俺の種は勝手に拡散されたらしい
篠騎シオン
俺の種は勝手に拡散されたらしい
ある日、政府関係者と名乗る男から電話があった。
電話口の声は若く、なんだか少し聞き覚えのあるような声で、俺は内心詐欺じゃないかと疑ったものだ。
しかし俺は今その男の呼び出しに応じ、あるファミリーレストランに向かっている。
俺だってそいつの話を、存在を疑わなかったわけじゃない。
電話が終わった後、男が名乗った所属先をネットで調べ、電話で存在を確認。そして本人にも変わってもらって声が同じことを確かめた。
まあ、うん。
一応確認はやったにはやったのだが、奴の話が何とも魅力的で、信じたい気持ちの方が大きかったのもあったのだ。
俺は、電話口で奴にこう言われた。
「あなたの遺伝子は人類にとって優先的に残すべきものと判断されました。詳細についてお聞きしたいのならば、私が指定する場所にいらしてください」
これは三十路で魔法使いを迎えて、もう女とかかわることはないとあきらめていた俺にとって、人生でたった唯一のハーレムへの道なのではないか!と期待に胸踊らせた。
んで、一通り疑ったけれど、詐欺と確信を得られなかった俺は、のこのこと来たわけなのですよ。
「いらっしゃいませ」
「すみません、待ち合わせなんですが」
「お名前お聞きしてもよろしいですか?」
「三上サトルです」
俺女の店員に言うと、彼女は奥のほうの席へと案内してくれる。
「お連れ様はこちらです」
その先にいたのは、サングラスをかけ、スーツをぴしりと着た例の男だった。
サングラスでおおわれていない部分からかなり若いその顔がわかる。
「こんにちは」
すぐに俺に気付いた彼は、頭を下げてくる。
「あ、どうも。こんにちは。お世話様です」
なんだかスーツをぱっちりと着こなした相手を前にすると、どうにも仕事モードが出てしまう。いかんいかん、しゃっきっとせねば。
「どうぞ、お座りください」
俺は彼に促されて、席に着く。
「ご注文は?」
席を案内してくれた店員がすかさず聞いてくるので、俺はコーヒーを一つと頼む。
目の前の彼も元はコーヒーだったと思われる液体を飲んでいたが、そこには大量の砂糖とシロップが投入されたあとが。やっぱり声と見た目通り、若くて子供舌なのかもしれない。
「さて、お話に入りましょうか」
観察していた俺だったが、彼にそう言われて居住まいをただす。
そうこれは、俺にとっての、人生でたった一度の神からの恩恵。素晴らしい時間への切符なのだ。
けれど、目の前の相手はなんだかもじもじしていて、なかなか話し出さない。急にどうした、と心配になった俺だったが、とにかくその切符を逃したくなくて、自分から話を振る。
若そうだし、性の話題に免疫がないのかもしれない。
「電話で、あなたの遺伝子は人類にとって優先的に残すべきものと判断されました、とおっしゃっていましたよね。それは、この俺に、いろんな女性と子孫を残せ、と言っているととってもいいでしょうか」
俺の言葉に、彼はこくりとうなずく。
よっしゃああああ、勝ち確だ!!
これで俺の人生バラ色。
右手とおさらば、いろんな女を選び放題だぜ。
心の中で、何度も何度もガッツポーズを決める俺。
しかし、俺のお祭りは彼の次の言葉で打ち砕かれることになる。
「実はその計画は、あなたの知らないところで、もう実行されています」
「へ?」
童貞の俺の頭に大きなハテナ。
どういうことなんだ。
ジッコウサレテイル?
「そうだよ、もう実行されてるんだ」
そう言いながら、目の前の彼はサングラスを外す。
そして、嬉しそうな表情で目元に涙を浮かべる。
見覚えのあるその目元。
俺は若いころの自分が目の前にいるような錯覚に陥る。
「会ってみたかったんだ、父さん」
その少年の顔を認識して、彼の言葉を聞いて、俺の中でハーレム生活の夢がさらさらと散っていくのを感じた。
そう、人類にとって必要なのは、俺ではなく、俺の遺伝子。
人工授精やら、体外受精やら、様々な技術が発達した現代では、そう性交渉の絶対的必要などないのだ。もちろん、倫理は別として、だが。
人類のため、という大義名分があるのならば、倫理なんて関係ないのだろう。
政府とはそういうものだ。
一瞬で理解して、その後思考が停止する。
息子と名乗る目の前の彼から様々なことが説明され、自己の思考が停止した頭に流れ込んでくる。
計画は18年ほど前から実施されていること。
彼がこの計画で生まれた最初の子供であること。
この実験で生まれた俺の子供は数百人をすでに超えているということ。
子供と母親たちが暮らす街があること。
本来俺には死ぬまで聞かされないはずの話だったこと。
彼が政府の人間となり、上と交渉して、今回の機会が持たれたこと。
「でも、俺の遺伝子なんて、どこから……」
頭に大量の情報が入ってきて、どうしようもなくなっている俺は、それだけつぶやいた。
「それは……すみません、お伝え出来ません。私もすべてを話す許可はもらっていないんです。ただあなたにこれをお伝えして、街に来る選択肢を提示する。それが私ができる限界でした。私のように最初の世代の子供たちはもうそろそろ独り立ちの時期を迎えます。父親に会ってみたいというのは、実験のことを理解している子供たちの総意。皆に会えるのは今が最後なんです」
その後俺は、ふらふらとした足取りで家へと戻った。
ハーレムだと思っていたのに、なんだこの展開は。
俺の知らないところで、俺にはたくさんの子供がいた?
確かに生物としては勝者かもしれない。
でも男が願うことってコレジャナイヨネ。
俺は相当、とにかく混乱していた。
家に帰ると、なんだかいいにおいが台所から漂ってきた。
俺の腹がぐーっと空腹を告げる。
「ただいまー」
「あ、おかえり。ご飯そろそろできるよー」
「おかえりー」
家の中から聞こえてくるのは、女の声と小さな男の子の声。
これが、俺の子供と妻であったらどれだけよかったことか。
残念ながらその正体は、シングルマザーの姉ちゃんと、俺の甥っ子だ。
その声を聞いて、やっと日常に戻ってきた気がして、頭の混乱が落ち着いてくるのを感じる。
「おにいちゃ、おかえりー」
リビングに入ると、甥っ子が抱っこのポーズをして駆け寄ってくる。
俺は彼を抱き上げて高い高いをしてあげながら、食卓へ向かう。
甥っ子は本当にかわいい。
父親を知らないのは可哀そうだが、そこは叔父である俺が父親代わりを果たそうと努力してきた。
寂しさは、感じさせなかったはずだ。
そのせいもあって、ここ数年女日照りがひどかったわけだが。
父親を知らないのが可哀そう、そのフレーズで嫌でも先ほどの話を思い出してしまう。俺の遺伝子を使って生まれた数百人の子供は、父親である俺を知らない。
俺は、彼らに会うべきなんじゃないだろうか。
いやでも、俺に父親として彼らに会う資格なんて、あるのだろうか。
知らないうちに精をとられ、自覚のなかった父親。
そんな父親でも皆本当に、会いたいと思うのだろうか。
「なあ、姉ちゃん。俺に実は、数百人も子供がいるって聞いたら驚く?」
俺は甥っ子を食卓の席につかせながら、ふと、聞いてしまう。
シングルマザーになっても、強く生きている姉ちゃんにすがりたくなったのかもしれない。この件について彼から、口留めされていなかった。
けれど。
俺は、それを聞いた事を後悔するのだった。
「あー、あんた。その話ついに聞いたんだ。そっかそっか」
「は?」
姉のあっけらかんとした反応、そしてすでに知っているような反応に俺は驚く。
今、なんて?
「いや、信じるも何も事実だし、私はずっと知ってるし」
「ちょ、待ってなんで姉ちゃんがこの話知ってるの。俺本人が知らないのに」
姉ちゃんは少し呆れた顔をして、俺の座ったテーブルの目の前に味噌汁を出してくる。
「あんたねー、数百人規模の子供ができる精をどうやって回収していると思う? 身内に協力者がいないとできないと思わない?」
「というと……?」
俺は恐る恐る尋ねる。
本能は聞いてはいけないと警告を出していたが、尋ねる言葉は口を勝手について出た。
「だーかーらー。その精は毎晩、私が回収してたってこと」
聞きたくなかった。
リアル姉が、俺のアソコから精液を回収していた?
どうやって?
いや、詳しくは知りたくないな。
というか、よく今まで俺気付かなかったな。
「あんた、一度寝ると起きないでしょー。簡単だったわよ。ていうか、うちが裕福なのって私があんたの精を政府に献上してたからだからねー。だから両親も知ってるのよ、この話。というか、うちの両親は例の街でたくさんの孫と戯れてるらしいわ」
「ちょっ、待って。理解が追い付かない」
俺があたふたとしていると、姉は最後に追い打ちをかける一言を放ってきた。
「それに、この子もあんたの子供よ。あんたに近い遺伝子である私と、あんたの子供も残したいんですって」
言いたいこと、思うことはたくさんあった。
俺の子供を産むことに抵抗はなかったのか、とか、俺は金で売られていたのか、とか、そもそもこの実験自体のことどう思っているのか、とか。
でも、ある一言で、俺のそんな細かい思考は吹き飛んだ。
「パパー」
甥っ子、もとい俺の子供が自分をパパと呼ぶ声で。
俺は、電車に乗っていた。
決心するのに数か月の時を要したが、俺の子供たちに会いに行くことにしたのだ。
車窓から流れる景色。
あの後数日たって落ち着いた俺は、姉に事の顛末を根掘り葉掘り聞きだした。
そして、お金のためというより、姉にもいろいろ拒否権がなかったことを知って、姉のことは許した。
ちなみに、自分の子供の件についてだけは拒否権があったらしく、そこはお金と興味に目がくらんだらしい。実に自分の姉らしかった。
電車が駅につき、俺は改札に向かう。
迎えが来ているらしいが、と思ってきょろきょろしていると、
「とうさーん」
と俺を呼ぶ声が。
あの時とは打って変わって、年相応の服を着た彼が俺のことを呼んでいた。
「おう」
俺は右手を挙げて、彼に駆け寄る。
俺と家族の時間が、これから始まる。
俺の種は勝手に拡散されたらしい 篠騎シオン @sion
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