俺のタピオカミルクティーどこ!?

かがみ透

俺のタピオカミルクティーどこ!?

「ウーッス!」

「おう」


 二人はほぼ同時に生徒会室に着いた。

 茶髪の軽音部男子は椅子にかけて足を組み、担いできたエレキギターを早速構え、弾き始める。アンプを通さないカスカスとした音だけが鳴る。

 副会長の一人だ。


 もう一人は会長だ。さらっとした七三分けの黒髪にメガネのインテリ風だが、体型的にはぽっちゃりしていて貫禄があるなどと言われたこともある。


 そのうち、書記の男子と女子、会計男子・女子が揃い、最後に副会長女子が来た。


「書記さん、新入生歓迎会のプログラムに載せる各部活の原稿はもうそろってる?」


 会長は書記女子を見る。


「後で原稿を先生に渡して査読してもらうから」

「スイーツ部のがまだ出てません」

「だったら今、俺がもらってくるよ」


 茶髪の副会長男子がウキウキとギターを置いて立ち上がる。


「副会長って、スイーツ部にお目当ての女子がいるって噂ですよね」


 書記男子がニマニマ笑う。

 書記の女子が無言で睨む。


 それには気付かない素振りで、会長は書類を取り出した。


「僕の挨拶文だけど、入学式と新入生歓迎会の分、あいつ戻ってくるまでに皆に査読してもらおうかな」


 残りの五人で書類を回し読みし終えた頃に、副会長が戻ってきた。


「随分遅かったわね」


 女子の副会長が表情を変えずに言った。


「部長が忘れてたみたいで、その場で書いてもらったからさ。ついでにクッキーもらったから皆で食べようぜ!」


 ビニール袋の口を開き、机に置く。


「それなら休憩にしましょ」


 副会長女子の言葉に、後輩たちが紙ナプキン、紅茶やコーヒー、カフェラテ等のスティックと、スティックシュガーやポーションタイプのミルクとガムシロップをテーブルに用意する。殺風景な生徒会室も少しは寛げるような雰囲気になった。


 それぞれのマイマグカップに、好きな飲み物を作っていく。

 その時、茶髪の副会長男子が叫んだ。


「俺のタピオカミルクティーどこ!?」


 小さい冷蔵庫の中をくまなく覗くと、血相を変えて皆の方を振り返った。


「あのいつもコンビニで買ってるヤツか」

「会長、どこにあるか知ってる!?」

「いや」

「ああ、ここであれを飲むのが俺の習慣だったのに! あれがないとやる気が起きない」


 ガックリと肩を落とし、いつもツンツン立っている茶髪も心なしか下がり気味だ。


「いつ冷蔵庫に入れた? さっき僕と一緒に来た時は持ってなかったよな?」

「いつも朝コンビニで買ってここの冷蔵庫に入れてから教室に行くから、今日もそうしたよ」

「買ったつもりになって、今日は買ってなかったとか?」


 腕を組み、副会長女子が冷静な顔で言った。


「そんなことないって! 絶対買った!」

「レシートは?」

「いつもレジのとこの『いらないレシートはこちらに』ってとこに突っ込んでるから……」

「じゃあ、本当に買ったかどうかわからないわね」

「朝来る時に一緒だったヤツとかいる?」

「いないけど……」

「だったら、今日あなたがタピオカミルクティーを持って歩いているところを見た人はいないってことね?」


 副会長と会長の質問に答えていく副会長男子を、残りの四人は静かに眺めていた。


「そういえば、コンビニで見かけたの思い出した。な? 書記ちゃん」


 書記の後輩女子を、救いの目で副会長男子は見た。

 メガネをかけた書記女子は、誰の目から見てもハッとしている。


「俺がタピオカミルクティー買ってたの見たんじゃね?」


 黙っている書記に、会長も尋ねた。


「どう? 書記さん、覚えてる?」

「あ……、は、はい」

「なぁ〜んだ! やっぱそうだったかぁ! 早く証言してくれれば良かったのに!」

「だって、先輩が……そのタピオカミルクティーをコンビニ出たところでスイーツ部の部長にあげてて……いつもあの人とタピッてたんでしょ!?」

「えっ! なっ、なに言って……!?」


 書記女子は立ち上がり、つかつかと茶髪副会長の前にまで歩いていった。


「私だって一緒にタピりたかったのに! だったら、なんでバレンタインにチョコ受け取ってくれたんですか!? 一緒にタピる気もないなら、その場でそう言って断ってくれれば良かったのにぃ!」


 突然の修羅場に、周りは目を泳がせる。

 会長、副会長は目を丸くしながらも、冷静に見守っている。


「そ、そっか、スイーツ部部長にあげたんだったっけ? は、はは、今思い出したわ。後でクッキー差し入れするから、代わりにくれって言われたんだった。書記ちゃんと一緒にタピるのくらい全然OKだよ! チョコの返事はホワイトデーにするつもりだったんだ。今度一緒にタピろうって」


「え……!」


 メガネ後輩女子は顔を両手で覆った。


「リア充成立か」


 会長が呟き、ふっと口の端を上げて微笑んだ。


「騒いですんませんでした!」


 副会長は皆に頭を下げた。


「いやいや、尊いもの見させてもらいましたよ!」

「おめでとうッス!」


 男子たちがもてはやす。

 会計女子も、「良かったね!」と書記女子の肩をポンと叩いた。

 「ありがとう」と書記女子は小さな声で答え、はにかんだ。


「その場しのぎでつい返事しちゃったんじゃなきゃいいけどね」

「な、何言ってんだよ、副会長。そんなことないって!」


 慌てる茶髪副会長男子に、もう一人の副会長は、ふっと笑った。


「じゃあ、お茶の続き続き! ほら、書記ちゃんはセンパイのお隣にどうぞ!」


 会計女子が二人を隣同士に強引に座らせた。


 皆がそれぞれ椅子に腰かけ、紅茶やコーヒーを飲み始めた時だった。


「あれ? ……オレのナタデココがない」


 焦ったように会計男子が冷蔵庫から顔を向けた。


「朝コンビニで買っておいたナタデココがないッス!」


「本当に買ったの?」

「間違いないッスよ! レシートちゃんとありますし!」

「ああ、会計だもんな。さすがだな」


 冷静な副会長と会長に、会計男子は必死に訴えた。


「誰か知らないか? おい、お前がさっき冷蔵庫見た時はどうだったんだ?」


 茶髪副会長に会長が尋ねる。


「ナタデココなんか、なかったよ」

「ええ〜! 朝ちゃんとここに入れたのに!」

「お前、ナタデココなんて食うんだ?」


 書記男子が意外そうな顔で、会計男子を見た。


「最近はな。あれ食うと通じいいから」

「……まあ、大事だな」


 どんな時も会長は冷静に受け止めている。


「この生徒会室に一番に来たのは誰?」


 副会長が腕組みをして見回す。


「会長と俺だよ。……って、まさか、俺たちを疑ってるの!? 俺たちはここに来てから冷蔵庫を開けたのは、ついさっきだぜ? それまでは開けてないよ!」


 同意を求めるように茶髪副会長が会長を見ると、うなずいている。


「それまで誰も開けてないのだとすると……、朝、ここに来て冷蔵庫を開けた人ってことになるわね」


「いつも朝は先生が鍵を開けてくれるんス。もしかしたら……」


「生徒会担当の先生に聞いてみるか」




「生徒会室の冷蔵庫にあったナタデココ?」


 男性教員は、職員室の入口で会長と会計男子に呼び出されていた。


「ああ、あれか! 先生、朝から何も食べてなくてな、フルーツゼリーだと思ってちょっと失敬したらなんか固いの入ってて、なんだこりゃってなってな。あんま好きじゃないやって思ったけど、なんとか食べたわ」


「えー! ひどいッスよー! あれ僕のナタデココだったのにー!」


「ああ、ごめんごめん! 買って返すから!」


 そこへ、早歩きでやってきた会計女子も加わった。


「もしかして、生徒会室のカフェラテ飲んだのも先生ですか? スティックが一本足りないんですけど」

「あっ、バレちゃった?」


 教師は苦笑いをした。


「もー、ダメって言ってるじゃないですか。あれだって予算から買ってるんですよ、会計はちゃんとチェックしてます」

「ああ、もう、ホントにごめん! 今度カフェラテ一箱差し入れするから!」

「お菓子も付けてくださいね♡」

「さすが、しっかりしてるね! いいよ、お菓子も付けるから!」

「わあ〜! ありがとうございます!」




「まったく、人騒がせな」

「ですよね! あの冷蔵庫に入れたものはどこかに消えてしまう仕掛けでもあるのかって、一瞬考えちゃいましたよ」


 会計女子がホッとしてそう言うと、ピタッと、会長の足が止まった。


「まさか……!」

「え? どうしたんですか? 会長?」


 早歩きの会長の後に、会計男女が続く。

 廊下は走ってはならない。

 生徒会はどんな時も学校の規則を守るのだった。


 ガラッと生徒会室の扉を横に開ける。


「僕の『』は無事か?」


 言うが早いか、冷蔵庫を開ける。


「……ない」


「ええっ!? 会長もですか!?」

「っていうか、会長、『蘇』なんて食べるんですかっ!?」

「SNSで見て、昨日自分でひたすら牛乳を煮詰めて作った」

「自分で作ったんスか! すごいッスね!」


 ガタガタと音を立てて皆椅子から立ち上がった。


「冷蔵庫に何か入れた人は今すぐ確認してくれ」


「私は入れてません」

「私、缶コーヒー入れてましたけど、さっき出して飲みました」


 会計、書記の女子二人が答えた。


「僕のほうじ茶もあります」


 書記男子がペットボトルのほうじ茶を掲げる。


「副会長、きみは大丈夫か? 冷蔵庫が今はカラだが、何か入れてなかったか?」


「何も入れてないから大丈夫よ」


 そう返した副会長は相変わらず腕を組んで冷静な顔つきだ。


「先生に、『蘇』も食べてないかどうか確認してきます!」


 会計男子が足早に出て行こうとすると、副会長が言い放った。


「その必要はないわ。会長の『蘇』を食べたのは、この私よ」


「ええーーっ!」


 その場は騒然とした。


     *     *     *


「こんな感じですが、どうですか、会長?」


 新入生歓迎会に向けて、体育館でリハーサルをする演劇部のステージを見ていた生徒会長は、黒髪をかき上げ、メガネをクイッと持ち上げた。


「別にいい〜んじゃね! ブラ〜ボ〜! 良かったよぉ〜! 俺の役がぽっちゃりさんなのがちょっと残念だから、代わりに俺がやった方が良くね?」


「ダメですよ! んですから!」

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俺のタピオカミルクティーどこ!? かがみ透 @kagami-toru

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