男令嬢悪役一代記〜乙女ゲーの世界に転生しちまった〜
東山ききん☆
第1話 王立プリンス学園ロマンス学部自由恋愛学科
俺の名は清澄清吾。
生まれっからの乱暴者で、宮本武蔵に憧れた。実家は裏物通りの包丁屋。職人たちの喧嘩は茶飯であるが、ある日、珈琲屋の爺さんから古本を譲り受けた。
今は商店の二階は親父の在庫置き場になっている。離れた新築住宅街の中に建つ、無闇に白黒した新居の自室に篭り、譲り受けた古本を眺めた。
ざっと数百冊はあるだろうか。
内容も推理小説に始まり、ホラー、サスペンス、ライトノベル、ペットの躾け、料理本、ゲームの攻略本まである始末。
それにしても、我ながらよくもこれだけの量を運んだものである。当年17歳の身では車の免許も取れない。結局、自転車で二、三往復して運んだ。
そうまでして爺さんから本を譲り受けた大した理由がある訳ではない。
ただ、爺さんとは普段から話を良くしたし、手伝いに来る姉さんが美人のうえ、よく口が回るので、その回りに回る口車につい乗せられたという次第である。
それにしても、あの爺さんと姉さんには悪いが、二人には似つかわしくない本ばかり。
中には奇妙な図形だけがギッシリと描き込まれた、とてつもなく古そうな本もある。よく知ないが、羊皮紙とかいう材質だろうか?値打ちものかもしれんが、読めぬなら意味はない。
しかも、古本なだけあって、あらゆる本の要所要所にマーカーやボールペンで線が引かれている。
それも、さして重要ではなさそうな箇所や、意味のない文章にも引かれている。何がなんだか、さっぱり、ちんぷんかんぷんである。
まあ料理本なんかは自炊に役立つだろう。俺は高校を出たら大学に進学して、一人出ちしたいと考えているのである。いずれ読むとしておこう。
さて、他に興味の引く本は無いだろうか。
ペットの躾けなどはあまり興味はない。幼少のころに近所の野良猫に餌をやっていたが、母親に叱られてからは構う機会も減った。
それに、生き物を飼うほど気が効く性格でもない。
小説の類もほとんど読まないな。ミステリーやサスペンスは読んだことすら無いな…ホラーもか。
そんな中、数百ある本の過半が、一連の作品のシリーズであることに気がついた。
その中の一冊を手に取る。
『王立プリンス学園ロマンス学部自由恋愛学科』
表紙には現代風のアニメ調の絵柄が施されており、躍動感あるキャラクター達が(主に男性たちが)格好良く描かれている。
なるほど。
ライトノベルというやつだ。男性ばかり描かれているから女性向けだろう。
帯には「あの人気原作ゲームついに小説化!!」などと書かれている。
つまり、この何十冊もある本は全てライトノベルで、どこぞの人気乙女ゲームが原作なのか。
小説が原作で、そこから他媒体に派生していくというのは想像できるが、ゲームが原作というのは恐らく珍しいのではないだろうか。
気になったので、あらすじを読む。
どうやら西洋風の架空の世界を舞台にした、学園恋愛小説のようだ。
舞台は西洋風の架空の世界。王国の首都に存在する王立学園は通称"プリンス学園"と呼ばれていた。そこは各国から貴族や王族が集まる名門の学校でもあった。
主人公のアネッタは下町の染物屋の一人娘だったが、ひょんなことから、これまで誰も抜けなかった伝説の剣を引き抜いてしまう。
騎士長ランドルフに剣の才を見込まれたアネッタは、シェリルミーナという偽りの身分を得、半ば無理矢理学園に入学させられる……というストーリーだ。
絵が小さくてよく分からないが、表紙の端に写っている赤髪のおかっぱの女性がそのシェリルミーナことアネッタという主人公らしい。剣も持ってるし。
それより目立つのが表紙の中央にいる、黒い鎧を纏った猛々しい青年だ。
それにしても不思議と引き込まれる本である。
こういった乙女系の本に俺は向いてないと思うのだが、何処となく本の方から呼びかけられるかのような錯覚がある。
第1巻のページをめくる。
そこでは女性主人公がいきなり騎士長ランドルフに拉致されていた。
挿絵に描かれた騎士長ランドルフは壮年の片目のおっさんだった。どうやら表紙の雄々しい青年とは無関係らしい。
しばらく読み進めてみたが、兎に角騎士長ランドルフの一挙一動で話が引っ掻き回されているようだ。
いわゆる道化役という役柄なのだろう。
黒い鎧の青年は半裸の状態で地下牢に繋がれていた。
主人公は定期的に牢に忍び込んでジャガイモを与えている。
半分くらい読むと青年が処刑された。
どうやら主人公には冤罪を主張していたようだが、別に冤罪ではなかったようだ。
あと騎士長ランドルフはいつの間にか悪役になって主人公を殺そうとしていた。
どうやら予想よりもかなりハードな物語のようだ。しかも半分以上読んでるはずなのにまだ学園に入学してない。
しかし、心の通った青年の死や、騎士長ランドルフの裏切りなどから、主人公は争いのない平和な世界を作ることを固く決意するようだ。
そのあと、青年の死をきっかけに世界で大乱が起こった。
どうやら予想よりもはるかにハードな物語のようだ。しかもまだ主人公が入学してないのに戦争で学校が休学になった。
そのあとも登場人物紹介に出てた、いかにも原作ゲームの攻略対象みたいな王子たちも、まともに恋愛が始まる前にバンバン死んでいく。
あと騎士長ランドルフの絵柄もどんどん邪悪になっていく。
とりあえず毒殺と火刑はキツいな。
まさか第1巻で登場人物の半分が消えるとは思わなかった。完全に騙された。
あと、第1巻の最後で、騎士長ランドルフは実は善人だということが発覚して終わった。マジか。
騎士長ランドルフマジか。
それで許されると思ってんのか。
主人公の家族散り散りになったし、ていうか祖国が滅びたし、失ったもの多すぎないか。
えっ……この子、このまま敵国に支配された王立学園で偽りの貴族生活送んのか……?え……?
そんなことある………?
あと西洋風の世界観のくせに、飯だけ頑なにジャパンなのはなぜ……?
なんで騎士長ランドルフと逆臣ガダモン卿の会談シーンで二人とも牛丼食ってたの……?
ミスティーク皇国原産の但馬牛って何?初めて聞いた……何故……?
黒い鎧の青年、結局半裸のまま死んだよね……?表紙の鎧、あれなんだったの……?
名前も明らかにならなかったよね……?
王立プリンス学園ロマンス学部自由恋愛学科、第1巻で休校になったし、王国じゃなくなったし、プリンス大半死んだし、戦乱が起こって恋愛とかやってる場合じゃないの、何……?
騙されたの?俺……?
嘘だろ…
思わず昼夜忘れてシリーズを読み耽った。
一体どれほど時間が経っただろうか。いつの間にか俺は、王国プリンス学園ロマンス学部自由恋愛学科の魅力に取り憑かれてしまった。
そのちゃらんぽらんなタイトルとは裏腹のハードな作風が特徴で、登場人物の多さに反して現状生きている人があまりにも少なすぎる。
王子ルドルフの処刑シーンは王子の毅然とした態度の凄絶さと首が飛ぶ瞬間の描写の残酷さのコントラストがあまりにも鮮烈だった。
王子ルドルフの遺志を継いだ筈の末弟カルロスが実は影武者のマーカスで、そのマーカスが末弟カルロスを守る為に騎士長ランドルフと相討ちするシーンは本気で震えてしまった。
お前よくやったよマーカス……ひたすら善人アピールする騎士長ランドルフと相討ちに持ち込んだだけでも大金星だよ。
問題は、マーカスが離散した主人公の実の兄で、主人公はそのことを知らずに、のうのうと生きている末弟カルロスと目下交流を深めていることなんだけどな!
お前のせいでマーカス死んだんやぞ!
あと魔術師ゲロッドが本当にただの詐欺師だったのが明らかになった時は拍子抜けした。
嘘だろ…?お前戦乱の元凶じゃん?
星辰がどうとか言ってたじゃん?闇の勢力とか言ってたじゃん?生贄とか言ってたじゃん?
アレ全部デマカセだったの……?
闇の勢力の話、てっきり第1巻の表紙の青年が魔族に転生して黒い鎧を纏って再登場するフラグと思ってたのに、結局再登場しなかったのはヤバかった。
あの青年、死んで二度と再登場しなかったな……
じゃあ主人公が剣を引き抜けたのは何?
作中の魔術要素アレだけか?
あれだろうな。魔術師ゲロッドも、一度ついた嘘が何故か王様に信じられて、引くに引けなくなったのかな。
一度ついた嘘がどんどん大きくなるのは、主人公のあり得たかもしれないもう一つの姿だったのかもしれないな。
その点、主人公は序盤に比べてすごく成長したよな。もはや別キャラだよ。
とりあえず俺の推しは王子ルドルフかな。その高潔な生き様と悲劇的な死は忘れられないよ。本当は弟たちを愛していたことを死ぬ前に伝えられただけでも、あの作品の中では報われた方だと思う。
はぁ〜〜最高だな。王立プリンス学園ロマンス学部自由恋愛学科。
思わず時間も忘れてしまった。
ていうか今何時だ?
アレ?俺の部屋、こんな広かったか?
それになんか、本が光っている気がする。
異変に気がついたのは、その時だった。
男令嬢悪役一代記〜乙女ゲーの世界に転生しちまった〜 東山ききん☆ @higashi_yama_kikin
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