男の子だって告りたい

ヒトリシズカ

ハッピーエンドのその先に

 2月14日、バレンタインデー。


 日本の風潮であるならば、女性が意中の相手にチョコレートを送る、微笑ましくも熱量の高いイベントだ。ただ、昨今のバレンタインはやや趣が変わってきている。義理チョコは昔からあったが、友人に贈る友チョコに、自分へのご褒美の為のご褒美チョコなどなど……男性が女性から声をかけられる度にソワソワするイベントではなくなりつつあるのかもしれない。

 だがそんなことは関係ない。

 何故ならば、僕は今、バレンタインにおいてソワソワしているのだから。


 ♡


 同じクラスの水無月さんと声を交わしたのは去年の夏。

 それほど目立つ子じゃなかったが、僕自身もそう目立つ方ではないから何となく親近感を覚えていた。

 そんなある日、夏休み前の最後のイベント。他の学校より少しだけ早い文化祭で彼女と同じ係になったのがきっかけだ。その時の彼女は、何だか授業などで見るよりキラキラしていたような気がする。文化祭の特別な雰囲気がそうさせていたのだろう。

 実際話してみると、とても気さくで可愛らしい水無月さんに、僕は一瞬で虜になった。

 だが夏休みに入り、話すきっかけがガクンと減ったせいで、彼女との間には再び大きな溝が出来た。正確には溝というより、喋るタイミングを失って僕が一人で堂々巡りしていただけなんだけど……。

 とにかく、きっかけが欲しかった。


 それから、話しかけようとしては止め、話そうとしては止め、と毎日のように繰り返していたらあっという間に年末になり、年を越してしまった。

 優柔不断な僕が最後に賭けたのが、このバレンタインだった。


 そう、僕は水無月さんに逆チョコを贈ろうとしているのだ。


 ♡


 クラスのみんなに揶揄われるのが容易に想像がついたので、僕は水無月さんが登校するタイミングを見計らって渡そうと計画した。彼女はいつも、クラスの誰よりも早く学校に来ているからだ。

 いつもの僕では考えられないくらい早くに家を出て、水無月さんが登校してくるのを自分の席で待った。


 7:20


 静かな廊下に微かな上履きの音が一定のリズムで響く。

 あの足音は水無月さんだ、間違いない。

 僕は高鳴る胸を押さえながらそっと席を立った。


「おはよう水無月さんっ」


 扉が開くのと同時にやや食い気味で僕は挨拶する。

 一方、誰も居ないと思っていたのだろう。水無月さんがとても驚いた顔をして、教室に入ったところで固まっていた。


「……ああ、おはよ」


 やっと返してくれた声は何だがぶっきらぼうに聞こえた。


 ……あれ、水無月さんってこんな返しをする子だったっけ?


 緊張と、彼女と話すのがあまりに久しぶりすぎて、よく分からない。でも戸惑った顔も可愛いし、全然気にならない。寧ろその顔も好き!

 文化祭のあの時と同じくらいキラキラして見える。

 僕はクラスメイトが来る前に渡し終えてしまいたくて、やや早口に水無月さんに自身の気持ちを伝えた。


「ええと、今日バレンタインだよね!というわけで、はい!逆チョコ!男の僕から貰うのはちょっと気持ち悪いかもしれないんだけど、どうしても君と話すきっかけが欲しくてっ」


「…………」


「う……受け取ってくれる?」


「…………」


 水無月さんは終始無言だった。

 ぐいっとチョコを差し出しつつチラリと彼女の方を見遣れば、頬っぺたが桜色に染まっていた。


 うわ、めっちゃ可愛い。


 思わず見惚れていると、水無月さんは俯き気味に聞いてきた。


「ぼ、ぼくが貰っていいの?」


 水無月さん、僕っ子だったけか!?ああ、そうだったかもしれない。久しぶりすぎて色々忘れてる自分が情けないけど、水無月さんの全てが可愛いから何でもいいや!所謂ギャップ萌えってやつだね!


「もちろん!誰でもない、水無月さんに貰ってもらいたいんだ。文化祭のときから、僕は君に夢中なんだ!」


「……ねぇさんじゃなくて?」


 誰だ、ネイサンって。そんなどこの馬の骨とも知らん奴に、僕が逆チョコを贈る意味が分からない。

 よって、全力で否定しておく。


「君に貰って貰いたいんだよ。誰でもなく、今僕の目の前にいる君に!」


「……ありがと」


 そう言って水無月さんは、僕のチョコを受け取ってくれた。

 そして、右手を出してはにかんでくれた。


「……これから、仲良くしてください」


 僕は感極まって、彼女の手を夢心地で握り返した。


 ♡


「六宮くん、おはよう♡」


 今日も今日とて、朝から熱量の高い挨拶を繰り出され、僕は引き攣った笑顔を浮かべる。


「お、おはよう、水無月


「もう、告白してくれた時みたいに水無月って呼んでよねっ」


 ぷくっと膨らむ頬っぺたがあの時のように桜色に染まる。艶々黒髪のショートカットや、くりくりとした目もあの時と変わらず可愛らしい。……男子制服さえ着ていなければ。


「そもそもなんであの時、水無月は女子の制服なんて着てたんだよ?!」


 僕は何十回目かの疑問を彼にぶつけた。


「何度も言ってるけれど、ぼく、この容姿だからか毎年バレンタインになると女の子に襲われるんだよ。で、何か起こった時に色々マズいことになるのを避ける為に、毎年と制服を入れ替えて一日過ごしてるんだ。最悪制服剥かれても、無いはずのモノがあってあるはずのモノが無ければ、隙を見て逃げることも容易いだろうし」


 僕の疑問に、水無月は流れるように答えてくれた。何度も聞いた答えに、僕は頭を抱えた。


 つまりだ。

 僕は、バレンタインにありったけの勇気を振り絞って告白した相手は想いを寄せていた水無月ではなく、双子の弟の水無月だったのだ。

 何故男だと気が付かなかったのか、自分のことをぶっ飛ばしたい気分で一杯だ。


「あああ、何で僕は水無月と水無月を間違えたんだ!」


 へなへなとしゃがみ込む僕を、水無月くんが不思議そうに見下ろす。


「何を間違えたの?」


 首を傾げる様でさえ可愛らしく見える自分が不甲斐ない。想い人を見間違え、あまつさえその弟が可愛いと思う自分の感性に張り手を喰らわしてやりたい。

 キッ、と顔を上げると僕は水無月くんに向かって吠えた。


「僕が恋したのは、文化祭の時に一緒の係になったあの水無月さんなんだ!君じゃ……」


「何にも間違ってないよ?」


「そうだよ君は同じ係じゃなかったん……って、え?」


 今、なんつった?

 僕は間抜けに返してしまった。


「間違ってないよ、声掛ける相手。だってあの時、一緒の係だったの、ぼくだもん」


「…………は??」


 待て待て待て、理解が追いつかないぞ?

 水無月くんは淡々と話し続けた。


「あの時も、バレンタインと同じで姉さんと入れ替わってたから」


「なん……」


「姉さん、ああ見えて手先がかなり不器用なんだよね。でも姉さんのとこの出し物が、手作り雑貨店だったから。ミサンガなんて作れないー!って。で、困り果てた姉さんに入れ替わりを頼まれたんだ」


 つまり……?


「僕が恋したのは、女装した水無月くんだったってこと?」


 なんと言うことだ。

 女だと思っていた人はそもそも女だったが、僕が文化祭で恋したのはその人と顔立ちの似ている性別・男のキラキラした僕っ子だった。

 なんたる不覚。

 これだったらこっぴどく振られてぺしゃんこになっていた方が、どれだけ良かっただろう。とんだどんでん返しだ。


「だから、これからも宜しくね。六宮くん♡」


 しゃがみ込む僕に目線を合わせるように水無月くんが隣にしゃがみ込んで、にっこり微笑んだ。

 本当の水無月さんと比べて三割増しでキラキラしたオーラを発する水無月くんに、僕はうっかり顔が熱くなるのを感じた。


 ほんと、なんてこった……。

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