勇者の末裔

@a4b5

勇者の末裔


「あれ?ここどこ?」

 気が付くとタカシは石造りの荘厳な広間のど真ん中に立っていた。ついさっき、駅前の交差点を渡ろうとしていたはずなのに。

「あんたがタカシ?」

 後ろから突然名指しされ振り返ると、少女が一人。白いヒラヒラの古代ローマ人が来ているような、時代錯誤な格好で突っ立っている。タカシ頭脳は大混乱した。

「あの、えーと、君は?ここは?」

「察しが悪いのね」

 少女が壁を指さすと、壁面に謎の原理でモニターが出現。タカシがついさっき歩いていた交差点が写る。

「あ、ここ、あれ、俺?」

 画面に現れた冴えない感じの学生は、たしかにタカシであり、スマホを見ながら交差点に入ろうとしている。

「あ、危ない!」

 キキーッ!ドンッ!タカシは進入してきたトラックに跳ね飛ばされ、物凄い勢いで地面に叩きつけられた。

「え?もしかして俺」

「そう、死んだみたいね」

「そ、そんな!」

 タカシは10パーセントほど状況を理解した。




「ということは、俺は死んだけど、なんか知らないけどここに飛ばされたってこと?」

「やっと理解したのね」

「あんたが女神様?つーことは俺、なんか強くなって転生して第二の人生を送れるの?なんかスキルもらえるの?」

「不敬な!それに図々しいヤツね。なんで私があんたに権能を分け与えなきゃいけないのよ。ねえ冥王?」

 すると床から黒い煙とともにローブを羽織った骸骨が出現。

「然り。たかが亡者一匹が、増長はなはだしいぞ」

「うわっオバケ!」

「ちょっと!本当に失礼ね!冥王に謝りなさい」

「だだだってガガイコツがしゃべっしゃべったたし」

 タカシ、異世界転生してナントカカントカみたいなテンプレのお話はある程度は知っていたし、なんとなく慣れてきたが、実際に自分が体験し、しかも異形の存在が目の前に現れると、うろたえてしまってどうにもならない。

「どうする?これ?」

 話が進まないので女神も困り顔。冥王も

「どうもこうも無い……。こやつは我が冥府の受け持ちにあらず。受け入れはできんぞ」

「じゃあこうする?タカシの特殊能力は、死んでもすぐ生き返るとか。そっちで受け入れられないんでしょ?」

「ふむう、その辺が落としどころか」

「え?俺不死身になれるんすか?」

「タカシとやら......。死なないということは、仮に不用意に竜に食われれば、排便されるまで胃の腑で蘇生を繰り返し、溶かされては戻りを繰り返すし、氷付けになれば発見されるまで凍てつく痛みに耐え忍ぶことになるのだぞ」

「......ちょっとそういうのは」

「ワガママな子ね!じゃあ、逆に聞くけどあんた何ができるの?」

「いやあ、ていうか、こういうときはなんか勝手に用意されてていいようになるんじゃないんすか?」

 また慣れてきたタカシ。しかし

「痴れ者め!」

 冥王様が怒り出し

「お前のような度し難い奴は追放じゃ!もとの世界にそのまま戻してくれるわ!」

「あ、ちょっと待って!今戻ったら俺、たぶん助からないんで、ていうか死んでるんで、贅沢言わないんで、なんか適当なところに住ませてください!すいません本当にすいません」

「しょうがないわね。じゃあちょっと前に戻すから、うまく避けるのよ」

「え?」

女神がタカシの足下を指さすと、ぽっかりと穴があいた。

「うわーっ」

「今度は気をつけるのよー」

無限のかなたへ落ちていくような感覚の中、タカシは意識を失った。




 気がつくと、タカシは駅前の交差点を歩いていた。変な夢を見ていたような感覚があるが、どうも意識がぼんやりする。

「ん?」

 眺めてたスマホが震え、画面にショートメール着信のお知らせが。

「なんだ?迷惑メールか」

 なんとなく気になるので開くと、カタカナで

「タカシ ヘ オウダンホドウ ハ チュウイシテ ワタレ」

「なんだこれなんで名指しなんだ?キモッ」

立ち止まって履歴を消去した。

「お、あぶね!赤じゃん」

目の前をトラックが走りすぎていった。




「どうやら無事なようじゃな」

壁に映る映像を見ながら、冥王がつぶやいた。

「まったく、世話の焼ける子供だこと」

 先ほどまで少女の姿であった女神は、いつもの成人女性の姿、そして威厳に満ちた声にに戻っていた。

「これで良かったのだな?旭日の勇者にして新しき戦神よ」

 すると部屋の隅から、タカシとはまた違った意味で場違いな格好の若い男が進み出た。ずいぶんと古めかしい時代の飛行服を着て、航空頭巾の上にゴーグルをかぶり、袖には日の丸の識別マークを付けている。

「女神様、ならびに冥王様。ご厚意、大変に感謝いたします」

「タカマサ」

 女神様が優しく語りかける。

「あなたのおかげで我らの世界では、多くの人々が命を救われました。この程度の芝居をうつくらいなら、いつでも力になりましょう」

「然り」

 冥王様も重々しく頷き

「貴公には大きな借りがある。七十余年前、死して我らの世界に流れ着いた貴公は、再び得た命を捨てて、世界の危機を退けてくれたのだからな。子孫の命を救うくらい、おやすいものよ」

「ご厚情、痛み入ります」

勇者タカマサは、タカシの曾祖父にして、タカシより一足先に異世界転生を果たして、この世界を救った男だった。太平洋上で死の直前まで乗っていた愛機のゼロ戦とともに現れた彼は、神々の要請に応え、勇猛果敢に戦い、死して戦神に列せられていた。

「自分の打った電報も、あのスマートフォンで読んでくれたようですね」

「しかし、あれが勇者タカマサの末裔とは、ちと情けないのう」

「私は、とてもうれしくあります。冥王様」

 かつての勇者は姿勢を正し、言った。

「あのようなのんき者の、ごく普通の若者が、戦場に駆り出されることなく、自由に生きられる。今の日本は、そういう世の中になったのです。私には、選択肢はありませんでしたから......」

 勇者タカマサは、画面に映る令和時代の街並みに、再び目をやった。そして曾孫の背中を見つけると、見えなくなるまで見つめ続けた。


終わり

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