景趣
宮ノ森 紅丸
第一話 孤独死
大学4年の夏、ノリの軽そうな女ばっかり声をかけて仲間内で飲み歩いていた。
3留してるけど、単位は卒業ギリギリで取れればオッケーっしょ。
何なら同級生に頼んで代返してもらえばいいし。
テストはテキトー。
レポートも誰かのを写せば問題なし。
就活も今の俺ならビッグウェーブに乗ってどこでも駆け込めるだろ!
まーた朝起きたら横に知らない女が寝てやがる。
誰だよこいつ。
─────
10年後
繁華街から数分離れた場所。
時々思うんだ。
たまの週末に飲みに出たと思えば一人で安酒
自宅のドアを乱暴に開け無言でテレビのリモコンを捕まえて適当な数字を押す。
流れてきた音声ををBGMにした。
コンビニから授かった茶色い袋の中身がありがたい。
ガサガサと音を出しながら出てくるのは
味付けが濃い。
俺は本当は薄味が好きなのに、料理なんて全くしないもんだから、舌も馬鹿になっちまったようだ。
明日は何すっかな。トオルも結婚したし、マサオも次男が生まれたんだっけ。
ナオヤも彼女ともうすぐ結婚するって言ってたな。
学生時代の古き良き仲間たちがどんどん減っていく。
趣味だった釣りも最近じゃ一人で行くことが多く、正直達成感も何も感じなくなっていた。
どこで変わっちまったんだ。
俺の人生。
─────
10年後
朝5時半に起きて、数時間列車に揺られて出社する。
朝礼の席も昔と変わらない。
出世?なにそれ状態の万年平社員。
同僚は役職者ばかりで肩身が狭い。
体もガタが来て腰が痛い。
一昔前は『一人の時間を過ごすのが好きだから。彼女なんてまだまだいらない。』なんて言ってたっけ。
旧友の子どもたちも早いところは高校生くらいか。
結婚……、しとけばよかったか?
後悔し始めてきた。
時間は戻らない。
守るものがあるヤツは表情が活き活きしてるよな。
守るものなんて何もない俺なんか、そういうヤツらからしたらゴミクズみたいな存在なんだろうな。
どうした俺。
どんどん卑屈な考えになってきているぞ。
次の休みは久々にパワースポットでも巡ってみるか。
─────
10年後
ああ、腹が痛え。
でも病院に行く金もねえ。
この歳になって雇ってくれる場所なんて新聞配達くらいなもんで、正直自転車を漕ぐのも辛い。
しばらく飲みにも行けてないし、人と会わないから服装もヨレヨレのシャツくらいしかない。
ボロいアパートの一角に住んではいるが、一歩外に出たら近所のガキどもに浮浪者扱いされるのがウザい。
いいんだよ。俺は好き好んでこの生活を送ってんだ。
世間の目?そんなもん気にもならねえよ。
近所のスーパーで酒と惣菜を漁ってたら同級生に会ったっけ。
名前何だっけな。
あっちも俺に気づいてたはずなのに無視しやがって。
あいつ、いい時計してたな。
─────
半年後
うっ……、腹が痛え。
あれ、足が動かねえ。
ちょっと、水飲みたいんだけど。
手にも力が入らない。
俺、死ぬのかな。
寝て起きたら治ってるかもしれないな。
武藤 カズヒト 享年55歳
「もっと面白いのが良かった。全然つまんないこんな人生。」
遥か天空の古城。
その本郭から下界の記録を見ていたのは、カミコ。
年端も行かない幼女は武藤カズヒトの人生年表を破って放った。
「もっと楽しい人生を送った人はいないの?こんな人間の人生を書き換えるなら、楽しい人生を送った人をぐちゃぐちゃにしてあげたいの。まだ生きてる人がいいな。」
「姫様は趣味が悪いですのう。お父様にたいそう似ておられる。」
宿老は顔中の皺を動かしながら一つ二つ三つと巻物を選んだ。
「これなんかいかがでしょうかの。」
「ふーん。これ、全員生きてるの?」
「はい。姫様の仰るとおり、順風満帆とは行かないものもおりますが、多かれ少なかれ小気味良い人生を歩んでいる方々です。」
赤く大きな瞳を糸のように細め、くじ引きをするかのように一つの巻物を手にとった。
「じゃあ、次はコレ!ぐちゃぐちゃにする練習台にする!」
嬉々とするカミコを静止するかのように、宿老はその巻物に手を添えた。
「姫様、その前にこの破り捨ててしまった巻物を直してからにしましょうな。」
「爺が直してくれればいいじゃない!面倒なことは嫌いじゃ!」
「私にはそのような力はもう残っておりませぬ。お父様に知れたら雷が落ちるかもしれませんぞ。」
そう言って宿老は散り散りになった武藤カズヒトの人生年表を拾い集めた。
「むーっ!わかったから、早く寄越しなさい!」
景趣 宮ノ森 紅丸 @yuzu0907
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