第2話 旅立ち
さやか
昨日の夜は一睡も出来なかった。
これから始まる旅に何を持っていくべきか。そんなことを考えているうちにきれいなお月様がどんどんと遠ざかり、とうとうチュンチュンと小鳥が鳴き始めてしまった。貴重な睡眠時間を削ったのにもかかわらず、持っていくリュックサックの中身はほぼ無に等しい。
元来持っている自分の頭の硬さ、要領の悪さというのは、もはや手の施しようがない。一日、いや数時間だけでもいいから、とにかく脳みそのしわが多くて時間を無駄にすることがない、次から次へと色々なことに着手できるようなスーパーウーマンになりたい。
願うはずもないこの悲しくも大きな願いを、二十数年しか生きていないこの人生の中で何度叫んだことだろうか。こんなことを考えている時点で、自分がどれだけ僻みっぽく嫌らしい人間なのかがよくわかる。
そんなことを考えていても始まらない。この世の中で求められているのは、何でも即座に自分で判断し決断できる人間。このどうでもいいようで重要な決断は、神様から社会人になるための試練を与えられたのだと思うことにする。
スマホ、充電器、化粧道具、お金やクレジットカードが入った財布、一週間分の着替え、どこに行くのか分からないので参考になるだろう小学校の頃に使っていた地図帳、そして洗剤。これらは私が必死に考えてないよりはあった方がいいと判断したもの、つまり、旅に持っていくべきものだ。
こうして、時間はかかったものの社会人になるための試練を無事乗り越え、持っていくと決断したものをリュックサックに詰め込んだ。そして、持っていくのを忘れないようにそのリュックサックを玄関に置きに行く。
待ち合わせ時間まであと二時間。刻々とタイムリミットが迫っている。出るまでにやらなくてはいけないことは、山積みだ。早急に優先順位をつけスピードを上げる必要がある。
昔からこういうことはどうも苦手だ。小学生の頃、学校に行く前にテレビの前でボーっと朝ご飯を食べていると、よく母親に叱られた。しかし、当時はまだ幼く、今やりたくないことをなぜやらなくてはいけないのかが理解できなかった。
間に合わないなら、学校に遅れていけばいい。これが、私の信条だった。だから、母親のそういった声に耳を傾けることはなかったし、むしろそれでいいと思っていた。
今思えば、しっかりと親の言うことを聞いておくべきだったと思う。こういった習慣が、周りに合わせ行動する力、優先順位をつけ行動する力を身につけるのに重要な役割を担っていたことは言うまでもない。大人になってからこれらを身につけるのは、とても大変なことなのだとひしひし感じる。
もたもたはしたものの、全ての準備が整った。やっと奥澤の時計台へ向かうことが出来る。とはいえ、のんびりしてもいられない。設定した待ち合わせ時間まであと10分しかないのだ。
なぜ、出来ないであろう待ち合わせ時間の設定をしたのか。調子に乗っていた過去の自分を恨む。自分を一番よく理解しているはずの自分の過ちに何とも言えない気持ちになる。こうなることを想像できなかったのか、と。
後悔していても仕方がない。大急ぎでリュックサックを背負い、貴重品の入った小さな手かげの鞄を持ち、靴を履く。すぐに家を出て鍵をかける。そして、自分が出せる最大限の速さで待ち合わせ場所へと急ぐ。
奥澤の時計台には、すでに二人の姿があった。いつもなら私が一番にそこにいたのだが、たまたま今日は色々な事情が重なり少し出遅れてしまったのだ。
見るからに二人とも張り切っている。
あやかは、大きなリュックサックを背中に背負い、さらに手提げバッグを持ち、そして歩きやすいスニーカーを履いていた。一方、かれんは、可愛らしい大きなキャリーバックと可愛らしい手提げバッグを持ち、そしてちょっと高めの可愛らしいヒールを履いていた。
「こんにちは。」と声をかける。二人は挨拶を返してくれた。
行き先も決めていない私達は、とりあえず最寄りの駅である奥澤南丘駅へ向かうことにした。
ゆっくりと歩き始める。春風がとても気持ちいい。
あやかがボソッと何かを言う。
「うちのスニーカー、左右で大きさが違うの。」
なぜ、履いてきたのか。いや、それ以前になぜ買ったのか。謎が多すぎる。どこから突っ込んでいいのかわからない。
とりあえず、感想を聞いてみることにする。
「へえ、そうなんだ。履き心地はどう?」
「履き心地は悪い。」
「へえ、やっぱり履き心地は悪いんだね。」
「うん。」
ファッションに疎い私のことだ。今はそういうトレンドなのかもしれない。
「左右のサイズが違うのって、もしかして最近のはやり?」
「えっ、違うよ。」
どうやらトレンドではないらしい。では、何なのだろう。ますます真相が気になる。
折角の機会だ。この疑問を解消するためにも、ストレートに質問していくことにする。
「てかさ、何で左右サイズが違うの?」
「分かんないんだよね。靴屋で試しに履いた時には、両足ともぴったり同じサイズだったんだけど。」
聞けば聞くほど、ますます謎が深まっていく。しかし、これ以上聞いたとしても、真相は分からずじまいだろう。
早々に真相を突き止めるのを諦め、適当に会話を終わらせた。
奥澤南丘駅に到着した。改札に入る前に目的地を設定する会議を開く。
「どこ行く?」
「どうしよう…どこがいいのかな。」
「うーん、どこがいいだろう。」
まずい。これは決まらないパターンだ。せめて向かう方面だけでも決めておきたい。
「とりあえず、向かう方面だけでも決めようか?」
二人がうなずく。同意してくれたようだ。
高速列車の電子時刻表が目に入る。これであれば三路線しかない。選択肢が削られ、決断が楽になるはずだ。
早速、二人に提案する。
「高速列車で行けるところにしたらどう?」
私がそう言うと、口々に賛成の声が聞こえてくる。
とりあえず、駅にある観光案内所へ選択肢である『日向沢』、『竜蔵地』、『鶯里』のパンフレットを取りに行くことにした。
観光案内所に到着した。三人で手分けをして、三つの土地のパンフレットをチェックする。
手分けしたパンフレットの詳細を共有する。
情報を共有して分かったことは、三つの地域に共通していることがかなりの田舎だということ。三人がチェックした地域には、これといった観光スポットが存在しない。
こういう時は特産品で選ぶのが一番いい。それとなく提案してみる。
「どうしようか。観光出来るようなところはあまりなさそうだね。特産品で選ぶとか?」
「いいね、何が食べたいかとかでやってもいいかも。」
かれんが私に賛成する。かれんに続き、あやかが言う。
「確かに。それだったら美味しいもの食べたい。」
「美味しいもの食べたいね。パンフレットの中に特集なかったっけ?」
「そういえば、あった気がするね。一回見てみようよ。」
よし、会議らしくなってきた。皆が自分の意見をきちんと意見を言っている。
私達三人はパンフレットをペラペラとめくり、美味しいもの特集を探す。
「あった。」
一斉に喜びの声を上げる。探し求めていたページを見つけることが出来たことを喜び合う。
これらのページの中で多数決を取ることを提案する。
「どこの食べ物が食べたいかを決めて、多数決を取ろうよ。」
二人が私の提案に乗っかってきた。
「いいね~。それがいい。」
「うん、そうしよう。」
皆が一斉にシンキングタイムに突入した。行き先次第で食べ物が変わる。
これは一大事だ。真剣に吟味する必要がある。
日向沢。海の幸が美味しいらしい。海に囲まれた地域で漁業が盛ん。そこで獲れる魚は高級魚ばかり。たくさん獲れるので、ここらへんで食べる半額程度で食べられるらしい。写真に写っている海鮮丼やお造りはとてもおいしそうだ。
竜蔵地。広大な自然が広がる地域で畜産業や酪農業が盛ん。ステーキなどのがっつりお肉料理やチーズなどが美味しいらしい。チーズはここらへんで買うよりよっぽど安い。写真に写っているお肉やチーズを使った料理はどれも美味しそうだ。
鶯里。キノコや豆腐料理などを使ったヘルシーな料理が美味しいらしい。里山に囲まれた地域で大豆の名産地。この国で三番目のシェアを誇るらしい。また、養鶏も知られてはいないが、主産業の一つ。卵や鶏肉は最高に美味しいらしい。正直に言って、写真に写っている料理は精進料理のようなものばかりで面白くない。ただ、小さく載っている鶯里の卵焼きや鶯里鶏料理はおいしそうだ。
この中から選ぶなら、ダントツで日向沢だ。高級魚を半額程度で食べられるなんてお得感がある。
皆がどれにするかを心に決めたみたいなので、多数決を取ることにする。
「いっせいのーでで、行きたい場所のパンフレットを指そう。」
二人がうなずいたのを確認して、私が号令をかける。
「いっせいのーで」
号令と共に、皆が一斉に指を指す。
意見が見事に二手に分かれている。あやかとかれんが鶯里。私一人が日向沢。こうして、私達の行き先は鶯里に決まった。
この多数決により、私の〈半額で高級魚をたらふく食べる〉という夢は叶わなくなってしまった。とはいえ、決まってしまったものは仕方がない。ここは腹をくくるしかない。
行き先が決まったので、私達は高速列車の切符を買いに行くことにした。ギリギリだったこともあり、高い席しか空いていない。
片道一万五千円。学生にとっては痛手でしかない。が、今日中にどうしても目的地に着きたい。泣く泣く財布から代金を払う。
高いチケットを手に入れ、ホームに入る。私たちが乗る予定の高速列車はもう来ていた。
早速、列車の中へ入り自分達の席を探す。大分、遠いところから列車の中に入ってしまったらしく、なかなか席にたどり着かない。ふつうならきちんと席の場所を確認した上で、その何号車に確実に行くようにする。が、そんな面倒くさい確認などしないのが私達三人なのだから仕方がない。
そうこうしているうちに、列車が動き始める。
列車が動き始めて、五分。ようやく自分達の席を見つけ、座る。
さすが高級な席だけあって、シートはフカフカ。しかも、水平にして眠ることも出来る。
間違いなく言えることは、学生には贅沢すぎる席だということだ。こういう席に座っている周りを見てみると、いかにもお金持ちといった雰囲気を醸し出している人達ばかり。なぜ学生の分際でこんなに贅沢な席に座っているのか、という目でこちらを見てくるマダムもいる。
多少悩んだが、私達は間違いなくこの席に座る代金を支払った。だから、ここにいるお金持ちのマダム達に文句を言われる筋合いはない。堂々と座っておけばいい。
そう思うと楽になる。遠慮なくシートを水平にし、眠ることにした。
そういえば友人二人はどうしているのだろう。寝る体制が整っているのにも関わらず、こんな疑問が頭をよぎる。
駄々をこねている自分の体に鞭を打ち、そっと隣を覗く。すでに彼女達は席のシートを水平にして自由に過ごしている。
さすがだ。どんな環境にも動じない彼女達の姿を目の前にして、私は尊敬の眼差しを送ることしかできない。
それはさておき、私は寝ることにする。さっきと同じように、水平にシートを倒す。目を閉じると、すぐに眠気がやってきた。
「次は終点 鶯里駅、鶯里駅。」
列車のアナウンスが耳に入ってくる。眠さに負けそうな目をこじ開け、スマホの時計を見る。さっき見た時より、三時間も時間が過ぎていた。
相当な時間を眠りに費やしていたらしい。この快適な席ともお別れだ。例え短い時間であれ、体を癒してくれたこの席に愛着がわく。しかも、淋しいという気持ちまで芽生えてきている。そんな気持ちを押し殺し、降りる準備に取り掛かる。
「まもなく鶯里、鶯里駅に到着です。」
また、アナウンスが流れる。私達三人は荷物をまとめ、ドアの方へ行くことにした。
後ろ髪を引かれるような想いを抱きながらも、私達は高級席を後にする。
すぐに目的地に到着した。列車を降りる。降りると何だか安心して、つい伸びをしたくなる。それにしても結構な長旅だったと思う。
そういえば、今晩の宿を取っていない。せっかくここまでやってきたのに、野宿だなんて絶対に嫌だ。
早急にホテルを取る必要がある。私達はすぐにホテルを探し始めた。
手当たり次第、ホテルに電話をかけたもののなかなか見つからない。このまま見つからないのだろうか。そんな心配が頭をよぎる。
このホテルで、とうとう最後の一つだ。もしこれで見つからなければ、私達は駅で寝ることになる。
お願い、見つかって。藁にも縋る思いで電話を掛ける。
「こちら、夕禮亭でございます。」
「お伺いしたいのですが、今晩そちらで部屋を取ることは可能でしょうか?」
「何名様のご利用でしょうか?」
「三人です。」
「三名様ですね。今確認致しますので、少々お待ちください。」
「はい、よろしくお願いします。」
保留の音楽が流れる。そして、その音楽と共に、三人の間にも緊張感たっぷりのムードが流れる。最悪の事態にならないことを願うばかりだ。
しばらくして、保留の音楽が終わり、ホテルマンの人が電話に出てきた。
「お待たせ致しました。本日三名様とのことでご用意できますので、どうぞお越しくださいませ。」
よっしゃ。心の中でガッツポーズする。
「ありがとうございます。急で本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」
「とんでもございません。どうぞお気を付けてお越しください。」
電話を終えると、三人で喜びを分かち合う。ようやく勝ち取った宿だ。今日はよく眠れるに違いない。
それはさておき、今の私達にゆっくりしている時間はない。できるだけ早く、今日の宿に向かう必要がある。最短距離で向かう手段を相談する。
「どうやっていくのが早いかな?」
「何だろう。」
「タクシーとかバスとか?」
「こんな田舎にバスとか走っているのかな?」
「さすがにあるでしょ、田舎とはいえ。やっぱり駅だし。」
この地域についての知識はほとんどない。さすが、下調べゼロだ。ここまで来てしまうと、私達の計画性のなさは呆れを通り越して尊敬されるべきだと思う。
駅の外に出てみる。辺りには都会ではお目にかかれないものばかりが広がっていた。この光景を見て、私達はこの地域の不便さを悟る。
それはさておき、宿へと向かう手段を探さなくてはならない。駅の周りを、もう一度見渡す。
タクシー乗り場はあるものの、肝心のタクシーはいない。タクシー乗り場の横に、電話ボックスがある。
何だろう、そっと覗いてみる。電話ボックスに貼り紙があった。
タクシーご利用者様
タクシーをご利用の方は、お手数ですがこの電話からご連絡下さい。
電話番号 020‐0303‐1224
鶯里タクシーサービス株式会社
なるほど、考えられている。さすが、地域密着型のタクシー会社。オーダーがあれば、いつでも出動してくれるということか。確かに、運転手さんも人がいなくて待ちぼうけ、とかいう無駄がなくていいかもしれない。
早速、タクシー会社へ電話を掛ける。
「タクシーを一台、お願いできますでしょうか?」
「かしこまりました。すぐにそちらへ向かいますので、少々お待ち下さい。」
「はい、よろしくお願いします。」
電話を切る。あとはタクシーが来るのを待つだけだ。
三人で他愛のない話をしているうちに、タクシーがやってきた。行き先の宿の名前を書いたメモを手にタクシーへ乗り込む。
「こちらの宿までお願いできますか?」
「分かりました。夕禮亭ですね。」
「はい、お願いします。」
タクシーが走り出す。いい感じの揺れについつい眠くなってしまう。
うとうとしていると、運転手さんが話しかけてきた。
「皆さん、若いのにいいところにお泊りですね。」
眠いから話しかけないでほしい。そんな本心を隠し、にこやかに返答する。
「いやあ、それが今日空いている宿がそこしかなくて…」
「あー、なるほど。でも、すごくいいところですから、楽しんでくださいね。」
「ありがとうございます。楽しんできます。」
運転手さんとこんな会話をしているうちに、夕禮亭へ到着した。
タクシーを降りると、きらきらしてまぶしいくらいの建物が、私達三人の前に建っていた。あまりのまぶしさに思わず立ち止まってしまう。
意を決しロビーに入り、チェックインをする。
「先程、電話にて三名で予約させていただいた、神崎です。」
「神崎様ですね。お待ちしておりました。こちらにサインをお願い致します。」
ふつうのホテルと同じような対応にほっとした。すぐにサインを提示された紙にする。
サインをすると、すぐに部屋へと案内してくれた。その部屋は、上級な旅館の部屋という感じだ。貧乏学生だというのに、こんなところに泊まっていいのかと申し訳なく思う。とはいえ、成り行きによって決まった、この上質なお部屋での宿泊を楽しまないのはもったいない。
私達三人は、この上品なお部屋でいかにも高級そうな料理をたらふく食べ、そしてふかふかの布団で眠りにつく。至福のひと時を過ごすことが出来たのだ。
あやか
ベッドの上で荷造りをすることにした。あとでいるものといらないものに仕分ければいい。手当たり次第に使えそうなものをベッドの中へ放り込む。その作業が終わったら、今度は『いる』と判断したものを枕元に置いていく。
『いる』と判断した基準は、フィーリング。合っているのか、間違っているのか。そんなものは、行ってみないと分からない。
山登りに使っていたリュックはどこだったかな。クロゼットの中を探すと、昔山登りに使っていたリュックを見つけた。そして、リュックの中に厳選した、一つ一つの荷物を詰めていく。貴重品を手提げのバッグに詰めた。
準備が出来たので、「ちょっと出かけてくるね」と言いながら、そっとポッポの頭をなでる。愛犬のポッポが淋しそうにこちらを見ている。きっといつもと違う雰囲気を感じているのだろう。
ポッポの寂しそうな瞳に後ろ髪を引かれるような想いを抱く。でも、待ち合わせ時間に遅れるわけにはいかない。
あの三人での旅行。どんなことになるのか、全く想像がつかない。安心安全に旅へ行くためにも、とにかく歩きやすいスニーカーにしておこう。
スニーカーをさっと履き、荷物を持った。
玄関を出て奥澤までの道をリズミカルに歩いていく。ワクワクした気持ちがどんどん強くなる。
あれ、左足はいい感じなのになぜか右足が窮屈。もしかして、左右で大きさが違うのか?購入した時点ではスニーカーは左右同じサイズだったはず。これは、スニーカーのきまぐれだろうか?不思議なことが起きるものだ。まあ、気にしないでおけば、そのうち慣れるだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、奥澤の時計台が見えてきた。奥澤の時計台の前には、かれんがいた。手を振ると、かれんは手を振り返してくれた。左右でサイズが違うスニーカーでかれんの元に急ぐ。
「あー、あやちゃん!すごく楽しみだね!」
「うちも!何が起こるかワクワクするね!」
「ほんとに!この三人だと何が起こるかわからないしね!どこ行くんだろ?」
「いつもと同じように成り行きかな?」
「楽しそう。何が起こるかハラハラドキドキだね!」
そんな他愛のない話をしていると、さやかがやってきた。
三人が挨拶を交わし、駅に向かって動き出す。これからどんなことが起こるのか。考えるだけでワクワクする。
そうだ、さやかにスニーカーの話をしよう。きっと、話を聞いてくれる。
「うちのスニーカー、左右で大きさが違うの。」
「へえ、そうなんだ。履き心地はどう?」
履き心地を聞いてくるか。斬新すぎる。そう思いながらも彼女の質問に答える。
「履き心地は悪い。」
「へえ、やっぱり履き心地は悪いんだね。」
「うん。」
「左右のサイズが違うのって、もしかして最近のはやり?」
「えっ、違うよ。」
やっぱり彼女は面白い。その一言に限る。
しばらくして、さやかから聞いてほしかった質問がやってきた。
「てかさ、何で左右サイズが違うの?」
「分かんないんだよね。靴屋で試しに履いた時には、両足ともぴったり同じサイズだったんだけど。」
「そうなの?謎なことがあやちゃんの身に起こったんだね。」
「そうなんだよ。履きやすい靴を選んだつもりだったのに。」
「ひどい話だね!」
そんなこんなでスニーカーの話をしていると、奥澤南ヶ丘駅に着いた。
でも、どこに行くかを決めていないので、改札に入る前に決めなくては切符を買うことができない。
優柔不断でなかなか決められない私達三人は、必要に迫られて決断をする。ここまでは、いつもお決まりのパターンだ。
「どこ行く?」
「どうしよう…どこがいいのかな。」
「うーん、どこがいいだろう。」
決まりそうにないな。さすがこの三人。
しびれを切らしたさやかが提案をした。
「とりあえず、向かう方面だけでも決めようか?」
私とかれんがうなずくと、さやかが続けて提案する。
「高速列車で行けるところにしたらどう?」
なるほど。さすが、さやかだ。こういう時に冴える彼女はすごいと思う。
「いいね!そうしよう!」
「すごくいい!そうしよう!」
「じゃあ、竜蔵地、日向沢、鶯里のパンフレットを取りに観光案内所に行こう!」
旅慣れしている人が1人でもいると助かる。そんなことを考えながら、張り切って歩くさやかの後に続いて歩く。
観光案内所に到着した。さやかは竜蔵地、かれんは日向沢、そして私は鶯里のパンフレットを手に取り、ペラペラとめくる。
お互いに手に取ったパンフレットの場所について、説明し合った。この説明で分かったことは、三つともかなりの田舎だということ。この三つのどこかで、のんびりと過ごすのも悪くない。
さやかが、何かを思い付いたようだ。
「どうしようか。観光出来るようなところはあまりなさそうだね。特産品で選ぶとか?」
「いいね、何が食べたいかとかでやってもいいかも。」
すぐにかれんがさやかに賛成する。もちろん、私も同じ意見だ。かれんに続き賛成する。
「確かに。それだったら美味しいもの食べたい。」
さやかが私に続いて言った。
「美味しいもの食べたいね。パンフレットの中に特集なかったっけ?」
「そういえば、あった気がするね。一回見てみようよ。」
また持っているパンフレットをペラペラとめくり、特産品のページを探す。
「あった」
タイミングはほぼ同じ。本当に私達はすごいと思う。
さやかが興奮気味に提案する。
「どこの食べ物が食べたいかを決めて、多数決を取ろうよ。」
その提案に私とかれんが乗っかる。
「いいね~。それがいい。」
「うん、そうしよう。」
そして、開いた特産品のページを三つ並べ、見比べる。
どこがいいかな。よし、一つ一つみていくことにしよう。
まず、一つ目は日向沢。写真に写っているのは、海鮮丼やお造り。海が近い感じなのだろう。この時期に海が近いと寒いだろうな。やめておこう。
二つ目は竜蔵地。写真に写っているのは、ステーキやチーズを使った料理。とても美味しそうだ。ここは候補に入れておこう。
三つ目は鶯里。写真に写っているのは、キノコや豆腐料理などを使ったヘルシーな料理、そして鶯里の卵焼きや鶯里鶏料理。美味しそうなものばかり。ここも候補に入れておこう。
竜蔵地か鶯里。ようやく二つまでには絞ることが出来た。あと、もうひと踏ん張り。
竜蔵地は広大な自然に囲まれた地域で、鶯里は里山に囲まれた地域らしい。里山に囲まれた地域なら、朝の日課の日の出を見に行くことが出来るかもしれない。これで決まり。私は候補を鶯里にすることにした。
顔をあげると、皆決まっているみたいだった。
さやかが多数決の手段を提案する。
「いっせいのーでで、行きたい場所のパンフレットを指そう。」
私達二人がうなずくと、さやかが号令を掛ける。
「いっせいのーで」
号令に合わせ、鶯里のパンフレットを指す。
あっ、誰かと一緒だったみたいだ。誰だろう?指している指を辿っていくと、かれんだった。かれんも鶯里がよかったんだ。
さやかはどこがよかったんだろう?顔をあげさやかの方を向く。そっか、日向沢か。一人だけ違う場所を選ぶ彼女は少し残念そうな顔をしている。少しかわいそうな気持ちになる。でも、さやかのことだ。きっと鶯里でも、すぐに楽しいことを思い付き発表してくれるに違いない。
何はともあれ、決まってよかった。やっと、切符が買える。
早速、私達三人は切符を買いに行くことにした。
切符の窓口にいくと、長い列が出来ていた。春休みだから仕方ない。三人でペチャクチャ話をしながら並ぶ。
話をしながら待っていると、あっという間に私達の番になった。さやかが切符売場の窓口の係の人に鶯里行きの切符を頼む。
「14:00発の鶯里行きの切符を三枚、並び席でお願いします。」
「鶯里行きですね。お客様、ただいまお安い席が満席の状態でしてグリーン席でしたら並び席がご用意できるのですがいかがいたしましょうか?」
「ちなみにグリーン席だとおいくらになりますか?」
「お一人様1万5000円になります。」
高っ。さやかの動きが一瞬止まる。
「今日中につきたいんですけど、次の便もいっぱいですよね?」
「残念ながら、今日中に目的地に着くお安い席は全て満席になっております。」
ないのか。それは仕方がない。さやかが私達二人の方を見たので、同意のうなづきを返す。私達二人がうなづいたのを確認すると、さやかは切符を買う手続きを続けた。
「わかりました。じゃあ、14時の便でお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
係の人が作業をしている間に財布から1万5000円をすぐ出せるように準備する。
「1万5000円になります。」
三人が一斉にお金を出す。私達三人とは思えないほど、出すスピードが早い。本当に面白い三人組だと思う。
切符を係の人からもらい、ホームに向かった。
ホームには私達が乗る高速列車が来ていた。 列車が出発してしまうかもしれない。私達はすぐに列車に乗り込んだ。
乗ったはいいけれど、なかなか席に着かない。そういえば、グリーン席はどこだろう?
切符を見ると、1号車と書いてある。ここは12号車。道のりは長くなりそうだ。そういえば、グリーン席ってどんなんだろう。和室みたいに畳だったりするのかな。それとも、フカフカなベッドでも置いてあるのかな。考えるだけでワクワクする。
1号車。いよいよ、グリーン車に到着。わくわくしながら、扉を開ける。
わぁ、すごい。まるでセレブ御用達のホテルのような雰囲気が1号車全体を覆っている。そして、12号車と比べ物にならないくらい、席と席の間が広い。それにフカフカそうなシート。周りの人達を見ると、ベッドみたいに水平に出来るらしい。
さっと荷物を置き、すぐにシートを水平にする。快適だ。こんな経験、きっと最初で最後だろう。今を思う存分楽しもう。それが私達の旅のミッションだと思う。
「次は終点 鶯里駅、鶯里駅。」
あっという間に目的地に着いた。どんな田舎なのか、考えるだけでワクワクする。荷物を持ち、3人でささっと降りる。
改札前に来た時、さやかが何かを思い出したみたいだ。神妙な面持ちで私達二人を見る。
「今日のホテル、取ってないじゃん。どうする?」
「あっ。すっかり忘れてたね。どうしよう」
「あー、忘れてた。」
「とりあえず、それぞれスマホで調べよ。それから、3人で手分けしてホテルに電話かけよ。」
「そうしよう。」
「了解、探すね。」
私達三人は、一斉にスマホで『鶯里 ホテル』と検索を始める。同じホテルが出てきたので、3人で手分けをして電話を掛けることにした。
空いていますように。そう願いながら電話を掛ける。
「こちら、未来亭です」
「すみません、そちらで今晩泊まりたいのですが、部屋空いていますか?」
「何名様でしょうか」
「3人です」
「少々お待ちください。」
音楽が流れる。きっと、大丈夫。
「お待たせ致しました。申し訳ございません、今夜は満室のようです。」
「そうですか、ありがとうございます。失礼いたします」
「失礼いたします。」
ダメだったか。断られたのはたった一つだけなのに、そして当日だから仕方がないのに、何だか心が折れてしまいそうになる。
他の二人はどんな感じなんだろう。右を見ると、さやかが×のジェスチャーをする。そして、左を見るとかれんがしょぼんとしている。
やっぱり、ダメか。人生はそんなに甘くないということなのかもしれない。
電話したくないなぁ。また、断られるかもしれない。
さやかが電話をかけたところで、空きがあったらしい。
「ありがとうございます。急で本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」
さやかがガッツポーズをしている。決まったんだ。よかった。もう電話をする必要はない。そう思うとほっとした気持ちになる。
「よかった!決まったよ!!」
「やった!さやちん、ありがとう!」
「よかったよかった!」
今日のホテルが決まり、三人で喜ぶ。ハラハラするようなハプニングもあるけど、何だかんだ上手くいってる。私達なら、きっとこれからも大丈夫。
ひとしきり、喜びあってみんなで話をする。よし、早くホテルに移動しよう。でも、ここからどういったら早くいけるのか、全く知識がない。
「どうやっていくのが早いかな?」
「何だろう。」
「タクシーとかバスとか?」
「こんな田舎にバスとか走っているのかな?」
「さすがにあるでしょ、田舎とはいえ。やっぱり駅だし。」
こんな時は、とりあえず外に出るのが一番だ。私達三人は歩きだした。
外の空気がとてもおいしい。環境がとってもいいってことだろう。ここを選んでよかった。心底、そう思う。
周りを見渡してみると、タクシー乗り場があった。でも、肝心のタクシーは見当たらない。
「あっ、なんかあるよ!」
さやかがなにかを見つけたみたいだ。三人でそっと覗く。
タクシーご利用者様
タクシーをご利用の方は、お手数ですがこの電話からご連絡下さい。
電話番号 020‐0303‐1224
鶯里タクシーサービス株式会社
見てみると、こんな張り紙が貼ってある。その横に電話ボックスがおいてあった。これは、斬新すぎる。きっと、人がいないのにひたすら待ちつづけるのは嫌なのだろう。
私がそんなことを考えているうちに、さやかは電話を掛けていた。さすが仕事が速い。
ぺちゃくちゃ話をしていると、タクシーがやってきたので乗り込んだ。
ゆらゆらといい感じに座席が揺れる。さやかとタクシーの運転手が楽しそうに話しているのが聴こえてくる。
「着いたよ、あやちゃん。」
かれんの声で目が覚めた。お金を払い、荷物を持ってタクシーを降りる準備をする。
とてもきれいな旅館。泊まる場所を決めるまでに大変だったけど、こんな旅館に泊まれるなんて、私達はラッキーだ。
ロビーに着いた。あまり並んでいない。すぐに私達の番になり、チェックインをした。
「先程、電話にて三名で予約させていただいた、神崎です。」
「神崎様ですね。お待ちしておりました。こちらにサインをお願い致します。」
さやかが慣れた手つきでサインをする。
「お部屋までお持ちしますね」
私達3人の荷物を係りの人が持ってくれた。こんなサービスあるんだ。初めてのことが多すぎる。
係りの人に案内してもらい、部屋に着いた。
部屋はとてもきれいな和室。テーブルの上には、お茶、お菓子まで置いてある。
三人で休んでいると、部屋に美味しそうな夕食が運ばれてきた。美味しそうな料理が沢山ある。一口一口がとてもおいしい。
ハラハラすることが多い日だったけれど、今日はやっぱりいい日だ。「初めて」が多い日。初めての高速列車、そしてグリーン車。初めてのタクシー。初めてのホテル。初めての3人での夕食。
明日は何があるのだろう。私達の旅は始まったばかり。これからの旅が楽しみだ。
かれん
突然、今日からさやちんとあやちゃんと旅に出ることになった。とても楽しみだけど、用意はまだ出来ていない。何が必要なんだろう。何を入れればいいか分からない。みんなはもう準備できているんだろうな。どうしよう。
とりあえず、絶対に必要なものから始めよう。着替え、スマホ、充電器、化粧品、それから・・・。
必要になるかもしれないものを集め、キャリーバックに詰める。
これから、どんな旅が待っているんだろう。不安と期待が入り混じった何とも言えない感じが私の頭の中をぐるぐる回っている。
あっ、もうこんな時間だ。メイクしなくちゃ。メイクが済んだので、荷物を持ってすぐに家を出る。
とりあえず、早く着かなきゃ。焦って焦って奥澤の時計台の前に来たけれど、誰もいない。よかった、一番乗りだったみたいだ。みんなを待たせていなくて、本当によかった。
あやちゃんも向こうからやって来た。いつもは私が手を振りながら走るけれど、今日は逆。早く着いといて本当によかった。
あやちゃんと何でもない話をしていると、ビックリした様子でいつも一番乗りのさやちんがやってきた。
これで三人のメンバーが全員揃ったので、駅までゆっくりと向かうことになった。
駅に着いた。
水瓶座の女達のやる気啓発旅行 雨宮万奈 @puffin
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