異世界転移して、たくさんの許婚に囲まれるという夢を見た。

奈良ひさぎ

異世界転移して、たくさんの許婚に囲まれる夢を見た。

 異世界転移、異世界転生というジャンルはもはや、今のWeb小説界隈を席巻していると言っても過言ではない。……実はもうそのブームも過ぎ去ろうとしているかもしれない、という話は置いておいて。俺は特に、異世界転移の作品を読み漁るのが好きだ。転生の方は一度現実世界の方で主人公が死ぬ描写が入る。その死に方も、転生先の世界での活躍をより華やかに見せるために、だいたい下らないかあり得ないか、見るも無残なものだったりする。特にトラックにはねられて死ぬなんて見飽きたほどで、トラックの運ちゃんがかわいそうになってくる。10トントラックはモブキャラ主人公をはね飛ばすための大道具ではないのだ。


「……ま、そうそうないよな」


 そんなわけで、俺は今日も通学路にある本屋に立ち寄って、異世界転移ものの本を物色していた。が、そもそも異世界もの自体がほとんど転生で売っていたりする。現実世界でのしょぼくれたステータスを引き継ぐより、一度現実世界でモブっぽいところを見せつけておいて、リセットして活躍させる方が映えるのだろう。やってることは編集した写真を貼りつけてキラキラした生活を送っているように見せかけている連中と、何ら変わりないというわけだ。たぶん。

 そしてその少ない転移作品の中でも、目を見張るようないい作品は少ない。ここはあくまで個人の意見かもしれないが、本として形になり、店頭に並んでいるからといって、必ずしも良作であるとは限らない。大元が良作じゃなくても、少なくとも良作っぽく仕立て上げて出版するのが仕事じゃねえのかよ、と思ったりするが、現状がそんな感じでしばらく変わりそうにないのだから仕方ない。今日も特にピンとくる作品がなく、何も買わずに本屋を出て家に着いた。


「あー……」


 そして家に帰ってから、読む本がないのに気づく。ストックがなくなってしまって、まだ読んでないものを探しに、帰りに本屋に寄ったのに。結局何も買わずに帰ってきてしまったせいで、暇になってしまった。ちなみにWeb小説を漁るという手があることももちろん分かっているが、ネット上に掲載されている作品はどれもこれも、終わりが見えないのが困ったところだ。実は俺の友人にひっそりそのWeb小説の海に漂い、物書きをしている奴がいるのだが、そいついわく、いくらでも書いていいからこそ全く終わりの見えない小説がゴロゴロあるらしい。一つの作品を読み始めるからには、少しでもいいから物語がいつかは終わりそう、という兆しを見せてほしいと思う俺にとっては、もはや天敵に近いかもしれない。


「……ま、いっか。寝よ」


 読む小説がないなら寝るしかない。宿題は晩飯の後にやる、と決めているから、今は寝るくらいしかやることがない。適当に着替えてベッドに寝転んだ途端、眠気が襲ってくる。そこに意識をゆだねて、俺は眠りについた。



 そして、今の俺がある。



 俺は寝ていて、ふとまぶしい日差しを感じて目を覚ましてみると、自分の部屋のベッドとは似ても似つかない場所に寝かされていたのだ。格好こそ、見覚えのある部屋着だったが。


「あ、目が覚めたんだ。よかったぁ」


 そして枕のそばには、快活そうな同年代くらいの女の子が一人。高校生活でとても縁のなさそうな、みんなが見とれるような美少女だ。確かこういう理想を丸めて固めたような女の子といとも簡単に仲良くなって、あわよくば恋人になるところまでいってしまうのも、異世界転生、転移ものの特徴だったっけか。


「ここは」

「どうされたのですか? 急にここには初めて来た、みたいな顔をなさって……」


 初めて来たのは事実なんだから仕方ないだろ、と思いつつ、俺は簡素なベッドから起き上がる。この世界での俺は、少女と何らかの関係があるのだろうか。あるいは兄妹だったりして。こんな妹がいてくれたら、俺の人生はさぞかし楽しいものになっていただろう。俺の実の妹はとにかくふてぶてしくて、正直接するだけでこちらの気分まで悪くなってしまうくらいだ。

 落ち着け、これはいわゆる転移後の世界だ。テンプレチックな死ぬ時の痛みはなかったし、俺は死んでいないのだろう。となれば現実世界でのステータスを引き継ぐことになるのだが、それはこの際構わない。あくまで主観的な話ではあるが、俺は普通の人生を送ってきたつもりだ。他人との交流を断ってきたとか、教室の隅っこにいたとか、そういうわけではない。多くはないが友人もいたし、さすがに小学生の頃ほどとはいかないものの、学校に行くのは別に苦ではなかった。だからある程度主体的に動きさえすれば、いずれこの世界でも楽しく過ごせるようになるだろう。元いた世界で家族や友人はどうなっているのか気になるし、そもそも元の世界に戻れるのかどうかは分からない。が、戻れる方法があるにせよないにせよ、いつまでも悲観しているわけにはいかないのだ。それならなるべく、明るく生きた方が自分のためでもある。


「今日の予定は、十時からネロ様との面会。昼食会もそのまま行われます。三時から、ティア様による体系魔法学の講義。夕食後、テレシア様による舞踏会に向けての予行演習がございます」

「ああ」


 先ほどの少女が、何やら訳の分からないことを言ってきた。半分以上聞き流しながらも、自分がどういう境遇なのかを何となく理解する。どうやら俺は、この少女を使用人として抱える立場にあるらしい。そして少女が一日の予定を管理し、こうして朝食時に伝える。面会があったり、舞踏会とやらに参加できるくらいには位が高いらしい。そしてまだ講義を受けなければならない歳であることも分かった。


「では……私は朝食を終えておりますので、終わりましたら執務室へどうぞ」

「分かった」


 俺自体はその執務室とやらがどこにあるのかは把握していなかったが、俺が転移したこの身体は知っているらしかった。さくさくと朝食を食べ終えて、その部屋に向かう。


「「「お待ちしておりました、ご主人様」」」


 そこからは天国のようだった。明らかに俺が座るらしいきらびやかな椅子の周りには、先ほどの少女を含め三人の女の子が控えていた。この三人はみんな、俺の許婚らしい。そのことを先ほどの少女から聞いた。こんなに可愛い女の子を三人も、将来の奥さんにできるなんて。夢のような話だ。


 ……夢?


「おーい、ごしゅじーん、おきてぇー」


 俺でもない、目の前にいる三人でもない。全く別の場所から、俺を呼ぶ声が聞こえた。かなり大きな声で呼ばれている。にもかかわらず、三人の許婚には聞こえていないようだった。

 そうか、これは夢だったのか。俺は今夢を見ていて、理想の状況を勝手に脳内に思い浮かべて、楽しんでいるだけなのだ。目が覚めればまた、いたって普通の高校生としての生活に戻る。確かによくよく冷静になって考えてみれば、こんな俺に許婚が三人もいるなんておかしい話なのだ。そもそも許婚って普通三人もいるものではないだろう。


「嫌だ……」


 だが俺は、まだこの世界を楽しめていない。俺の妄想がたくさん詰まっているから、めちゃくちゃな設定になっているかもしれない。それでもいい。せめて朝になるまでのわずかな時間、俺をこの世界に残して楽しませてほしい。が、その願いは叶わないようだった。俺の身体はすうっと、幽霊のように薄れていく。そして三人の許婚たちはそんな俺を見て、優しい表情で手を振っていた。最後まで、めちゃくちゃな夢だった。



「……はっ」



 そして目が覚める。俺はまたぱっとしない、いたって普通の高校生に戻る。のそのそとベッドから這い出て、顔を荒い、朝飯を食いに一階に降りる。そのルーティンが始まる。


 はずだった。


「ああ、ご主人。ようやくお目覚めか」


 さっき俺に一通り一日の予定を説明してくれていた少女と、そっくりそのままの女の子がそう声をかけてきた。服装はまるで違う。とても位の高い人の許婚とは思えないほど、みすぼらしい格好だった。


「ここは……?」

「ここはって、いつものバラック小屋じゃないですかあ」


 俺が寝ていたのは、ベッドとも言えない、床に直接わらを敷いたようなボロボロの寝床。硬い床のせいで身体じゅうバキバキの状態で、何とか起き上がって外に出てみれば、俺がいたのはオンボロの小屋。貴族にはほど遠い住まいだった。


「え……」

「さ、今日もさっさとご飯食べて、行きますよー。あそこの壺全部売らないと、明日から一文無しの浮浪人になっちゃうんでしょ」

「え……?」


 俺は自分の頬を思い切りつねってみる。目が覚めない。つまりこれは現実ということか。なら高校生だったあの生活はどこへ行ったのだろうか?もしや俺は本当に、異世界転移とやらをしてしまったのか?そうでなければ、このいつ崩壊してもおかしくない古びた小屋で寝起きし、部屋の隅にあるいかにも怪しい壺を売る仕事なんてしないだろう。よほど貧乏な行商人になってしまったとみた。


「はい、早く早く。さっさと食べちゃってよ」


 俺があまりのことに呆然としていると、少女が俺の口に容赦なくカチカチのパンを突っ込んできた。もはや乾燥しきった、パンと呼べるかも怪しい代物だった。そんなものを口にしないといけないくらい、困窮しているらしい。


「どうすんだ、これ……」


 俺はとりあえずそうつぶやいて、自分の気分をごまかすことしかできなかった。見上げた空だけは、元の世界と同じように、嘘のように真っ青だった。

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異世界転移して、たくさんの許婚に囲まれるという夢を見た。 奈良ひさぎ @RyotoNara

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