異種族プレイヤー「黒の矢師」
小狗丸
1
DMMO-RPG「ユグドラシル」。
今から十二年前に発売され、そのやり込み要素の高さから一時は全国の人が熱狂して十万人以上のプレイヤーが遊んでいたタイトルである。長い月日のうちにプレイヤーが離れていき、ついに今日サービス終了日を迎える事になったユグドラシルだが、それでもユグドラシルを愛して最後の瞬間までこのゲームの世界にいようとするプレイヤーは少ないが存在していた。
彼、アバター名「クロクレス」もそんなプレイヤーであった。
「全く……。いつもの習慣とはいえ、サービス終了日まで何をやっているのかな、俺は?」
ユグドラシルにいくつも存在するプレイヤー拠点である街の一つ、その大通りでクロクレスは自分のしている事に呆れてため息を吐いた。
今クロクレスは大通りの隅で木製の簡素な椅子に座っており、彼の前には風呂敷が広げられて、その上には手作りの矢や投げナイフがいくつも置かれてあった。そして彼の左手には作りかけの矢が、右手には矢を加工する為のナイフが握られている。
クロクレスの外見は黒い衣服の上に黒いフードマントを羽織った黒髪褐色の美青年というものだった。腰には大量の矢が入った矢筒が下げられていて、背後には彼の身の丈程はある和弓が地面に置かれており、その姿は異国の王族、あるいは狩人、あるいは祭司といった印象を感じさせた。そのような外見をしている彼が大通りの隅で一人地道に矢を作っている姿からは何とも言えない違和感が感じられた。
クロクレスがやっているのは手製の攻撃アイテムの路上販売であり、クエストなどの用事がない時はこうして手製の攻撃アイテムを広げて、新しい攻撃アイテムを作りながら客が来るのを待つのが彼の習慣であった。これは客どころか街を利用するプレイヤーも滅多に見なくなった今も変わらないのだが、流石にサービス終了日の今日くらいは別の事をした方が良かったかと、クロクレスは若干後悔していた。
「これだったらモモンガさんに招待されていたんだし、ナザリック地下大墳墓に行っていた方が良かったかな? ……いや、やっぱり駄目だな」
モモンガというのは同じユグドラシルプレイヤーのフレンドであり、ナザリック地下大墳墓はモモンガがギルド長を務めているギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の拠点のことである。
アインズ・ウール・ゴウンとは「異形種」と呼ばれる人間とは大きく違う外見をした種族のみで構成されたギルドで、その実力はユグドラシルに無数に存在したギルドの中でも上位に食い込んでいた。だがユグドラシルの過疎化が進むにつれてアインズ・ウール・ゴウンのメンバーも次々と引退していって、四十一人いたメンバーも今ではモモンガ一人しか残っていない。
クロクレスは外見こそ人間だが、これは擬態しているだけで本来の姿は人間とはかけ離れた異形種である。彼は今から数年前、とあるレア種族の進化条件を満たすクエストをモモンガを始めとするアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに手伝ってもらった事があり、それをきっかけにモモンガ達とフレンドとなったのだ。後にそのレア種族が原因でアインズ・ウール・ゴウンのメンバーになり辛くなり、結局は最後までメンバーにならずにいたのだが、今では数少ないユグドラシルプレイヤー同士という事からよく連絡を取り合っていた。
そして数日前、クロクレスはモモンガから「サービス終了日、ナザリック地下大墳墓に来ませんか?」というメッセージをもらっていたのだが、彼はそのメッセージに返事をせずにこうして行かない事を決めていた。何故なら……。
「モモンガさんもギルドメンバー同士で最後を迎えた方がいいと思うはずだ。きっと」
今頃ナザリック地下大墳墓にはモモンガと同じアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが数人訪れているはずだ。その久しぶりの再会に、知り合いとはいえギルドメンバーではない自分が参加しては水を差すのではないかと思ったからだ。
クロクレスは本腰は入れていないが、ユグドラシル以外のゲームを複数遊んでおり、それらでアインズ・ウール・ゴウンのメンバー数人と偶然再会して連絡先を得ていた。今まではどのゲームで遊ぶかは本人の自由だし、
もちろんこの事はモモンガには秘密である。突然のギルドメンバー達との再会に驚いているであろうモモンガの様子を想像してクロクレスが内心で笑っていると、ユグドラシルのサービス終了時間まで後十秒くらいしかないのに気づいた。
「もうユグドラシルも終わりか……。正直寂しいけど、今まで楽しかったよな……」
そう呟いてクロクレスが目を閉じると、自然とこのユグドラシルでの思い出が目蓋の裏側に浮かんできた。
「ありがとうユグドラシル。そしてさようなら……」
クロクレスが今まで遊んできたこの世界への感謝と別れの言葉を口にするのと、ユグドラシルのサービス終了時間が訪れるは奇しくも全くの同時であった。
そして次の瞬間、ユグドラシルの世界は完全に消滅した。
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