愛は人を、

佐々木実桜

愛に。

「私を殺さないでくれ」


「…は?」


告白した次の瞬間、命を乞われるとは思わなかった。


「殺す気なんかないよ、ただ付き合ってほしいだけだ」


「愛は人を殺す」


「だからなんでそうなるの」


「私の母は父を愛しすぎた故に父と共に死んだ。病に伏した父を殺して死んだんだ、幼い私を置いて。」


「それは、辛かったね。」


「だから私は学んだのだ、愛は人を殺すのだと。」


その美しさでなぜ人が寄り付かないか不思議に思ってはいたが、なるほど、こういうことか。


「でもさ、それって愛を知らないからじゃない?」


「…詳しく聞こう」


「一度僕の愛を受けて、そして僕を愛してみれば愛は人を殺すだけのものではないって分かるんじゃない?」


馬鹿な提案だとは思ったが言ってしまったのだから後には引けない。


「なるほど、良い案だ。よし、試しに私を愛してみるといい。私もお前を愛そう。」


偉そうな態度も様になる美しさはもはやチートだ。


「じゃあ、僕と付き合ってくれる?」


「試しだがな、せいぜい知らしめてみろ。」


そうして僕と彼女の愛のお試し期間というなんとも奇怪な二ヶ月が始まった。


今は六月、梅雨の気だるさにやられながらどうやって彼女を楽しませられるか考えた。


勢いで言った案、当然策は皆無だ。


そして僕は思いつく限りの恋人がやることをすることにした。


水族館デート。


映画を観たあとにショッピング。


勉強を教えあったり、僕らは二人とも本が好きだったからおすすめの本を貸しあったり。


帰り道に手を繋いだりもした


彼女の手は柔らかくて、そして小さかった。


遊園地にも行った。


彼女はジェットコースターが苦手なようだった。


『何故あんなものに笑顔で乗れるんだ!』と顔を真っ青にしていた。


観覧車に乗ってはしゃぐ彼女の唇に惹かれてつい触れてしまい彼女に『キス、しないのか?』と問われて堪らずに、観覧車の頂上でキスをした事もあった。


僕の家に彼女が来た時は母が気絶するんじゃないかというほど驚いていたし、彼女は僕と妹が似ていなさ過ぎて驚いていた。


二ヶ月はあっという間だった。


不運なことに僕は人と付き合ったことがなかったのでネットに頼りまくったが、彼女も楽しんでくれていたように思う。


いや、正確には、思っていた。


彼女は確かに僕に愛されて、愛を知った。


それは間違いない。


でも、愛を知った彼女は、僕が愛を向けるに値しない人間だと悟った。


それはそうだ、だって、僕は少し頭の回転が早いだけの地味な男だから。


だから、彼女は笑顔の眩しいあの男に惹かれたのか。


目線の先で祭りの屋台を背に話す浴衣の彼女と美しい顔の男は、言いたくもないがお似合いだった。


僕なんかとは違う。


「なるほど、ね。」


僕は彼女の言葉を思い出しながら屋上への階段を上る。


彼女と花火を見る為に事前に調べておいた場所。


彼女が迷子になってもいいように先に教えておいたけど、きっと来はしないだろう。


愛は人を殺す。


でも僕は彼女を殺したりしない。


だって彼女は僕なんか愛さない。


だから、僕は彼女への愛で死ぬのだ。


「確かにあの言葉は本当だった。」


『愛は人を殺す。』


「さようなら、」


星に囲まれながら輝く月は、今の僕には眩しかった。


「月が綺麗ですね、なんてね。」


僕は今から、空を飛ぶ。


その時見えた、君の浴衣の色。


「愛は人を殺すか。」


「今ならわかる、母の気持ちが。」


「愛は人を殺す。」


「否、人は愛に死ぬのだ。」


「愛を教えた責任はとるべきだろう。」


「私を連れて、また来世でも愛を教えないと許さない」


「私、死んでもいいわと言ったのはどの作家だったかな。」


僕の胸に飛び込んだ彼女を抱き止めて、そして僕らは、花火を背にして、笑って空を飛んだ。




「「愛してる」」


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愛は人を、 佐々木実桜 @mioh_0123

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