013

奇妙な4人を冒険者ギルドに送り届けたクルサは一度“憩いの宿”に戻っていた。


 木製でどこか田舎を彷彿とさせるこの宿は、不思議といるだけで心が休まる場所だった。ここだけ時間の流れが違うかのような、ゆったりとした雰囲気が自然に心を落ち着かせてくれるような気がした。


 店の主人に会釈して、二階へと上がる。ガタイがいい上に軽装とはいえ鎧を着ているので重さは充分だが、階段が軋むことはなかった。雑音はストレスに繋がる。見えないところに金を使っているのがわかり、店主の気遣いが伺えた。


 奥から二番目のドアをノックすると、自然にドアが開いた。




「……隊長、お帰りなさいませ」




 騎士見習いのひとりが開けてくれたようだ。




「おう」




 クルサは部屋へ入る。


 中では8つの目がこちらを見ていた。クルサは自分の椅子がなかったので、扉横の壁に背を預ける。クルサは近衛騎士の隊長なのだが、彼に椅子を差し出すものは現れなった。




「とりあえず、あいつらを冒険者ギルドに連れてった。今後どうなるかはあいつら次第ってところだ」


「隊長、本当に彼らを放してよかったのですか? 身元不明の人間なんて怪しいじゃないですか!」




 若い男が啖呵を切った。逆立てた赤い頭で、槍を地面に置いている彼もまた騎士である。




「なんだビー。不服か?」




 クルサがひと睨みすると、いえ、と言って引き下がった。他に意見を出す人間がいないので、話を続けた。




「あいつらは別に悪いやつじゃねえよ。俺の直感がそう言っている。恩を仇で返すような連中じぁねえってな。そして、メリッサとクリスタの魔法でも白だった。だが、もし何か悪さをするようなら俺が責任とって〆る」




 凄みを含めた言葉にその場の誰もが口を閉じた。


 彼の直感は当たる。なにせその直感だけで近衛騎士の隊長まで昇りつめたのだ。パーティーとして行動しているときも、その直感にお世話になっている手前大きく反論することは出来なかった。


 もう少し突っかかってきてほしいがな……


 寂しさを覚えつつ、クルサは続けた。




「それじゃあ、この話は終わりな。んで、お姫さんは?」


「サーザンたちと森に入りましたー」




 今まで口を閉じていたクリスタが眠そうな声で言う。




「そうか。まあ、夕方には戻るよう言ってあっから、それまでは待機だな。……なら、お前たちも休め。ここに来るまで碌に休めてねえだろ」




 この街まで王都から休むことなく移動していたため、少なからず疲労の後は見て取れた。仕事がないのであれば休むことも大切だ。


 部下たちは素直にうなずくと、部屋を出ていった。出て左側の2部屋が彼らの寝床となっている。


 クルサは空いた近くの椅子に腰かけ、腰に吊るしていた剣を膝に置く。近くにあった布切れを手に取ると剣の手入れを始めた。メリッサはすることが無く、ただ彼の作業を眺めることにした。


 クリスタはすでに夢の中だった。


 しばらくの間、かすかな寝息と布の音が続いた。まんべんなく磨かれた剣を窓から差し込まれた光に当てる。霞が取れ、自身の顔が剣の腹に移り込んでいた。皺の増えた顔がこちらを覗いている。満足のいく手入れができたとクルサは剣を鞘に戻した。




「しかし、本当にあいつに任せてよかったのか?」




 ぼうっとこちらを眺めているメリッサに問いかける。わずかに視線を上げ、見えたその表情は険しい。




「いいわけがないじゃないですか。今でもルシェ様のことが心配です。けれど、同じ騎士である以上反発もできないですし。それに……」




 皆がいなくなったことで素の口調が出ているが、クルサは特に気にした様子を見せなかった。


 今回の遠征で護衛役を買って出たサーザンはどうもきな臭い噂で絶えない。彼はつい最近騎士になった人間だ。しかし、彼の実力は騎士として三流もいいとこで、お世辞にも優れているとは言えなかった。そんな人間を皇女の傍に置く方がどうかしている。




「それに皇帝が許しちゃった以上、私たちが言っても無駄でしょう?」


「だよな。いくらうわさが経っているとはいえそのうわさに確証はないし、上が許可している以上は俺からも手を出せん」




 そして、彼は今日の視察当番を買って出たのだ。現時点では断る理由もないため渋々ではあるが承諾せざるを得なかった。後の皇帝への報告で彼だけ除け者になっていたと判明する方が隊として問題になりかねない。一応のためもうひとり信頼のおける騎士をつけている。クルサが考えた妥協点だった。


 仕方なく待つしかない。そう結論が出かけた時だった。


 パリン! と何かが弾ける音。




「えっ?」




 音源はメリッサが着けていた指輪だった。彼女は両手の人差し指と中指に二つずつ指輪をしており、そこに小さな魔石が嵌められている。そのひとつが割れて弾け飛んだのだ。


 クルサはメリッサを見た。




「おい、今のは……」




 深刻な顔つきになったメリッサは声のトーンを下げて言った。




「……クルサ、悪い知らせよ。ギャンが死んだわ」




 メリッサの一言にクルサは目を見開いた。ギャンは先ほど話題に出したサーザンと一緒に姫に付けた騎士だ。




「おいおい、冗談抜かせ……」




 クルサの冗談を他所に、メリッサは手早く鎧を身に着けていく。重苦しい空気に冗談を言う気にもなれず、クルサも続くように準備を始めた。


 あっという間に装備を整えたメリッサに向ってクルサは声を荒げた。




「しゃーない。メリッサ、先に行ってろ! 俺は隣の奴ら引き連れていくからよ」


「承知!」




 メリッサはクルサに何かを投げ渡し、部屋の窓から外へ飛び出した。二階だが、彼女は魔法の使い手だ。足に魔力を纏わせて落下の衝撃を緩和させ、綺麗に着地する。そのまま魔力を込め続けて身体強化を発動し脚力を上げた。そして森へと加速する。妖魔の森は魔法が使えないため、外で時間を短縮するほかないのだ。




「クリスタ、起きろ!」


「ふぁい……」




 クルサは投げ渡された指輪を無骨な小指に嵌める。着けた瞬間、どのあたりにメリッサがいるのかが漠然と分かるようになった。


 これは相愛の指輪と呼ばれ、着けている人の位置を特定するという魔法が封じられている魔道具だった。魔力を込めることで常に発動し続けるため、妖魔の森でも重宝する魔道具だ。


 そして彼らが捜索を続け、皇女――ルシェを発見した時、そこには複数の死体と血で染められた草木が広がっていたのだった。

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