クロクレスが弓矢で武装した男に矢を五本売った後、彼の作品である「忌まわしき狩人シリーズ」は即座に完売した。


 どうやらクロクレスが今いる街は「エ・ランテル」という名前で大勢の冒険者が集まる場所らしく、弓矢で武装した男とのやり取りを見ていた冒険者達は我先にと彼が作った矢や投げナイフを欲してきた。


 クロクレスは久方ぶりの大勢の客に気を良くしたのと、客である冒険者達の貧弱な武装(クロクレスから見て)を見て彼らが全員初心者だと判断したことから、自分が作った矢や投げナイフをユグドラシル全盛期の百分……いや千分の一以下の文字通り「捨て値」で販売したのだ。


 そうしてクロクレスが手に入れたのは見慣れたユグドラシルの金貨……ではなく、歪んだ円形の銀貨や銅貨。それを見て彼はこう思った。


(あれ……? ここってユグドラシルの世界じゃない? というかゲームの世界じゃなくて現実の世界だったりする?)


 今自分の手の内にある銀貨と銅貨の重さに感触、自分が作った矢や投げナイフを求める冒険者の客達の表情。どれもゲームではあり得ない程自然なもので、そこでようやくクロクレスはここがゲームではなく現実の世界で、自分が子供の頃から見ていた異世界転生系の物語をリアルで現在進行形で体験していることを理解した。


 というか、そんなことは真っ先に気づいてもいいはずなのに、今頃気づいたクロクレスは中々暢気な性格をしていた。


 今自分がいるのが自分が生まれ育った日本とは違う本物の異世界で、しかもゲームのキャラクターの姿で転生したことには流石のクロクレスも混乱した。だがそれもほんの短い間のことで、元の世界には家族や友人といった親しい人などおらず、ただ毎日会社で働くだけの生活を送っていた彼はあっさりと元の世界に見切りをつけて、この世界で新たな人生を送ることを決めた。


 普通ならもう少し悩んだり戸惑ったりする状況に対して、こうもあっさり決断を下せるクロクレスは暢気な性格をしているだけでなく、中々いい根性をしているらしい。


 とにかく異世界で生きることを決めたクロクレスは、幸い自分が作った「忌まわしき狩人シリーズ」の矢や投げナイフが冒険者達に好評だったので、これを路上で売って日銭を稼ぐのんびりとした生活を送ることにした。


 そして一ヶ月後。エ・ランテルの住人となったクロクレスは……。


「いたぞ! クロクレスだ!」


「追え! 逃がすな!」


「クロクレスの野郎! 今日こそは捕まえてやる!」


「来るなぁ!」


 ……………エ・ランテルの冒険者達に追いかけ回されていた。


 クロクレスが冒険者達に追いかけ回されるのは今日が初めてではなかった。この数日前から彼はほとんど毎日エ・ランテルの冒険者達に追われ、クロクレスを追う冒険者達の数は日に日に増えていくばかりである。


「この野郎、待ちやがれ!」


「待てと言われて待つ馬鹿がいるか!」


 クロクレスを追う冒険者達の一人が叫ぶと、彼は走る速度を緩めることなく叫び返す。


「毎日毎日しつこいんだよ! お前達、俺に一体何の恨みがある!?」


「恨みなんかない! 俺達はただお前が作るマジックアイテムを売ってほしいだけだ!」


 毎日追われていることで苛立ちが溜まっていたクロクレスが走りながら怒鳴ると、彼を追う冒険者達で先頭を走る冒険者が大声で答える。


 そう。今冒険者が口にしたマジックアイテム、クロクレスがエ・ランテルの冒険者達に追われている原因は、彼が作って路上販売している攻撃アイテムの矢に投げナイフ「忌まわしき狩人シリーズ」であった。


 先程の冒険者の言葉から分かるように「忌まわしき狩人シリーズ」は別に不良品でも欠陥品でもない。むしろこの世界の冒険者からすれば今まで見たこともないくらい高性能なマジックアイテムで、「忌まわしき狩人シリーズ」を購入した冒険者達はその威力に驚かされた。


 矢を買った冒険者が森で遭遇したトロールに矢を放つと、矢によって皮膚に小さな傷を負ったトロールは即座に猛毒に侵されて苦しみながら絶命した。


 投げナイフを買った冒険者が墓場で遭遇した骸骨の魔法使いスケルトン・メイジに投げナイフを投げつけると、投げナイフは骸骨の魔法使いスケルトン・メイジの魔法障壁を容易く貫いてその頭蓋骨に命中し、骸骨の魔法使いスケルトン・メイジを石化させた。


 矢と投げナイフを買った冒険者が王都にある魔術師組合ギルドに矢と投げナイフの鑑定を依頼すると、組合ギルドの上層部に研究用に売ってほしいと懇願され、金貨数十枚で売れた。


 他にも似たような話が多数あり、それによってエ・ランテルの冒険者だけでなく話を聞いて余所の街から来た冒険者達もクロクレスの「忌まわしき狩人シリーズ」を売ってほしいと言ってきた。


 しかしクロクレスにとって「忌まわしき狩人シリーズ」の製作はほとんど趣味のようなものである。それに加えて日本では毎日ブラック企業で過酷な労働を強いられてきた経験から無理をするのを嫌い、一日に製作される「忌まわしき狩人シリーズ」の数は十と少し。


 その結果「忌まわしき狩人シリーズ」を購入できる幸運な冒険者はほんの一握りだけで、買うことができなかった冒険者達はこうしてなんとかクロクレスに「忌まわしき狩人シリーズ」の製作を頼もうと、彼を追い回しているのであった。


「………」


 以上の理由でエ・ランテルの街道を高速で走るクロクレスと冒険者達の背中を一人の女性が見つめていた。しかし女性はフード付きのマントを羽織っており、更にフードを深く被っているのでどの様な姿をしているかは分からなかった。


「ふぅん? 彼が最近噂のエ・ランテルの有名人かぁ……。それにしても凄いんだね、コレって」


 マントを羽織っている女性の手には一本の矢、クロクレスが作った「忌まわしき狩人シリーズ」の矢が握られていた。


「これを使えばどんな人でも強いモンスターを倒せるんだ~? でもそれだと頑張って強くなる意味がなくなっちゃうよね~?」


 マントを羽織っている女性はクロクレス達が走り去っていった方向を見ながら楽しそうに、しかし明らかな狂気と殺意を声に

含めながら呟く。


「それって許せないから~。殺しちゃおっかな~?」

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