第5話
○納骨堂・バックヤード(夜)
手前、ピンボケ状態の無造作に転がるハルトの遺体。
その奥、立っているヒカリとアヤミ。
ヒカリ「(スマホ見て)……」
ヒカリ、『遺体遺棄 見つからない 方法』と検索。
アヤミ、しゃがみこみ震えている。
ヒカリ、頭をかき焦っているしぐさ。
ヒカリ「甘く見てた。火葬場ってかなりセキュリティが厳しいみたい。でも、焼かない事には……あっ」
アヤミ「(黙って聞いて)……」
ヒカリ「明日、広瀬様のワンちゃんの葬儀でしたよね」
アヤミ「そうだけど……」
ヒカリ「ちょうど駐車場にレンタルの移動火葬車があるんで」
アヤミ「!」
ヒカリ「朝9時までに戻せば問題ない。焼く時の臭いは……どこか別の場所で……」
アヤミ「(固唾をのんで)……」
〇中央自動車道(夜)
白のワンボックスカーが走っている。
社名、ロゴは入っておらず一見何の変哲もない車だ。
〇ペット用移動火葬車・中(夜)
都心から西部方面に向かっている移動火葬車。
運転席のヒカリ。
助手席にはアヤミ。
後部座席には包まれたハルトの遺体。
ヒカリ「何時今」
アヤミ「23時過ぎ」
ヒカリ「(舌打ち)もうそんな時間か。片道1時間半の往復3時間。焼きに最低90分。その他作業の時間にかけられるのは……やばい」
ヒカリ、黒パンプスの足でアクセルをグッと踏む。
ギュンと車体が前に出る。
アヤミ、黙ってハルトのスマホをいじっている。
アドレス帳を『部長』『係長』という名前で登録しているだけですべて女であることを確認して、
アヤミ「……」
〇雑木林(夜)
真っ暗な道。
他に走っている車はいない。
ワンボックスカー、だましだまし減速していき道路脇に止まる。
中から出てくるヒカリとアヤミ。
バックドアに回って周りを見回してから、開ける。
と、“火葬炉”と“排煙装置”があらわになる。
火葬炉は耐火キャスタブルでできた金庫のような四角い箱型。
内部の煙突は車のルーフに取り付けられているステンレスの小さな扉が排出口となっている。
ヒカリ、丸ハンドルを回して炉の扉を開ける。
アヤミ「よく開けられたわね」
ヒカリ「ていうか、逆に知らないんですか?」
アヤミ「……」
ヒカリ「私がわかってないからパンフ作れとか言ってましたけど、わかってないのって、本当はご自分のことですか? まさかね」
アヤミ「……いいから、次のことやろうよ」
ヒカリ「(炉内の大きさを腕を伸ばして目算し)やっぱり小さいな……」
アヤミ「だってペット用でしょ……」
ヒカリ「……しょうがない」
と、おもむろにホームセンターの大型ビニール袋を
取り出し……。
〇茂み(夜)
ブルーシートの上にハルトの遺体が伏せられている。
の、前にヒカリとアヤミが並んでしゃがんでいる。
ヒカリ「40センチ強までなら入るから、身長180の……約4等分……」
と、手刀でハルトの身体の首、腰、膝辺りを切るように目算する。
アヤミ「……」
新品のノコギリのパッケージは開けられ、置いてあるが、そこに手は伸びない。
ヒカリ「わかりますよ、アヤミさん。私だって嫌ですこんなこと。でも時間もないですし……」
ヒカリ、思い切ってノコギリを手にしシートの上からシートごとハルトの膝裏辺りを目がけて刃を立てるが……。
ヒカリ「っ切れない。全然」
と、躍起になって何度も引こうとする。
が、ハルトの身体がずれてしまいうまく切れない。
タイトスカートのスリットを引き裂くヒカリ。
広いスタンスで作業ができるようにしたのだ。
その間アヤミ、何もできずに目を背けているが、
ヒカリ「アヤミさん、押さえてください(目で下と)」
と、ヒカリ指示する。
アヤミ「(決心つかず)……」
ヒカリ「早く!」
アヤミ「(渋々)……」
と、両手でハルトの上体を抑えるように四つん這いになる。
ヒカリがギコギコと体重をかけてノコを引く。
と、シートの下に赤い血液がみるみるうちに広がっていく……。
アヤミ「(を、見て嘔吐)」
腰を抜かして後ろに倒れてしまう。
を、ヒカリは一瞥するが淡々と作業を続ける。
額に脂汗を浮かべ、過呼吸になりかけているアヤミ。
アヤミ「(ヒカリを見て考え)……」
ヒカリ「(背を向け切っている)……」
アヤミ「……(呟くように)ねぇ、私降りる」
ヒカリ「(無視)……」
アヤミ「やめるっ! こんなのおかしいよ。人間のすることじゃないっ(堰を切ったように)」
ヒカリ「(ゆっくりと振り向いて)……」
アヤミ「何よ、あたし間違ったこと言ってる?」
ヒカリ「……自分の心がイエスと言えばそれが正義」
アヤミ「は? 何おかしなこと言ってんのよ。警察呼ぶから」
と、スマホを取り出すが、
ヒカリ、血のついた手でそれをぶんどって、間髪入れずノコギリで叩き割った。
ヒカリ「(声高らかに)自分の心がイエスと言えばそれが正義!」
アヤミ「(目を見開いて)……」
ヒカリ、ふっと鼻で笑う。
アヤミの顔すれすれに近づいて、
ヒカリ「いいですよ、自首しましょうか、黒木アヤミさん。でも、その場合はあなたの指示でやったと言いますけどね」
アヤミ「何言ってんのよ。赤石さんがやろうって言いだしたんじゃない」
ヒカリ「(クスッと)それ、誰が信じますかね」
アヤミ「え」
ヒカリ「日頃のあんたの私に対する態度見てきた人で誰が信じるんですかね。ノノカも係長も住職も副住職も……」
アヤミ「(はっとし)……」
ヒカリ「あんたのパパどう思うんだろう」
アヤミ「(返せず)……」
アヤミ、大粒の涙をこぼしその場にうずくまって、
アヤミ「なんであたしがこんな目に……(泣き続け)」
ヒカリ「この期に及んで被害者面か。あんたがハルトを連れてこなきゃ、あんたが私をいじめなきゃ、今こうはなってなかった」
アヤミ「……(涙が止まらない)もう、消えたい」
ヒカリ「私だってリセットしたい。わかったの、萎縮してあんたみたいなバカのご機嫌取るような生き方は間違ってたって」
アヤミ「……」
ヒカリ「私が欲しかったのは男なんかじゃないし、日々のストレスを発散する趣味でもなかった。私は逃げてた。弱者のふりして泣きごと言って。でもその方が楽だった。戦わないで泣いてる方が楽だった」
アヤミ「……」
ヒカリ「今、ちゃんとやり遂げたら、これからは本当の私としてやり直せる」
アヤミ「……」
ヒカリ「あんただってリセットすればいい。親の評価気にして自分守って、その分他人を傷つけることなんかやめて。生まれ変わろうよ」
アヤミ「(わからないが圧倒されて)……」
ヒカリ「ねぇ……」
と、ヒカリはもう一本のノコギリをアヤミに差し出して……。
アヤミ「……(涙を拭いて)私はるクンが初めてだったの……」
と、受け取って……。
ヒカリ「(うなづいて)」
× × ×
血しぶきが舞う。
返り血を浴びている下着姿のヒカリとアヤミ。
服を脱がせたハルトを解体している。
爛々とした眼のヒカリ。
まるで獣のようにアグレッシブだ。
つけていたネックレスを引きちぎるアヤミ。
そして、遺体の首の後ろにノコを当てる。
その背の部分に両脚で飛び乗るヒカリ。
「ズドン」と鈍い音がする。
〇雑木林・全景(日替わり)
空撮。
夜が明けようとしている。
移動火葬車の煙突から煙が立ち上る。
高く、高く昇っていく……。
○雑木林
車の前。
ヒカリ、時計を気にしている。
ヒカリ「もう行きましょうよ、戻って納骨する時間が……」
アヤミ、薬剤のボトル片手に布で炉内を拭いている。
アヤミ「待って。ここで抜けがあったら終わりじゃない。完璧にやらないと」
と、磨き上げるほどに熱心だ。
ヒカリ、見ていたが途中から加わって。
〇浴室(朝)
小窓から明るい光。
全裸の女の後ろ姿。
立ったままシャワーを浴びている。
澄んだ瞳、清々しい表情のヒカリだ。
ヒカリの声「悪い夢を見ていた――」
足元に落ちてくる湯。
間があって、赤色が混じってくる。
ヒカリの声「――そう思ったら、生きていけると思った」
〇納骨堂(朝)
いつもと変わらぬ様子でやってくるヒカリ。
入口の六地蔵の前で頭を下げる。
中に入っていくと、いつもと変わらぬアヤミの姿が見え……。
係 長「赤石さん」
と、係長がヒカリのもとへ駆け寄ってくる。
ヒカリ「……」
係 長「(少々焦った様子で)火葬車の件で業者さんにちょっと聞かれてるから来てよ。赤石さん手配してくれたんだよね」
ヒカリ「……ええ、そうですが」
ヒカリ、特に表情なく係長に続いて火葬車の前に歩いていく。
昨晩確かに使用した白のワンボックスカーだ。
傍らにいる火葬業者(30代)が気づいて、
業 者「あ、昨日お伺いしたうちの担当休みなんで再度一緒に中の確認させてもらっていいですか」
ヒカリ「……はい」
業者、バックドアをゆっくりと開く。
特に変わった様子はない昨日の火葬炉だ。
ヒカリ「(唾をのみこむ)……」
業 者「(スッと中の空気吸い込み)……」
ドクン、ドクンとヒカリの鼓動の音。
業 者「(車内の四隅、くまなく眺め)……」
ヒカリ「……」
業 者「や、綺麗っすね。臭いも全くないし。実は、直前大型犬だったんですよねー。もし、汚れあったら朝一で再清掃要るかなって思ってたんですがこれなら、うん」
ヒカリ「(ほっと)そうだったんですね……今日はよろしくお願いします」
業 者「はいっ」
ヒカリ「では、私はこれで」
と、小走りに持ち場へ向かう。
が、ヒカリ一瞬だけ振り向く。
後姿の業者のうなじ。
× × ×
ハルトと初めて迎えた朝。
眠っているハルトのうなじ。どことなく似ている。
× × ×
遠目に一部始終を眺めていたアヤミ。
ヒカリ、視線に気づき、アヤミに方へ向かっていく。、
ヒカリ「おはようございます」
アヤミ「おはようございます」
二人、僅かな微笑を浮かべ……、
ヒカリ「(見て)」
アヤミ「(見て)」
すれ違う。
〇バックヤード
薄暗くしんとしている。
厨子の中。
七寸の骨壺が収められている。
○池
一匹の鯉が水中で口をパクパク。
あぶくが浮き上がってきて、
弾けた。
〇メインタイトル「本当のおともだち」
(了)
本当のおともだち 理犬(りいぬ) @riinu0827
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