エピローグ:異世界開拓は楽しい

 噴火を鎮めてから一カ月、ようやく夏の暑さもピークを過ぎた。

 といっても、まだまだ暑い。

 あれから山も静まり返り、凍りついた火山の氷もほとんど溶けている。

 ベヒモス曰く、


『休火山になった。今度こそ当分噴火はせぬだろう。ほ、本当だぞ。そ、その疑いの目はなんだっ』


 ということだ。まぁ信じてやろう。


「ケンジさぁーん」


 ドライアドが栽培するキノコ畑から戻って来たセレナが、その手に大きな椎茸を持ってやってきた。

 まさかあれは……ドライアドか!?


「見てくださいケンジさん。立派な椎茸ですよ」

「そ、それはドライアドでは……」

「違いますっ」

『わらわはここっ』


 っと、突然地面からにょっきする巨大椎茸。

 あぁ本当だ。あっちは普通の立派な椎茸だ。


「今日はこれで椎茸ステーキにしましょうね」

「おおおぉぉ! 俺椎茸ステーキを食べてみたかったんだよ」


 椎茸はそもそも高価なモノじゃない。だからこそなのかな、一個数百円出してステーキにするって、物凄い贅沢な気がしてさ。

 この世界での椎茸も、なんだかんだと野菜炒めで食べていたしな。

 はぁ、夜が楽しみだ。


「ケンジ。小麦の第二段も、順調に育っているぞっ」

「クローディア、ご苦労さん。秋には収穫できそうか?」

「ああ。これで冬も安心して越せるだろう」


 小麦畑に様子を見に行ったクローディアが戻っていて、嬉しそうに報告する。

 ベヒモスとドライアドに頼んで、もう一回だけ精霊力を使って貰った。

 この一カ月は夏の暑さもあって、畑の拡張作業はしていない。

 

「もう少ししたら、今の小麦畑の南側を開墾しよう」

「そうですね。そうしたら精霊様のお力を借りなくても、一年分の小麦を確保できますもんね」

『殊勝な心がけね』


 村の人とも話し合い、野菜畑ももう少し広げようということになった。

 キャンプ地から連れてきた人たちの体力も回復し、元気に動けるようになったというのもある。

 畑があって、野菜があって、働けば働くほど実りが増えていく。

 目に見えて分かるそれは、村人全員の活力にもなっていた。


「ケンジィー。火山に行くのじゃーっ」

「準備は出来たのか?」


 魔人王が大きな風呂敷を手に駆けて来た。

 これから氷の溶けた火山周辺に行き、火災で燃えてしまった植物を蘇らせるために、ドライアドお勧めの種を撒く。

 

 時間にして数十分の噴火だったが、その間に積もった火山灰が周辺大地にどんな影響を与えるか。

 それを調査するためにも、あそこへ向かわなくてはならない。


「ベヒモス。頼むぞ」


 ……反応がない。


「ハムスター……」


 ずむりと地面が盛り上がり、50センチほどのハムスターが現れる。


『呼んだか?』

「……火口付近にいくから、土の具合を見てくれ」

『うむ、よかろう。火山灰の成分によっては、植物への影響も極端に変わるからの』


 詳しいことは俺には分からない。その辺はベヒモス……最近はハムスターと呼ばれることに慣れきったこいつに任せよう。


「イルク。乗せてくれ」

『ほっほぉーっ』


 村の中央にふわりと舞い降りたイルク。その背に飛び乗るため浮遊魔法を唱える。


「ケ、ケンジさん。私もご一緒しても……」

「あぁ、今度は危険なこともないし、大丈夫だ。むしろ周囲を観察する目は多いほうがいい。セレナは狩人だし、視力もいいだろう?」

「はいっ。目の良さなら自信ありますよ」


 セレナに向かって手を差し出すと、その手を掴んだのはクローディア。


「ボクだって視力は優れているぞ」

「ク、クロちゃんっ」

「そうか。ダークエルフも目はいいだろうな。よし、みんなで火口周辺を見よう」

「任せろっ」

「もうっ!」


 にやりと笑うクローディアに、ぷんすと胸を揺らして怒るセレナ。

 いつもの光景だな。

 そんな二人を同時に肩へと担ぎ上げ──


「きゃっ」

「ひうっ」


 浮遊魔法でイルクの背に飛び乗った。


「よし、イルク。飛んでくれ」

『我を忘れるなぁーっ』

「妾もなのじゃーっ」


 ハムスターを抱きかかえた魔人王が、非常識な跳躍力で飛び乗る。

 最近こいつは、地上での生活にも慣れてきて、どのくらいの魔力ならやり過ぎ・・・・にならないのか把握してきたようだ。

 おかげでこちらも仕事を押し付けやすくなった。


「のうケンジィ。新しい小麦畑はあの辺かのぉ?」

「そうだな。今ある小麦畑と隣接するようにして、開墾しようと思う」

「そうなると、風車まで遠くなるのじゃあ」


 そうなんだよな。線路でも敷ければ、トロッコで……なんてことも考えるが、その為の鉄がない。


「荷車を作りましょうか?」

「なら馬か……せめて牛が欲しいな。人力で運ぶなら、一度に乗せられる量は少ないぞ」

「そうよねぇ……ケンジさん。今度は牛の捕獲をお願いします」

「……牛か。まぁ牛は元々欲しかったしな。本腰入れて探すかぁ」

『火口に到着だ。すっかり氷は溶けたようだっぴ』


 イルクがそう言って地上へと舞い降りた。

 セレナとクローディアを再び抱え、ひょいっと下りる。魔人王はハムスターを抱え、俺の隣に着地した。


「どうだ、ハムスター」

『きゅっきゅ……ふむふむ。幸運だな。火山灰は植物の発育を助ける成分を多く含んでいたようだ』

「じゃあ種を撒くのじゃ!」

「種?」


 見ると魔人王は俺が教えた空間収納を開いて、何やら取り出している様子。

 いったいなんの種を……。


「ドライアドに貰ったのじゃ。木や草花の種」

「デーモン・ロードちゃん、偉い!」

「えっへへなのじゃ」


 はにかみながら、魔人王は空間収納から一本の苗木を取り出す。


「まずはこれを植えるのじゃ。ドライアドが精霊力を込めてくれておる。成長が早く、巨木になるのじゃよ。たっくさんの実をつけて、草食動物たちのご飯になるのじゃっ」

『うむ。ではここに植えるがよい』


 ハムスターが短い足で地面をぽんぽんと叩く。ぞの地面がぼこっと凹み、苗木を植えるのに丁度いい深さになった。


「みんなで植えるのじゃ」

「そうね。早く大きくな~れって、お願いしながら植えましょう」

「フ、フン。そんな子供みたいなこと、恥ずかしくてできるかっ」


 と言いつつ膝が汚れるのも気にせず、地面に座り込むクローディア。彼女はハムスターがあけた穴の中に転がる小石を取り除いていた。


「よし! 俺も手伝うか」


 と言っても、一握りの土を被せる程度だが。

 植え終えた苗木に向かって、魔人王やセレナが手を合わせる。クローディアはエルフ語で何かつぶやいているのが聞こえた。

 三人とも、苗木の成長を願っているのだろう。

 それを願うのは彼女らだけではないはずだ。


「魔人王。残りの種は空から撒くぞ。一つ一つ植えていたら、陽が暮れてしまう」

「分かったのじゃ」

『では我は種が根付くように、土を耕してやろう。きゅっきゅきゅきゅ~』


 再びイルクの背に飛び乗り、上空から四人で種を撒いて行く。

 火災で草木が燃え尽きた場所に、小さな小さな種が舞い落ちる。その下の土が、ぽこぽこと動いているのも見えた。

 時間は掛かるだろうが、みんなの祈りが込められているんだ。以前よりも豊かな山になるに違いない。


『むっ。ケンジよ。火口から熱を感じるっぴよ』

「熱? まさか──」


 邪竜!?

 だが奴は倒した。魂すら粉々に打ち砕いたはず。

 じゃあ……再噴火!?


 ぐぐ、ぐぐぐっと火口が揺れる。

 そして、一瞬真っ赤に輝いた。


 刹那。

 全身が燃え盛る炎で出来た牛──いや、ミノタウロス?


『はっはー! 俺様、ふっかぁぁーつ!!』


 炎のミノタウロスが火口の上空に現れ、マッチョポーズを決めている。

 暑い……いや熱いか?

 

『あれは炎の上位精霊のイフリートっぴ』

「……まぁ……気配で分かる」


 この世界の上位精霊の姿は、とことんギャグだな。


『はっはーっ! あのクソ邪竜めっ。俺様が気持ちよくうたた寝していたってのに、不法侵入しやがって! おかげで俺様までクソ神に封印されちまったじゃねーか!』

「……つまりイフリートよ。お前はあの邪竜と一緒に、この火山に封印されていたと?」

『おうとも! しかも奴が出て行ったと思ったら、今度はこの一帯が氷漬けだろう? やっと解放されたかと思ったらまた閉じ込められてよー』


 あぁ、それやったの俺だわ。


『そ・こ・で・だ! 俺様を氷に閉じ込めたてめーとだなーっ』

「なんだ。俺だって知っていたのか」

『あたぼーよ! 一度感じた魔力、忘れる訳がねーっ。俺ぁ、てめーのその魔力が気に入った!! だから俺様と──』

「あ、ケンジさん! 牛っ、牛がいましたよ!!」

「なにぃーっ!?」


 慌ててセレナが指さす方角を見る。

 くっ。俺の視力じゃあ彼女が見つけた牛を見つけられない。


『な、なぁ? 聞いてくれないか?』

「イルクッ、セレナが言う方角に飛んでくれ。少しだぞっ、ほんの少しだっ」

「イルクさん、あっちですっ」

『ぴ……ぴぃ』

『おーい。ねぇ、ちょっと聞いてぇー。ねぇー。俺様と契約してくれないかなー。ねぇ?』


 ふわりと舞うようにイルクが飛ぶと、俺の視界にもようやく牛の姿が見えた。

 艶のある黒々とした体毛の、立派な角を持つ雄牛だ。よく見ると近くにもう数頭いた。しかも雌牛。

 荷車を引かせられる!

 ミルクも取れる!

 そして繁殖もできる!!


『こっち見てぇー。お願い見てぇーっ』

「魔人王! 一網打尽にするぞっ」

「分かったのじゃっ」

「お手伝いしますっ」

「フッ。罠を仕掛けるなら任せろ」

「わ、私だって罠は得意ですっ」

「ダークエルフのボクに任せろっ」

「い・や、です!」

『お願いしまーす……契約してくださぁーいっ』


 これからもっともっと、クロイス村を豊かにしよう。

 悪人以外の来る者拒まず。他の移民者が現れればその人たちも……。

 いや、村の拡張はそろそろ厳しくなってきた。村の周辺の半分は、畑で囲ってしまっているし。


 そうだ。

 クロイス村の西に、別の集落を作ろう!

 家と畑も用意して、あとは住民となってくれる人が現れるのを待つ!

 二つの村で栽培する物も分担して、物々交換なんかもいいな。


「ケンジさ~ん。牛、捕まえますよぉ」

「何しているのじゃケンジィ」

「ボクらだけで捕まえてしまうぞぉ」


 三人が笑顔で手を振る。


「あぁ、今行くよ」


 周辺の開拓はまだまだ必要だ。

 第三の人生をかけて、クロイス村を発展させよう。

 いつか村から町に発展する日が、見れるだろうか。


 うん。

 異世界開拓は楽しいな。


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勇者パーティーの最強賢者~二度目の異世界転移で辺境の開拓始めました~ 夢・風魔 @yume-

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