黒い勇者には窮地も逆境も関係ない

ハルヤマノボル

第X話

 オレは傭兵業を長年やってきたがあんなヤツと一緒に仕事をしたのは初めてだ。オレたちが所属する王国パンテオンは魔王ジェルランドの領地に近く、そして他国に依存しない完全な中立国として確立している。それ故に他国の実力者たちがこの王国に集い、魔王軍との小競り合いを含めた過酷なクエストを受注する。その際の水先案内人としてオレたち傭兵は雇われるんだ。この王国の周辺は厄介なモンスターが多くて、無知な冒険者が毎日のようにくたばっていく。ヤツはその水先案内人としてオレを雇った。そうだ。ほんの数週間前の話だ。



「依頼か?」

「ああ、カルロ。ピエントの洞窟の調査団からの依頼だ。なんとバルト王国の三剣士キャルロットの一団も付いてくるそうだ」

「この前はセシリア王国派遣の勇者が来たな。あそこは伝説の鉱物とやらが眠っているらしいからな。数々の国が血眼になって探しに来やがる」

「まあ危険度は高いが最高レベルの報酬だ。受けない理由が無いだろう?」

「抜かりなくやれよ」

 熟練の傭兵たちは高難易度の依頼を定期的に受注し、依頼主と共に数日長くて数週間に渡るクエストを受ける。王国パンテオンは傭兵を管理し、受注した依頼の難易度と数によって傭兵をランク分けする。彼らは最高ランクの傭兵であり、国を挙げての調査や魔王軍幹部の討伐などの依頼を主に受ける。

「カルロさま。ルーン王国の属国セーヌ小国派遣の勇者からの依頼です」

「セーヌ小国に勇者が居たのか。まあいい、詳細を寄越してくれ」

「はい。こちらになります」

 傭兵たちには依頼を拒否する権利がある。これが中立国である王国パンテオンで傭兵業をする強みであり、依頼を拒否したとしても王国に管理保護される傭兵たちには何も問題は起こらない。しかし余程の事が無い限り傭兵たちは依頼を受注する。彼らの世界では依頼を拒否することは逃げを意味し、他の傭兵からの反感を買うことになる。

「こいつはどういうこった。独りで魔王軍幹部を討伐すると言うのか?」

「では拒否致しましょうか?」

「いや受けよう。桁違いの報酬金にこの狂った勇者とやらに会ってみたいからな」



 その依頼主の勇者は「黒い勇者」と呼ばれているらしい。傭兵仲間の勇者マニアのヤツがそう言ったから間違いない。オレはそこで黒魔術の類を操る勇者だと思ったんだ。で、実際に直に会ってみると黒いローブを身に纏った暗い感じのヤツがそこに居て、オレは従者かと思って依頼主の所に連れて行ってくれなんて言うとその黒ローブは私が依頼主だと言うんだ。

そらびっくりしたさ。勇者ってのは国の期待を背負ったヤツで、底抜けに明るくて希望に満ちた感じのヤツが多いんだ。オレはそういう勇者と良く仕事をしたからわかる。

 その黒ローブはタルトと名乗った。オレは本当に勇者なのか信用しきれなかったから聞いたんだよ。そしたらセーヌ小国の公式文書とルーン王国の推薦状を見せられてよ。もう信じるかないよな。

そうだ。この話を忘れていた。傭兵業を生業にするヤツは基本的に依頼主の力量を測ることが多い。その依頼主の特徴を生かした戦いをせにゃいかんからな。黒ローブはその時に剣術に心得があると言ったんだ。まあこのご時世、軽装の剣士は別に珍しくは無いが、魔王軍幹部の討伐にしちゃあ黒ローブは適さねえ。そう助言はしたが、これでいいと言ったんだ。



「あんたの狙う魔王軍幹部はこの森を越えた所にある廃教会を拠点にしている。この森には厄介なモンスターが多くてな、出来れば夜にこの森を抜けるのは避けたい。しかし白昼堂々と森を抜けて近づくのも賢くはねえ。あんたの意見を聞きたい」

「森にはどんなモンスターが居るんだ?」

「そうだな。厄介なのは幻覚の症状を付与する霧をまき散らす夜行性の腐食獣だ。他にも居るが、とにかくソイツには出くわしたくねえ」

「そうか。ならば夜に森を抜けよう」

 タルトは魔王軍幹部への不意打ちを目論み、危険度の高い夜の森を抜けることにした。カルロは気が進まなかったが依頼主の意思に従うことが傭兵のルールのひとつであったので、十分な準備を整えて出発することにした。

「不用意に木々に触ってはならんぞ。擬態虫が毒針を構えて待っていやがるからな」

「そうか」

 カルロの忠告に対してタルトはただ短く「そうか」だけ答え、本当に理解しているのかどうかカルロは徐々に不安になっていく。腐食獣とは出くわさないように距離を取りながら、カルロの傭兵スキル暗視感知をフルに活用して魔王軍幹部の住まう朽ちた廃教会へと向かう。夜の森には不気味な鳴き声がこだまし、空を覆うように生える木々が月明かりを遮る。

「もうすぐ廃教会だ」

「そうか」

「おい、どこに行くんだ」

「少し寄り道がしたい」



 いきなり来た道を戻るんだから驚いたさ。傭兵として知っている限りの危険について伝えたのに、だ。そうして五分か十分した頃にヤツは帰ってきた。何をしてたんだと問いたら、小瓶を見せられた。ヤツは擬態虫の毒を抽出したみたいなんだ。今考えると無茶苦茶だったが、その時は信じるしかなかった。とにかくそれで廃教会に突入よ。

 そうして突入した教会内部では魔王軍幹部のピエールがオレらを待ち構えていた。まあ良くある話だ。手先を偵察に行かせて敵の情報を収集する。どんな編成で、どんな武器を所持しているか。その辺は魔王軍幹部らしい抜け目の無さも見せてくる。驚いたのはソイツひとりだったってことだ。



「我が教会へようこそ。冒険者諸君」

「どうやらアイツが魔王軍幹部のようだな。禍々しいオーラを感じる」

「アイツだなんて呼んで欲しくはないね。我が名はピエール。冥途の土産に我が貴き名を刻んで行くがいい。さあ、命の奪い合いを始めようか!」

「カルロさん。二手に分かれて戦いましょう」

「ああ!数ならこちらに分があるぞ」

 タルトとカルロは二手に分かれて走り出す。走りながらタルトはローブの裏から剣を取り出す。同じようにカルロは斧を背中から外して走る。二人は教会中央の祭壇前の空間を目指す。

「数で不利だと分かっていて闘うほど我は迂闊では無い。行くとしよう」

 その直後ピエールは体の軸を中心に横に広がり、怪しげな光と共に黒炎を上げて分裂した。

「これで同数だ」

 分裂したピエールの内の赤髪がタルトに、黒髪の方がカルロの方に向かった。それぞれは右手にレイピアを握りそれぞれの標的に向かう。

 赤髪は挨拶代わりにレイピアを振り、タルトはそれに応じる。鋭い衝撃音が響き渡る。それは開戦の合図のようであった。それを横目にしていたカルロは自ら先制攻撃を仕掛ける。黒髪はそれを巧みにレイピアで受け流し、反撃の一突きを加える。カルロはそれをわかっていたように屈んでかわし、後ろに下がって距離を取る。



 ああ。分裂されたのは予想外だった。何故アイツが余裕綽々としているのか考えを巡らせたが、まさか分裂をするとはな。ただ近接戦になることは読んでいた。拠点である廃教会を滅茶苦茶にするような範囲魔法は使えないからな。まあ予想外で読み通りなのは良くある戦闘の流れみたいなもんだ。

 ただキツかったのは黒髪がレイピアを突くように振って来やがったことだ。かわすのは難しいことじゃ無いが、もしそれが命中でもしたら致命傷になる。それだけ緊張感のある戦いだったという訳だ。

 そしてよ。黒髪とにらみ合う中で大きな音がしたと思うと、タルトと赤髪が壁をぶっ壊して別の部屋に消えてしまったんだ。味方が見えなくなるのは本当にマズい。それはピエールにとっても同じだったかもしれねえ。



「なかなかやりますね」

「そうか」

 赤髪はタルトの剣の扱いに賛美したが、タルトは興味を示さなかった。

「ではこれはどうでしょうか」

 赤髪は一気に距離を詰めてレイピアを突く。タルトはその動きを見極めて剣を盾にして受けようとする。しかし赤髪の突きは急に速度を上げてタルトの胸部を狙う。タルトがなんとかそれを剣で弾こうと角度を変えるが、レイピアは黒ローブを突き破った。

「チェックメイトです」

 タルトへの一撃はタルトに致命傷を与えなかったが、隠し持っていた小瓶を割るには十分だった。

「さて自ら仕組んだモノに苦しめられる気分は如何ほどですか」

 距離を取った赤髪はせせら笑う。タルトは苦しそうに呻き、毒に蝕まれながらも両手で剣を握りしめて気張った。

「楽にしてあげますよ!」



 黒髪と交戦していると急にオレたち以外に剣を交える音が聞こえなくなったんだ。黒髪もそれに気づいたようで二人して距離を取った。すると壊れた部屋の死角から赤髪が出てきてよ。オレはもうダメだと落胆したさ。

 その赤髪がこっち目掛けてレイピアを構えて飛んできて、目の前の黒髪もそれに合わせて飛び込んできたから万事休すよ。とにかく突きを見極めるしかないと思って赤髪と黒髪の動きをギリギリまで見ていたんだ。すると驚いたことによ、目の前で赤髪が黒髪を突き刺したんだ。



「貴様、まさか」

「そうだ」

「ああ?何が起こってやがる?」

 三者三様の声を上げて戦いは幕を閉じる。赤髪に擬態したタルトは赤髪の持っていたレイピアで黒髪を刺し殺した。分身を失ったピエールは悲痛な叫びと共に灰と化す。黒髪の遺したレイピアが床に落ち、鈍い金属音が教会内に響き渡る。

「どういうこった?あんた擬態魔法が使えるのか」

 擬態魔法はその特異性から上級魔法として数えられており、魔法使いの中でも実力者でしか用いることは出来ない。

「そうだ」

「どうやってあの赤髪を?」

「あの小瓶で隙を作った。あの小瓶には元より毒など入っていない」

「わかんねえ。わかんねえな」

「演技が得意なんだ」



 そう言って黒ローブは帰って行った。申し分ない報酬と名誉を残してね。まあ、これはオレの憶測なんだが、アイツは元から黒ローブの人間に擬態していたんだと思うね。それにしてもとんでもない奴だった。

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