終わりのない旅の最果て
望戸
終わりのない旅の最果て
旅立ちの朝は静かにやってきた。
ロケットが完成してから一週間が過ぎていた。様々なチェックを終え、この星特有の猛烈な砂嵐が止むのを待っていたのだ。今朝はすっきりとした快晴で、紫外線を防ぐ防護服なしには家の外へは出られないが、その代わり空に発射の妨げになるものは何もない。
父と向かい合って、最後の朝食をとる。便宜上父と呼んではいるが、目の前の男は俺とほぼ同じ見た目をしている。知らない人が見れば、俺達はよく似た兄弟か、もしくは双子だと思われるかもしれない。
双子という表現は真をついている。なんとなれば、俺はクローンだからだ。
そして、俺を作ったのがこの男なのだから、父と呼ぶことも間違いではないだろう。
父もまた、クローンである。マスターデータとして設定された唯一の設計図をもとに、俺も、父も、そのまた父も、気の遠くなるような無数の『俺達』は、みな同じ顔と頭脳を持って生まれてきた。やるべきこととそのために必要な知識は、すべてインプリンティングされている。
そのうちの一つが、このロケットの組み立て作業だった。材料となるパーツは原子合成機から出力される。生まれながらに記憶しているマニュアルの通りに、俺と父は苦もなくロケットを作り上げた。出来上がったロケットを下から眺めたときはさすがに感慨深いものがあったが、おそらくその深い喜びのような気持ちすらインプリンティングの一環であろう。使命を果たすことが快感となるように俺達はデザインされている。それ故に、使命に対して俺達は忠実だ。
健全な肉体を維持することに重点を置いた朝食を規定量摂取し、使い終わった食器を原子合成機の原料ボックスにつっこむ。これらはまた分解されて、必要な物資に再合成されるのだ。人類の生み出した偉大なる発明の一つである。
防護服を着込んで、俺は外に出た。ロケットの準備は万端、いつでも出立できる。
「それじゃあ、行ってくる」
見送りに出てきた父に、別れの言葉を告げる。父は黙っている。父もまた、こうやって自らの父親に送り出されて、この星にたどり着いたのだ。
地球上のありとあらゆる資源と領土をあらかた争奪し終わって、各国が次に目を付けたのが、広大な宇宙であった。
『人類という種を保護するために、宇宙へいくつかバックアップを取っておく』。ざっくり言うとこんなお題目を、時の国際政府はぶち上げた。内外宇宙に潜むと言われる脅威は、すでに対処すべき現実的な課題の一つとなっていたのだ。さし当たって、人類という種族が地球にしか存在し得ていないことが問題視された。もし地球に万が一のことがあれば、人類は一瞬で絶えてしまう。そうならないために、バックアップとしてのクローン人類を辺境の星へ送り込んでおくというのだ。
だが、それが種の保存の名を借りた領土争いであることは、誰の目にも明らかだった。他の星や他の宇宙からやって来るかもしれない知的生命体に対して、先んじていろいろな星へ定住しておくことで、その領有権を主張しよう、というのがその思惑である。
かくしてクローン人類たちはその背に大きな野心を背負わされ、どこまでも冷たく広がる宇宙へと身一つで放り出された。条件の良さそうな星を見つけると、そこへ錨を降ろし、材料を集めて原子合成機のスイッチを押す。生み出された新しいクローンは、ロケットを作り、別の星へと旅立つ。この繰り返しで、陣取りゲームのようにどんどんと人類という種を拡散していくのだ。
コックピットに乗り込み、エンジンの点火シークエンスに入る。と言っても操作は全自動なので、俺はただシートベルトをつけてじっとしているだけだ。
ガガッ、とスピーカーからノイズが流れてくる。ロケットの組み立て中、作業を効率化するために付けておいた物だ。宇宙に出てしまえば無用の長物だが、この星に尻を落ち着けているうちは、地べたの人間と会話することができる。
『――考え直す気はないか』
聞こえてきたのは、圧し殺したような父の声だった。
『宇宙に出ても、定住出来るような星が見つかるとは限らない。その前に死んでしまう可能性もある。それなら、ここで俺と一緒に暮らしていけばいい』
思いがけない発言に、俺は天を仰いだ。
「なんてことを言うんだよ。新たな星を見つけて住み着くのが、俺達の唯一の仕事だろう」
『そんな仕事、クソ喰らえだ』
父は吐き捨てる。
『仕事とはいうが、それはいつまで続けなきゃいけないんだ? 最初の『俺』が地球を出てから、いったい何年が経った? 何十年、何百年?』
自分が何人目の『俺』なのか、俺も父も知らない。おそらく数えてみようという気すら、過去の『俺』たちは持たなかったはずだ。ただ一途に、任務に忠実であれ。それ以外の思考は不要物である。以上、職務マニュアルより抜粋。
『任務を果たせという命令はまだ生きているのか。そもそも、今も地球がちゃんとそこにある保証はあるのか? 地球の人間の誰も預かり知らないところで、もしかしたら俺達はずっと、報われない無駄な仕事を続けているのかもしれないと思わないか』
「報われるとか報われないとか、そんなのは関係ない。俺達はやるべきことをやるだけだ。そういう風に作られたんだ」
『本当にそれだけなのか、俺達の生きる意味は』
エンジンの点火に思いのほか時間が掛かっている。昨夜のひどい冷え込みのせいかもしれない。
『俺が作られた星は、活火山と煮えたぎるマグマの星だった。俺の父親はやけに急いでロケットを作っていた。完成するとすぐ、俺は追い出されるように星から飛び立った。成層圏を抜けてふと下を見ると、星で一番大きな火山が大噴火を起こしていた。父親のいたシェルターも、それに飲み込まれていた』
「それがなんだって言うんだ」
発射がスムーズに行かないことに少しいらいらしながら俺は答える。
「あんたの父親はたまたま運が悪かったし、あんたはたまたま運がよかった。それだけだろう」
『違う。俺の父親は、明らかに俺を逃がそうとしていた』
「そうしないと、仕事に支障が出るからだ」
『そうじゃない。そうじゃないんだよ』
メインエンジンに火が入った。正面モニターが発射までのカウントダウンを始める。
「あんたが俺を作ったことには感謝してるよ。お陰で俺は、自分の仕事をすることができる。だが、家族ごっこは御免だ。確かにあんたは俺を作ったが、それは原子合成機を操作した結果だ。生物学的に言えば、俺もあんたもただのコピーなんだ」
『コピーだって共に生きることはできる。この星は資源もあるし薄い空気もある、滅多にないような住みやすい星なんだ。なあ、一緒にいてくれ。俺をもう、一人にしないでくれ』
知るか、とマイクに入らない場所で俺は呟いた。泣き言に返事をするつもりはなかった。
離陸まであと十秒。俺はぎゅっと目をつぶって、その衝撃に耐える用意をする。
轟音と振動。上から押さえつけられるような凄まじいG。
「さよなら、父さん」
呟いた声はエンジンの音にかき消されて、自分の耳にも届かない。
縦横無尽に版図を広げていくために、ロケットには決められた航路が存在しない。少し迷ってから、俺はロケットの舳先を十時の方向へ向けた。
飛び立ってから、どれだけの時間が経っただろう。
ロケットは真っ暗な宇宙空間を、塵のように漂っている。もっと速度を出すこともできるが、別に急ぐ旅でもない。
のろのろとロケットを進ませながら、俺は見るともなしに周囲に目を配っている。――ロケットに組み込まれている宙域図が正しければ、この辺りには地球があるはずだからだ。
出立の時に聞いた父の言葉を、俺は未だに覚えていた。仕事を放棄しようとした事は論外だが、「今でも地球はちゃんと存在するのか」という疑問については、確かに尤もだとも思う。
故に俺はすぐ、ロケットの進む先を地球方面に決めた。もちろん途中で都合のいい星を見つけたら、すぐにもそこに定住するつもりであったが、幸か不幸かそんな星は見当たらず、とうとうこんな所までやってきてしまった。
そろそろ地球が見えてきてもいい頃だ。青い生命の星を、俺は生まれた時から知っている。インプリンティングされた記憶のなかに、その星の素晴らしさは嫌というほど書き込まれている。
だが、見渡す限り、そんな輝きはどこにも無い。岩やガスで出来た惑星が、疎らに並んでいるだけだ。
銀河系の配列は、確かに宙域図の通りだったのだが。いつの間にか針路を間違えてしまったのか、それとも宙域図自体が不正確だったのか?
きょろきょろと辺りを見回しながら徐行運転をしているうちに、とうとうロケットは地球があるはずの座標へ辿り着いた。
そこにあったのは、青い宝石とは程遠い、荒れ果てた岩石の星であった。生命の息吹など、上から見る限りではどこにも感じられない。
だが、この出会いはひとつの幸いでもあった。地上を探るレーダーは、この星が豊富な資源を有していることを示している。大気と地表が有害物質で覆われてこそいるものの、シェルターさえ作ってしまえば十分に生存は可能だ。恒星からの距離も丁度よく、生物のいないのが逆に不思議なくらいだ。
半分がっかり、半分ほっとしながら、俺はその星へ降り立つ準備を始めた。役立たずの宙域図だけが、この星が地球であると主張し続けている。おおかた複製を重ねるうちにイカれてしまったんだろう。
これから俺はこの星に住み、クローンを作り上げて別の星へと送り出す。きちんと仕事を全うすれば、地球に残る人類は喜んでくれるだろうか。父もいつかは、わかってくれるだろうか。そうであると信じたい。
ロケットは静かに、荒廃した大地へ降りていく。
終わりのない旅の最果て 望戸 @seamoon15
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