THE どんでん返し ――異世界転生編――

滝川創

「どんでん返し」がお題になった途端に、どんでん返ししにくくなったんだが……

「『目を開けると、見覚えのない場所にいた。 

 体中に衝撃が残っている。

 ゆっくりと立ち上がって当たりを見渡す。

 一面に花が咲いている、丘の上にいた。

 遠くの方に巨大な城が建ち、その周りに城下町が広がっている。まさにファンタジー世界。


 ここは……!?


 不意に背後からゴゴゴと地響きが鳴り、俺は振り返った。

 そこには岩でできた巨大な怪物、ゴーレムが立っていた。

 俺はゆっくりとゴーレムに歩み寄り、振り下ろされるゴーレムの腕に拳をたたき込む。

 俺の拳が触れた瞬間、ゴーレムは遙か彼方へと吹き飛ばされた。


 異世界転生だ……。



 こうして、冒険は始まった。




 ***



 おい、嘘だろ……。


 今、俺の前には魔王が立っている。

 この世界を牛耳っているバケモノ。数十メートルはある巨体、鋼の鱗がびっしりと敷き詰められた強靭な皮膚、山をも八つ裂きにするという鋭利な鉤爪に龍のような顔を持ち、牙の奥からは全てをドロドロに溶かす灼熱の炎を吹き出すという、あの悪魔。


 俺はそいつと対峙している。



 まだ、転生から半日も経っていないというのに。




 ゴーレムを吹き飛ばした後、天から声が聞こえてきた。

 声によると俺は転生によって、全てのものを一瞬にして消し去ることができる、無敵の能力を手にしたらしい。

 この世界は魔王城に住む魔王に脅かされているそうで、生まれ変わった俺にこの世界は託されたのだった。

 面倒くさい事は後回しにするな、という経験のもと、俺は早速、魔王城に向かって歩き出した。

 道端にいるモンスターなんかは、近くを歩いただけでその振動が伝わり、粉々になるのだった。


 というわけで、俺は目覚めた地点から、世界中が恐れているこの魔王城まで、直線距離で到達してしまったのだ。


 ここまでの成績はというと、ノーダメージ、八十二キル。装備は着ていたスーツのみといったところだ。


 魔王城に辿り着くと、入り口が見当たらなかったので、適当な場所に蹴りを入れた。

 壁が崩れ落ち、向こう側に現れたのは魔王の座だった。

 魔王はそこに座って、口を開けたままこちらを凝視していた。


 俺は魔王にジリジリと詰め寄っていく。

 ぱっと魔王が立ち上がった。


 俺はそこで我に返った。

 嫌な考えが脳裏をよぎる。


 これは、罠なんじゃないか?


 おかしすぎる。こんなにあっさりと物事が運ぶわけない。

 大体、まだヒロインらしき人物にも会っていないし、この魔王退治が終わったらこの世界での目標はどうなる?

 物語が全て終わってしまうのではないか?


 不安を駆り立てる思考は止まらない。

 それにこの小説の題名は、THE どんでん返し ――異世界転生編――なのだ。

 ここまで公表しているからには、どんでん返しが起こらないわけがない。


 気持ちの悪い汗で、ワイシャツが背中に張り付く。


 魔法……。もしかすると、魔王は俺の実の父親が魔法をかけられた姿なのでは……。

 いや、もっと悪いかもしれない。

 魔王というのは俺が忘れた、自らの過去の姿で、俺が今、魔王を殺せばこの自分も存在しなくなるとか……。


 寒気が走る。


 魔王が本物だとしても、他に考えられる結末はいくらでもある。


 能力が魔王に効かない説、能力は全て幻で、俺は運良くここに辿り着いただけ……よって瞬殺される説、若しくは全部夢でしたという夢オチ説……。


 体が震え出す。


 怖いのか?


 魔王の口から発せられた声が、空気をビリビリと振動させる。

 体が動かなかった。

 魔王が腕を振り回し、壁に穴が空いた。

 威嚇せずとも十分、怖いのに。


 壁が崩れ落ち、室内に埃が充満する。

 埃は鼻の穴にも大量に流れ込んできた。

 ムズムズする。俺は重度の埃アレルギーなのだ。


 耐えられなくなった俺は、特大のくしゃみを繰り出した。

 ブワッと埃が消え去り、その場にいたはずの魔王は遙か彼方、遠い空へと吹き飛ばされていた。

 魔王がそのまま地面に墜落し、隕石が落下したような音が世界に響き渡る。


 おめでとうございます。あなたは世界を救いました。

 これからはこの平和な世界で、適当に生きてて下さい。


 天からの声が聞こえて俺は呆然と突っ立っていた。



 どんでん返しは、どこいった?』





 とまあ、こんな感じです……どうでしょうか?」



 とある出版社の一室で、小説家志望の俺は自信の最新作『THE どんでん返し ――異世界転生編――』を係の人に見てもらっていた。


「……」

「面白くないですか?」


 彼は顎をさすりながら、怖い顔で原稿を睨み付けている。


「実は『どんでん返しがない』っていうどんでん返しなんですよ。あはは……」


 自分の声だけが、乾いた室内に浮いている。


「それで――」

「いいと思いますよ」


 俺は言葉を失った。


 その台詞をどれだけ待ち侘びたことか。

 これで、俺の小説家デビューも夢じゃない!


「ありがとうございます! 本当に恩に着ります!」


 跳び上がりそうになったところで、彼は続ける。


「趣味として作るには、こんなのでもいいと思いますよ」



 俺は再び言葉を失った。



 ***



 原稿を片手に部屋を出た。


 何でこんなにもうまくいかないのだろう。

 画期的な作品だと思うのだがなあ。


 誰もいない階段を一人、寂しく降りていく。

 通知音が鳴り、俺はスーツのポケットから携帯電話を取り出した。


 『あなたの小説が門河小説大賞を受賞しました』


 通知を目にした途端、俺の心にかかっていた分厚い雲はどこかへ吹き飛ばされた。


「うおっしゃああいい!」


 ガッツポーズを決めたその時、足元から床の感触が消えた。

 階段を踏み外したのだ。


 勘弁してくれよ。


 世界がグルグルと回転した。

 間髪入れずに階段の角が体のあちこちを打ちのめし、激痛が走る。

 止まろうともがくが、勢いは弱まらなかった。


 後頭部に割れるような痛み。



 俺は自分の死を悟った。何とも、あっ気ない人生だった。




 ***




 目を開けると、見覚えのない場所にいた。 

 体中に衝撃が残っている。

 ゆっくりと立ち上がって当たりを見渡す。

 一面に花が咲いている、丘の上にいた。

 遠くの方に巨大な城が建ち、その周りに城下町が広がっている。まさにファンタジー世界。


 ここは……!?


 不意に背後からゴゴゴと地響きが鳴り、俺は振り返った。

 そこには岩でできた巨大な怪物、ゴーレムが立っていた。

 俺はゆっくりとゴーレムに歩み寄り、振り下ろされるゴーレムの腕に拳をたたき込む。

 俺の拳が触れた瞬間、ゴーレムは遙か彼方へと吹き飛ばされた。


 異世界転生だ……。



 こうして、冒険は始まった。

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