014
「本当に、俺の悪運はどうかしている」
足場の悪い森の中を彰は全力で走っていた。
不思議と身体は軽く、日本にいたよりも俊敏になっているものの、それでも後方の不安を払拭するには足りなかった。
ちらりと後ろを振り向けば鋭い牙を晒し、涎を垂らしながら迫る巨大な狼の姿あるではないか。人の腕の二回りはあろう逞しい四足が大地を蹴ってはえぐり、後方へ土をまき散らしている。風を切る音は鋭く、立ち止まれば怪我では済まないだろう。
「真面目に怖いわ!」
「グルルゥッ!」
なぜか狼は喜んだように吠えた。
「別に褒めてねえ!」
もういっそ、枝を飛び移る方が逃げられるか?
彰は足に力を籠めると丁度頭上にある太い枝目掛けて飛ぶ。そして次の枝へと移動を続け、広い場所を探す。いくつか飛んだ先に開けた空間が見えた。そちらに進み、地面に降り立つ。けたたましい音を立てて狼はこちらに走ってきている。襲ってきているはずなのにステータスは見えなかった。狼以外にも試しているのだが、どれも見えないのでどうやら人限定の能力なのかもしれない。
「……試してみるか」
この五日間、彰はサバイバルを続けると同時にどんな力を持ってしまったのか検証をしていた。まず判明したのは脚力の強化。今まで以上に速く走れ、高く飛ぶことができた。次に助走をつけて拳を振ることで衝撃波を放つことが稀にできる。また、体力もだいぶ上がっており、戦闘を重ねて日常生活を送っていても僅かな疲れがくる程度だった。
彰はぐっと身を屈め、足裏に力を入れる。左手を引いて拳を握り、腕全体に力を込めた。
狼は肉~! とばかりに口を大きく開いてこちらに走ってきた。
まだ、もう少し。
狼が近づいてくる様子をじっと観察した。
そして相手が飛べばこちらを咥えられる位置に来たところで、彰は地面を蹴って左手を前方に振り抜いた。
轟! と風を切る音とともに、人より大きい狼が後方へ吹っ飛ぶ。
そして木に激突すると、ゆっくりと地面に落ちた。木の根元に狼の巨体が伏せ、それ以上の血だまりができあがった。
『レベルが上がりました』
ご無沙汰な無機質な音声が彰の脳内に響いた。
前に聞いたのは川で魚を拾っている最中に遭遇した熊っぽい魔物が最後だ。
彰は解体などしたことがないので、まずは肉をナイフで切り分けていく。ある程度の塊を切り取ったところで、彰は収納と思う。
すると、手に持っていた肉が一瞬にして消えた。
なんと彰はアイテムボックスを持っていたようなのだ。
これが分かっていればいろいろと素材を我慢する必要がなかったのだが、後悔してもしかたないと雑念を振り切った。
鮮度も保たれていることから時間停止の機能がついている。なんて便利なのだろうか。これは商人が欲しがるわけだ。ただ、無限に入るわけではないようなので厳選の必要がある。主に魔石と牙や食材を詰め込んでいる。感覚的に収納できる限界は一辺2mの立方体ほどだ。
「お、やっぱでかいな」
ナイフで肉を切り分けて心臓近くを切り裂くと、バスケットボール大の魔石が表出してきた。薄い緑色で曇りガラスのような質感の魔石だった。表面がつるりとした魔石もあるのだが、見た目以外の違いがよくわからない。
それを丁寧に引き抜くとアイテムボックスに収納した。
残った皮は綺麗な部分のみ肉をそぎ落として切り取った。そして牙と爪を取って解体終了だ。
「いただきます」
彰は狼の死体に手を合わせると、洞窟へと戻った。
アイテムボックスが使えるとわかってから素材も潤沢に揃えられるようになったので、そろそろ移動して町を目指すべきだろう。
あるかは知らないが、冒険者ギルドか商会に持ち込んで素材を換金してもらいたい。
彰は火を起こして狼の肉を焼いていく。
それから、いつの間にかできるようになったものがもうひとつ。鑑定だ。
これは植物や魚、肉などの素材のみで怪物や大きな動物はできなかった。試せてはいないが人相手もダメだろうな。ただ一部の大型動物には反応しているので、何か法則性があると見て取れる。初見はダメとか。
とりあえず今焼いている肉を鑑定するとこうなった。
・シルバーウルフの肉
ランク:5
所有者:ハクサン
説明:シルバーウルフから取れた肉。
と、説明がかなり大雑把なため記載されている情報が本当に正しいのかさえ疑わしい。
アイテムボックスからケレンソウを取り出して鑑定をしてみる。
・ケレンソウ
ランク:1
所有者:ハクサン
説明:回復薬の原料。そのまま食べても怪我の治りを早めるが効果は薄い。あと苦い。
素材によって説明欄の情報が違うのが不思議だった。
さっきの魔石見てみるか。
・シルバーウルフの魔石
ランク:7
所有者:ハクサン
説明:シルバーウルフの体内で生成された魔石
「これだけか」
もう少しまともな説明を期待したのだが、出ないものは仕方ない。
ケレンソウと魔石をしまう。鑑定?についてはおいおい検証するとして、肉が焼けてきた。大量の肉汁を出しており、溢れ垂れた油が火力を強めている。香ばしい香りを頼りにアキラは肉を引き揚げた。実に旨そうだった。肉でおいしかったものと言えば3日目に偶然遭遇した金に光ったウサギだ。あれは今まで食べた中でも格別だった。獣臭さもなく噛めば噛むほどしつこくない油とほのかに甘い旨味が混ざり合い、肉も柔らかく調味料を必要としなかった。
その時点で鑑定できなかったのでランクはわからない。この肉がそれを上回るか、いざ実食。
「いただきます」
彰は熱々の肉に齧り付いた。
こちらは少し硬いがこれはこれでいい。塩コショウで十分輝く肉だろうが、手元にないのが悔やまれるな。だがやはりウサギには敵わなかった。あれの旨さが異常だったのだろうが。
あっという間に食べきると、彰は火を消してここを出る準備を始めた。
「道具、壊すか」
もしさっきの彼らが俺を追いかけてきた時の足掛かりになるのは避けるべきだろう。
自分で作ったもので愛着はあったが、持って行っても邪魔になるだけだ。それにいつでも作ればいい。いや、流石に町に出て文明人になりたい。これはどうしてもって時だけにしておこう。
「お世話になりました」
助走ができる距離まで洞窟から離れ、入り口に向かって突進を決めるとパンチを放つ。
「おりゃ!」
強烈な風が拳から放たれ、洞窟内を破壊していく。
さすがに貫通することはなかったが、洞窟の中はボロボロだった。
さらに原型をとどめているものをいくつか破壊し、石くずの山になったところで彰は手を止めた。
「よし、行くか」
彰は洞窟を出ると、足に力を込めて飛んだ。
異形者の目指したものは 夜空 切 @yozora
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