聖火は消えず ~光属性が闇属性を滅するまで~

kanegon

聖火は消えず ~光属性が闇属性を滅するまで~


 なあ、お前。ゾロアスター教って知っているか? 遣唐使と一緒に日本にも来ていたんだぜ。


 なんだ、お前。ゾロアスター教を知らないのか。実在する宗教だよ。


 ◇◇◇


 遣唐使の船の旅は過酷だった。


 木の板がきしむ悲鳴のような音が、外で吹き荒れる疾風怒濤の音と混じる。隠れていたネズミが転がるように走って別の所へ去った。


「また嵐か。遭難は一度でこりごりなのに」


「大丈夫ですぞ、李密翳どの。毘盧遮那仏の御加護があれば、今度こそ日本に到達できるでしょう」


 李密翳の隣に座っていた禿頭の男が話しかけた。肌は少し色黒で、しゃべっている唐語には若干訛りがある。懐から木製の小さな像を取り出して、その像に向かって何やら呪文のようなものを口許で小さく唱えている。恐らくは李密翳と同年代くらいで、40代半ばといったところだろう。


 李密翳と肌が浅黒い男との共通点は年頃だけではなく、頭が禿げていて唐語が訛っているところも、であった。


 李密翳は自分の持ち物の革袋から石製の箱を取り出した。


「聖なる火よ、アフラマズダよ。正義の光で我々を日本へと導きたまえ」


「李密翳どの、それは何ですかな?」


「これは私が信奉しているゾロアスター教の聖なる火ですよ、センナ殿」


 センナは無毛の頭を撫でた。仏僧であるため剃髪しているのである。


「ゾロアスター教? 何ですかなそれは?」


「ご存知ありませんか? 大昔、遥か西方のペルシアの地にて生まれた教えです」


 揺れの激しい船の中で。李密翳は仏僧センナに対してゾロアスター教について語り始めた。


 ◇◇◇


 太古の世界で、教祖ゾロアスターは叫んだ。


「光の神、アフラマズダよ! 世界をあまねく照らせ!」


 その言葉に呼応してか、乾燥した岩場の大地がひび割れ、白い瘴気が吹き出した。かと思うと、燦々たる太陽の光に熱せられて発火した。大地から炎そのものが噴出し続ける格好になった。


「この世は善と悪とのせめぎ合い。人間とは、かくも弱き者。黙っていれば自ずとアーリマンの闇に染まってしまう。だからこそ、もっと光を!」


 渇いた大地に伏して炎に礼拝しては、また立ち上がり、そしてまた体を投げ出して炎を拝し、立ち上がる。幾度も幾度も繰り返していたゾロアスターに、側近の者達が静かに近付く。


「ゾロアスター様。我々はいかにすれば善なる光が敷衍した世界へと変革することができるのでしょうか?」


 紅潮した顔のゾロアスターは側近達の方を振り返り、褐色と白髪が交じって灰色に見える髪と長い髭を風に靡かせながら、厳かに言った。


「神の光の象徴であるこの聖なる炎を囲むようにして、神殿を建ててアフラマズダ神を祀るのだ。そして、この聖なる炎を種火として、世界へ神の教えを伝えるのだ」


「仰せのままに」


 それから。


 ゾロアスターの教えはゆっくりではあるが、次第に拡散していった。各地に神殿ができて、教祖が灯した火を種火とした聖火が用意された。


 勢いが加速したのは、教祖ゾロアスターの時代から1000年以上が過ぎたといわれる、サーサーン朝ペルシアという国の国教に採用された時だった。


 そのサーサーン朝ペルシアは強大な軍事力で広大な地域を支配下に置いた。それと同時に、ゾロアスター教もまたペルシア帝国国内のみならず、周辺の地域にも広まった。


 ◇◇◇


「教祖ゾロアスターの教えは唐にまで伝わって、ケン教と呼ばれています。長安の都や洛陽にも、ケン教の寺院が建っていますぞ」


「ああ、ケン教のことだったのですか。それだったら、お世話になった通訳の李訓どのに教えてもらいました」


「おお、センナ殿もケン教をご存知でしたか。長安や洛陽の寺院で燃えている聖火も、かの教祖ゾロアスターが灯した火種から採った炎と言われております」


「じゃあ、あなたが持っているその火も……」


「これは、洛陽の寺院からもらってきた火です。それでも、教祖ゾロアスターの種を受け継いでいることには変わりはありませんので、1000年以上燃えている火ということになります」


「1000年燃え続ける火というのはすごい。ところで、あなたは李密翳という、いかにも唐風なお名前ですが、どうしてそのような遠い異国の教えを奉じておれれるのですか?」


「唐風の名前が唐では便利だから名乗っています。でも私は唐の出身ではなく、波斯国、つまりはサーサーン朝ペルシア人なのです……といってもそのサーサーン朝は、新たに生まれた大食という宗教勢力によって滅ぼされてしまいまして、私は亡国の民なのですが」


 ◇◇◇


 サーサーン朝ペルシアは大食に滅ぼされてしまった。


 サーサーン朝の最後の王の息子であるぺーローズと、ペーローズの息子であるナルサスという王子が、帝国を復活させるために唐の援助を得てトハリスタンの地で長年戦っていた。ナルサスは大食に押され気味ではあったが、それでも現地の都市を利用しつつよく粘っていた。


 戦況が変わったのは、まだ年若い少年だったけれども国土奪還の情熱の炎を燃やした李密翳がナルサスの軍に加わった頃だった。


 大食の軍勢の中で、クタイバという勇士が頭角を現して将軍となった。


 屈強な将軍の勢いはすさまじかった。とたんにナルサスは劣勢になってしまった。年齢的にも体力の衰えを感じたせいもあってか、唐の本国にまで大幅に後退してしまった。李密翳も真の君主たるナルサスについてきた。


 ナルサスが亡くなった時、帝国の復活がもうあり得ないのだと諦めがついた。もう、唐で生きて行くしかない。


 しかし、サーサーン朝という王朝は滅びたけれども、光の勝利を信じるゾロアスターの教えは滅びていない。ここ大唐帝国でも寺院ができて、ペルシア人やソグド人が中心ではあるが信者もいる。


 もっとゾロアスターの教えを広く敷衍するには、どうすれば良いか。宗教勢力である大食に押されて東に流されて来たのだから、もう西には戻れない。


 ならば東へ行ってみたらどうだろうか?


 唐の東は海だ。その海の彼方には、どんな国があるのだろうか?


 日本という島国があるらしい。


 いいじゃないか。そこへ行こう。洛陽の寺院で聖火をもらって、それを持っていくのだ。


 自分ははいずれ日本の地で死ぬだろう。だが、私がもたらした聖火は私の死後も永遠に燃え続けるはずだ。李密翳は聖火の永遠を疑っていなかった。


 アフラマズダの光は永遠だ。闇との闘いは長く厳しい。だけど、いつか必ず光が照らす日が来る。


 自分が日本へと、教祖ゾロアスターの種火から続いている火をもたらし拡散するのだ。


 誰か日本人と知り合いになり、日本に帰る船に一緒に乗せてもらうようにすれば、日本へ行けるのではないか。方針が決まれば李密翳の行動は早かった。


 ◇◇◇


「なあ、お前。これで分かっただろう? 長々と話したけど、俺は聖なる光を受け継ぐ後継者だ。日本にはもうゾロアスター教の神殿も無いし聖なる炎も失われているけどな。今の日本人を見てみろ。みんな、己の欲望を満たすことだけを考えて正義などかなぐり捨てて闇に染まっている。だからブラック企業なんてものがはびこっている。だからこそ、光属性の俺は、聖なる炎が消えたとしても正義の光で照らし続けるんだ。黒き闇は撲滅する」


「光属性だと? ふーん、だからVRMMOでは光属性の神官をやっていて、黒髪キャラに対してプレーヤーキル仕掛けに行くのか。アンタ、現実ではハゲのオッサンで黒髪フサフサのヤツが妬ましいのは仕方ないとして、ゾロアスター教だなんだと面倒な理由をつけてまでゲーム内でもわざわざハゲの容姿を選ぶなよ」

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