兄弟の夜

谷村にじゅうえん

兄弟の夜

弟は昔から可愛かった。


警戒心ゼロの笑顔で、俺のことを「にいちゃん」と呼んでいた。

「にいちゃん」が「兄貴」に変わった頃には、時々反抗的な態度や、アンニュイな表情を見せるようになっていた。顔は小さい頃のままなのに。

そのギャップがたまらなく可愛かった。


最近社会人になった弟は、視線や唇、それから首筋の辺りなんかに大人の色気を漂わせている。

そのくせ行動パターンは昔のままだから、大人の男だと知っていても俺は構いたくなってしまう。

そんな俺を面倒くさそうにする反応もまた可愛い。


俺の中で弟の「可愛い」は、日々アップデートされ、増殖し続けている。


(どうすりゃいいんだ。男同士で、そのうえ兄弟なのに)


下着姿で眠る弟を見下ろし、途方に暮れた。


実は俺は、夢の中で何度かこいつに手を出している。

分かりやすい深層心理の表われだ。

その夢はけっして現実になってはいけない。

諦めろ、諦めが肝心だ。


それなのに、無防備に眠る弟から目が離せない。

少し骨張った弟の手が、シャツの中にもぐっていき脇腹を搔いた。

さらけ出された腰は細く、浮き出た腰骨が悩ましい。

本当に目の毒だ。


(あっ)


右手が勝手に伸びてしまい、俺はその正直な自分の一部を見下ろした。


「駄目だ」


右手に言い聞かせる。


「こいつだけは駄目だ」


弟は俺以外の誰かと恋をして、結ばれて幸せになるべきだ。

それは誰もが得るべき幸せだとは思わないけれど、兄貴が邪魔をしていいものじゃない。

だから諦めろ、諦めが肝心だ。


弟が体を裏返し、掛け布団を両脚に挟んだ。


「兄貴……」


呼ばれて心臓が止まりかける。


「ん、あ……兄貴……」


寝言か。なんで寝言で俺を呼ぶ。

弟の腰が揺れる。

こんなこいつを見ていたら、俺は本当に自分を制御できなくなる。

それはまずい、大いにまずい。

俺は震える息をつき、弟の眠る部屋をあとにした。


弟よ、諦めが肝心だ。

俺たちは兄弟だ。

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兄弟の夜 谷村にじゅうえん @tanimura20yen

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