夏木

第1話 コテージ


 僕は今、大ピンチだ。


 ストレス社会から逃げるため、つかの間の休息のためにやってきたコテージ。

 普通は家族とか友達と一緒に来る場所だけど、僕は人から離れたいがために一人でやってきた。

 周りの人に合わせて過ごすことが苦痛に感じたからだ。


 山の中にあるコテージ。

 静かな日を過ごせると思っていた。




 が、僕の前にはなぜか人が倒れている。

 いや、正確に言えば人だったモノ……そう、遺体だ。


 短髪で、体の大きな男。床でうつ伏せに倒れているので顔はわからない。

 真っ白のニットを着ているが、背中に赤い花が咲いている。


 僕は気持ち悪くなって、とっさにコテージから飛び出た。


 僕はついさっき、ここへ来た。

 だからこの男が誰だか知らない。何が何だかわからない。


「け、警察っ」


 自分のスマートフォンを取り出し、110番通報しようとするも、画面には圏外の文字。

 人里から離れているだけあって、電波も届かないようだ。


「嘘だろ……ど、どうしよっ」


 このコテージまで、バスで来た。

 時刻表も確認済みだ。午前と午後、一日二本しか走っていない。

 帰るにも帰れず、通報するにもできず、僕はこの遺体と一日を過ごさなければならないのか。


 暦上では春。だけど、気温はまだまだ冬のレベル。

 もう日が沈みかけている。このまま外にいたら確実に凍る。



 ――僕がこのコテージの外で死んでいたら、コテージ内の人を殺したのは僕ってことになるんじゃないか?


 嫌な考えが頭の中をよぎった。


 容疑者死亡でも家宅捜索をやられるんだろうか。

 僕の家に飾ってあるフィギュアが世界中に公開されてしまう。

 年齢制限のあるゲームだって、際どい表紙の本だって部屋にある。それを無表情で回収されて、掲示板とかで晒されるんだろうか。

 そんなの恥ずかしすぎて、死んでもしにきれない。



 僕が死んだら、社会的にも僕は死ぬ。

 なら、僕は死なない方法をとるべき。死んでる人と一緒に一日だけ過ごすことだって耐えられる。僕は社会的に死にたくない。



 遺体があるのはコテージ入り口。

 入り口を過ぎてしまえば大丈夫。このコテージは二階があるから、中へ入ったらすぐ二階に行こう。


 意を決した僕は、再びコテージの中へと向かった。


「……へ? ない……?」


 すぐに気づいた。

 コテージ入り口にあった遺体がなくなっていた。


「え? え?」


 遺体が勝手に動くはずはない。じゃあ、誰か他にこのコテージにいる?


 僕の体が震えだした。


 もしかしたら犯人がいるのかもしれない。そうしたら僕が殺されてしまう? 目撃者は皆殺しだって、サスペンス劇場で見たことがある。


 犯人に見つかったら殺される。そうしたら僕は社会的にも死ぬ。



 何をしても僕には絶望しかない。



 もうどうやっても死しかない道。

 どうやって死ぬかしか選べない。

 急にやってきた恐怖で、僕は立てなくなった。



「あの……」


「うぎゃぁぁぁぁぁ!」



 誰もいないコテージ。なのに僕の後ろから声が聞こえ、僕は思わず大きな声がでた。



「あ、すみません……っ! ぎゃぁぁぁ!」



 怯えながら振り向くと、そこには先ほどまで倒れていた白いニットの男が立っていた。

 その男を見た途端、僕は意識を手放した。






「あ、目が覚めました?」



 暖かく、ふかふかの感触。僕はベッドに寝かされているようだった。

 声が聞こえた方へ顔を向けると、やっぱりあの男がいた。


「うぎゃぁぁぁ!」


 僕は男から離れるように部屋の隅へ逃げる。



「驚かせてしまいすみません! こんなにびっくりされるなんて、思ってなくて……」



 よく見ると、男は優しそうな顔をしていた。

 ハの字に下がった眉と目が、そう思わせた。


「自分、ここの管理をやってるんですけど、鍵を渡しに……あとこの付近の地図とか設備の案内をしに来たんですけど、普通にやるんじゃつまんないと思って」


 男の説明で色々わかった。

 コテージ入り口で、この男は驚かせるために死んだふりをしていたのだ。


「あの、すみませんでした!」


 男が精一杯の謝罪をし、頭を下げる。

 本来真面目な男なのだろう。



「いえ、大丈夫ですから。誰も死んでないのなら、それで……」


「ほんと、お客様にご迷惑を……! お詫びと言っては何ですが、夕食を準備しておきましたので食べてください。あ、手作り無理とかなら全然残した置いて貰って構いませんので!」



 言いたいことだけを言い、男は出ていこうとした。


「ま、待って! 一緒に、食べませんか?」


 僕は何を言っているのだろう。

 もともと一人になりたくてここへ来たのに。



「よろしいのですか?」



 男の顔がパッと明るくなる。


「ええ、なんか一人がちょっと怖くなってきたんで……時間あるなら、明日付近を案内してもらいたいんですが」



「もちろんです! こんな自分でよければ!」



 結局僕はこのコテージで過ごす時間の多くを、この男と過ごした。


 誰かと共に過ごすのも、悪くないかもしれない。

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