考えるより簡単なこと
秋色
考えるより簡単なこと
舗道からユラユラ蜃気楼が出ている暑い午後の事だった。
「ただいま。本当に今日って暑いー。外はすごいよ。ここは盆地だから特に夏は暑いんだよね。ほら、これお土産のアイスクリーム」
「お帰り、みさと。お得意様回り、お疲れさま。アイスありがと。外も暑いだろうけど、室内も最悪よ。みんなイライラしてる。仕事の効率悪いよ、こんなだと」
「神田さん、これ社内回覧。あ、みさとちゃん、お帰り」
「あら内野君もアイスをどう?みんな暑くてイライラしてるみたいだね」
「そうなんだよ、一人以外はね」
「え、その一人って?」
「並木女史だよ。いつも涼しそうな顔してない?」
「そういやそうね。涼しそうってか感情がないみたい」
「神田さんったら言い過ぎだよ。でもそう言えば並木女史が怒ったとこって見た事ないよね。私が新人の時のすごい失敗覚えてる? 並木女史の作成したフォルダー間違って削除した時も怒らなかったもん。落ち着いて残業して、作り直したんだよ。もう神レベルだな〜って」
「そうすか、やっぱ。僕もすごい並木さんに憧れます。前の職場ではベテランレベルになると怖いおばちゃんばかりで鬱陶しかったっすよ。それに並木さんって綺麗ですよね?」
「えー! 綺麗って内野君、目が悪いんじゃない?綺麗でも可愛くもない人よ。それに何考えてるか分からないじゃない。みさとが失敗した時だって、自分だけデキる人って思われたかったのかもよ」
「言い過ぎ!」
「そうですよ。並木さんに限ってそんな事ない!」
「だって彼女の実家って知ってる? あまり善い地域でないって言うか、反社会的勢力の人も多く住んでる地域なのよね、あの辺。あら鈴木君」
「お疲れ様です。皆さん今日の会議の出席、大丈夫ですか? ところで何か物騒な話でも? 反社会的勢力って何の事ですか?」
同じ日のオフィスの庶務課で。
「ねえ知ってる? 営業部の並木さんって、実家が反社会的勢力の家らしいのよ。意外よね」
「それ本当? 信じられん。でもその話アヤシくない? ただの噂でしょ」
「でも鈴木君も知ってるし、同じ営業部の神田さんがそう言っているくらいなのよ」
「並木さんの出てる学校知ってるけど、結構なお嬢様学校よ」
「え、ウブね。案外そういう反社会的なんが自分の娘をお嬢様学校に入れたりするものよ」
「そういうもん?」
その日も前日に増して温度計は上昇していた。
「そう言えば前にいた係長も彼女の事すごい嫌ってたよね」
「神田さんったらまたその話題? あれは係長が並木女史を好きで誘おうとしたのに、冷たくされたから恨まれたって話じゃ?」
「好きだった人の事をそんなに悪く言うかしら? やっぱ何か余程の事があったのよ。それに前のチーフも彼女の事嫌ってたじゃない?」
「もぉ! 神田さん! 昨日からその話題ばっかり。他の課の人にも話したでしょ? 庶務課に行った時に聞かれたんだから。あのチーフなら超根性悪だったじゃん。あのオバちゃん私の悪口もさんざん言ってたんだよ」
「いや、私はみさとみたいな若いコに悪い影響があったらいけないから言ってあげてるのよ」
夕暮れ時の駅のホームでみさとは会社の同僚に話しかけられた。
「あら、みさと。ねえねえ、あんたの部署の並木さんって昔スケバンだったって本当なの?」
「知らないよー」
「あれ、前に同じ部署だった友達のSNSにアップされてたのよ。そして今はヤクザの情婦だって」
「はぁ?」
その夜。。。
「わあ叔父さん、久し振りやね。だいぶお父さんと飲んだんでしょ? 顔が真赤よ。でも縁側で独りで物思いにふけってどうしたの?」
「ああ、みさとちゃん。何もないよ。夏も終わりに近付くと虫の音が聞こえてくるけん心地いいんよ」
「虫かぁ。叔父さんらしいね。私は虫が苦手なのに」
「みさとちゃんこそどうしたんね? 何か元気なか感じやねー」
「え!分かる? 何かね、今、会社の人のSNSで人の悪口がインフルエンザみたい流行っとるんよ。それも虫も殺さないような人だから、尚の事衝撃なの」
「みさとはどうなん? どう思っとる?」
「正直分からんの。叔父さんは人生経験豊富やろ? お店してるし、色んな人と付き合いがある。こんな時どうしたらいいのかな」
「誰も何にも真実なんか分かっとらん。自分が信じたい事を言うとるだけっちゃ。それで言われとる本人は何て? 自分の味方になれと言うとるん?」
「ううん、ただ元気ないんよ、最近」
「残酷やね、人っちゅうんは。SF…?」
「SNSよ。ネットやけん」
「そんなもんでほんとの事は分からん。話したり、その人の行動を見んと分からんけんね、人は。話しかけてみ。考えるより感じろっち言うやろ?」
「言うやろって、それ叔父さんの好きなブルース・リーのセリフやろ? もぉ! でも、そうやね。元気出てきた。さすが叔父さんはただの男前と違うね!」
「叔父さんにはああ言ったけど、何て話しかけようかな…」
「そんな話しかけたいんなら出身の事聞いてみなよ」
「神田さん、それは失礼に当たらないかな?」
「ほら来たわよ」
「ねぇ並木先輩、先輩ってどちらの出身なんですか?あまり訛りがないから。この辺ではないのかなって」
「私、生まれたのはノルウェーのオスロなの。祖父がノルウェーの人で。ここに比べると過ごしやすいけど一年中寒い位なの」
ビルの裏手の公園から子ども達の笑い声が聞こえていた。噴水にペットボトルをかざし小さな虹を作って遊んでいる子ども達の…。
考えるより簡単なこと 秋色 @autumn-hue
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