自転車嫌いが多すぎる!

草薙 健(タケル)

嘘のような、本当の話。

 ■ プロローグ


「諸君。今年もこの季節がやって来た」


 部屋の中に、男が3人と女が1人集まっていた。

 周りには、様々な種類の自転車が所狭しと置かれている。


「我がバカ田大学自転車部は、歴史と伝統ある部活だ。しかし、今や存亡の危機に立たされている」


 喋っているのは自転車部の主将だ。目にはうっすらと涙を浮かべている。


「どうしてこんなにも……部員が集まらないのだ!」


 次々と部員達が声を上げた。


「もうかれこれ3年間、新入生が入ってきていません!」

「世の中、自転車嫌いが多すぎる……」

「女の子1人は……もう嫌です……!」


 主将は言葉を続けた。


「このままでは、我ら全員が大学を卒業して、この部が廃部になってしまう」


 主将は全員に円陣を組むよう促す。


「いいかお前ら!? 今年は必ず新入生をゲットするぞ!! いいな!?」

「「「オオォォーッ!!」」」



 ■ ケースA:女子部員の場合


「ねぇねぇ、そこのあなたたち!」


 自転車部唯一の女子部員である私は、手頃な女の子三人組に声をかけた。


「はい?」

「なに~?」

「なんでしょう」


 その反応を見て、私は勝手に『リーダー』、『ギャル』、『真面目』と三人を命名した。


「弱虫ペダルって知ってる?」


「知ってるわ。ロードレースを扱ったマンガね」

「御堂筋君大好きー!」

「私も好きです――どうカップリングさせるか無限の可能性があります」


 私は、3人目のニックネームを『腐女子』に変更した。


 すごい好反応。でも、この反応って実はありがちなのよね。


「じゃぁさ、自転車部に入ってみない?」


「自転車部?」リーダーの眉間にしわが寄る。

「やだー。脚太くなりそうだしー」口先をとがらせるギャル。

「しんどいのはちょっと……でも、自転車プレイを描く参考にはなるかも」急ににやけだした腐女子。


 うん、ここまではテンプレート――腐女子除く。っていうか、自転車プレイって何?


 大体の女の子がこの理由で自転車を避ける。だけど、それは大きな誤解なの。


「大丈夫、私を見て。私の脚が太く見える?」


 そう、私はロードレーサー。脚は太くない。自転車を始めると脚が太くなるというのは真っ赤な嘘。


 あれはみんな競輪選手を見過ぎてる。彼らがどんだけハードなトレーニングをしてると思ってんの? か弱い私達がちょっと自転車に乗ったからって、あんな脚になるわけがないわ!


「……うーん、ちょっと太いかも」


 ガーン! そうなのか!? リーダー……意外と直球……。


 いや、ここでへこたれたら部員勧誘もままならないぞ!


「っつうかー、サイクリングってしんどそうじゃね?」と、ギャル。


「あのね、サイクリングと言っても乗り方にはいろいろあるの」

「例えばー?」

「例えば、ポタリング。川沿いの走りやすい道路をゆっくり走ったり、おしゃれなカフェに行ってスイーツを食べたりすることなんだ」

「カフェ? 私、行きたいかも」

「うちもうちも!」


 お、リーダーとギャルが食いついた。

 スイーツが嫌いな女子はいない!


「……でも、スイーツを食べたら太ってしまいます」


 腐女子め、余計なことを――って思うでしょ?

 ふふふ。その反応まで想定済みよ。


「大丈夫。自転車は――ダイエットにいいの!」


「本当!?」

「まじっすか、先輩!」


 よーしよしよし。これは期待大!


 さぁ、一気にわよ。特に腐女子!


「それに、自転車選手って揃いなの……!」


「イケメン!?」

「まじで!」

「写真ありますか? 見たいです!」


 キター! イケメンが嫌いな女の子なんて存在しないわ! そして、腐女子の食いつきが半端ない!


 私はスマホを取り出して、自慢の自転車イケメンズ写真コレクションを披露する。全部プロ選手だけどね!


「これがフィリップ・ジルベール、ベルギーの英雄。あっ、この人は『怪童』ペーター・サガン。こっちは『狼ちゃん』のジュリアン・アラフィリップで――」


「すごい! みんなスマートで滅茶苦茶ハンサム!」


 腐女子が私のスマホを奪い取る。

 ちょっと。よだれ出てるよ、あんた。


「サガンって人、ものすごくいたずらっ子な雰囲気。タイプだわ~」

「最後の人はヒゲが渋い。強いおっさんって感じがしびれる」

「どうしよう……どうしよう……どうしよう……!」


 脳内でカップリングの妄想が広がってるねー。よかったよかった。

 ……いや、よくないか?


「しかも、東京オリンピックではこの人達が見放題。まさに男の花園……!」


「私、ファンになっちゃうかも」

「見に行きたいー!」

「――!」


 腐女子が卒倒しそうになるのを、ギャルが支える。


「東京オリンピック、自転車部のみんなで見に行くことになってるんだけど、一緒に行かない?」

「行く!」

「私、入部しまーす」

「絶対入ります……!」


 勝った……。ついに勝ったわ……!


 長く、辛い日々だった。

 自転車部の中で、女の子が一人。

 紅一点と言えば聞こえはいいが、相手はあの自転車バカどもだ。


 自転車に関しては、例え女であろうと容赦は無い。


「……あの、先輩」

「何?」


 あれ? どうしたの?

 先ほどの興奮はどこへやら。彼女達から笑顔が消えている。ただし、腐女子除く。


「自転車って、もこんな格好で走るんですか?」


 ……もしかして、勝手に他の写真を!?


 私は腐女子からスマホを奪い返す。

 表示されていたのは、自転車に乗っているときのだ。


「あー気にしないで! この上から下までピチピチのサイクリングウェアが気になるのよね!

 大丈夫! 最初の内はちょっと恥ずかしいかも知れないけど、そのうち慣れるわ。なのはちょっと頂けないけど、最近は素材が進化してて――」


「さようなら」

「バイバーイ!」

「ノーパン……ノーパンだったのか! じゃぁ男達も……!!」


 しまったああああぁぁぁ! うっかり口を滑らして、ノーパンのことを喋ってしまったああああぁぁぁ!!






 ……なんか視線を感じる。何だろう?



 ■ ケースB:男子部員の場合


「そこの若者諸君!」


 俺は、いかにもスポーツをたしなんでいそうな二人組に声をかけた。


「ちわっす」

「こんにちは」


「君たち、高校で部活はやってたかな?」


「ういーっす」

「私たち、陸上で長距離をやってました」


 お、これはなんたる好運。長距離と言えば俺の専門分野だ。


「偶然だな。俺もをやっている」


「まじっすか」

「じゃぁ、先輩は陸上部員なんですね?」


「いや、自転車部だ」


「ハァ? 何わけわかんないこと言ってんの、おっさん」

「私たち、陸上部に入りたいんでこれで失礼します」


「ちょちょちょちょっと待って!」


 俺は、なりふり構わず懇願した。


「……なんだよ」

「何でしょう?」


「君達、長距離は何メートルが専門だい?」


「おれ、三千メートル」

「五千メートルですが何か」


「そうか……。君たちは走ってどこかへ出かけることはあるかね?」


「ねーよ、バカ」

「無いですね」


「それはもったいない……もったいなすぎる……! 自転車の走り方にもいろいろ種類があってな、その中でも君たちには『ロングライド』がピッタリだ!」


「ロングライドぉ?」

「何ですか、それは」


「説明しよう! ロングライドとは、文字通り長い距離を走ることだ。遠くの街まで行ってみたり、山の中を走り回ったり――ちょっとした旅行気分を味わうことができるぞ」


「……ふーん」


 お、意外にもヤンキー風の方が興味持ってるじゃないか。


「しかも、トレーニングを兼ねることが出来る! 一石二鳥だ!!」


「確かに?」

「でも、俺たちレースに出たいんで。ロードレースは危なそうだし、ちょっと嫌ですね」


「ふっふっふ……安心したまえ、君たち。そんな君達にピッタリのイベントがあるぞ!」


「マジ?」

「本当ですか?」


「そう! その名も『ブルベ』と言う! 長い距離を走って完走を目指すイベントなんだ。まぁ、タイムを競うわけじゃないので厳密にはレースじゃないんだけど、中にはゴールへ1番乗りを目指して走りに来る奴もいる。どうだい?」


「おもろそうじゃん」

「……自転車、やってみる?」


 まじで……? まじで言ってる……!?


 やりました……主将! 俺は……部員を2人も獲得しました!


「そうか! じゃぁ一緒に『パリ・ブレスト・パリ』へ出ような!!」


「なんすかそれ」

「パリ・ブレスト・パリ? フランスまで行くんですか?」


「説明しよう! パリ・ブレスト・パリとは、パリからブレストまで往復する1200のサイクリングイベントだ!

 俺も一回出場したことがあるんだけどさぁ。いやー、大変だったよ! 腹は減るわ、低体温になるわ、睡魔で交通事故に遭いそうになるわで一時はどうなるかと思ったけど、3かけてなんとか完走できた! ゴールしたときの感動といったらなかったな……」


 俺はそのときの感動を思い出し、思わず涙した。


「さぁ! 君たちもPBPパリ・ブレスト・パリへ出るために早速トレーニングを――ってあれ?」


 いつの間にか、男達二人組はどこかへ姿を消していた。


 何故だあああああぁぁぁ!!






 ……ん? 誰かに見られているような。



 ■ ケースC:主将ともう1人の男子部員の場合


「君達! サイクルフィギュア・ペアに興味はないかね!?」

「ありません!!」



 ■ エピローグ


 夕日が差し込む部屋の中で、自転車部員達は落ち込んでいた。


「ウッ……私のぉ……あの失言さえ……なければぁ……!」

「何故だ……何故ブルベの良さが分からぬ……!」

「あんなに美しい曲芸走行を見せても、誰も入部してくれんとは……」

「主将……もう終わりです。我々は勝負に負けたのです」


 そのとき、突然怪しい白装束の男達が部屋の中へと入り込んできた。


「お前達は自転車部か?」

「誰だ!?」

「我々は、大学非公認宗教『Mの会』だ!」

「……は?」

「話は全て聞かせてもらった! ノーパン? 1200km? 男同士でのアーティスティックスポーツ? 君達には素晴らしいMの気質がおありだな! さぁ、我々の宗教が消滅する前に入信するがよい! さぁ……さぁ!」

「俺たちが勧誘されてどうするんだー!」


 その後、自転車部は変態の巣窟になったとか、ならなかったとか。


 いや、元から全員変態か。


(了)

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自転車嫌いが多すぎる! 草薙 健(タケル) @takerukusanagi

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