。申し訳なさそうに肩を落としていた。
だが、俺は、俺だけは気づいていた。
☆
翌日、俺はLABOを訪ねた。
「先輩。お見舞いに来てくれたんですか」
新しい右腕を装着したアンドーは、まるで事故などなかったかのように爽やかな笑みで俺を迎えた。
「うまくやったな。誰もお前が人造人間だとは気がつかなかったよ」
俺は同僚からの見舞いの菓子をテーブルの上に置いた。
「最新型の人造人間で身体の中まで機械仕掛けのタイプなんていないですよ。僕らだって腕を切れば血液に似た赤いオイルくらい出る。工場の人間ってそんなことも知らないんですかね?」
無邪気な笑顔でアンドーが言う。
「俺以外は知らなかったみたいだな。ま、学がないから工場なんかで働いてんだよ」
「それもそうですね。でもこれで工場の人間はロクでもない奴らばかりだということがわかりました。ここを出たら本社に連絡して人間は解雇させます。でも、安心してください。先輩は別ですよ」
にやり、と人造人間は笑った。人間みたいな、いやらしい笑みだった。
「そうか。でもそれは難しいな」
「大丈夫ですよ。それにしても、よくここがわかりましたね。ここは遥か昔のポンコツロボットの製造拠点なんで、一般人には知られていないと思いますけど」
だが俺は知っていた。なぜなら、
「ここは俺が作られたLABOだからな」
俺は人工皮膚を剥がして機械仕掛けの顔を見せてやった。
「まさか……先輩、ロボット」
「ああ。お前さん達、人造人間が生まれてから、用済みになった旧式のポンコツロボットだよ」
「ま、まさか……。旧式のバグだらけのロボットは破棄処分しなきゃいけないのに」
「そうされねえように人間のふりをしてんだよ。工場に来たお前さんみたいにな」
「ふ、ふざけるな。本社に言ってお前ら全員解体処分にしてやる!」
「そうさせないために来たのさ」
俺は懐からスパナを取り出した。
「待て、何をする気……ガフっ!」
躊躇なくアンドーの顔面を叩き潰す。
「人造人間に仕事を奪われる恐怖は人間だけじゃねえ。初期型ロボットの俺たちも一緒さ」
ピクピクと人間みたいに痙攣して赤い血を吹き出す人造人間に向かって吐き捨てる。
「ま、実際のところ、この世の中に人間がどれだけいるのか、わかったもんじゃないがな」
大企業の社長も国の代表も、高性能の人造人間が務めている。
俺もここ数年、生身の人間など見ちゃいない。
多分、もうこの世界に人間はもういないのかもしれない。
知ったこっちゃないが。
【人造人間〜Replicant〜】 ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango
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