第20話 会談


 会談には、当たり前のようにウェインが行くのかと思いきや、いつの間にかルパサルに到着していたらしいリツが席についていた。そちらの方が当然といえばそうだが、啓太には隣に座る皇天の孫にしか見えなかった。


 久しぶりに会ったイルの国王は、こちらを見つけると嬉しそうに微笑んだ。1年間イル王国で暮らした啓太としては、そんな笑顔を見ると相好を緩めずにいられなかった。

 懐かしい気分が心地よい。


 就任したばかりの法帝は、国内も整っていないためか、ギリギリまで側近と資料をやり取りして指示をしていた。


 初めて見かける皇国の皇天は医療皇国と称される国の王にしては、体格もよく屈強そうだ。武人と呼ぶにふさわしい。

 医療の学びはすべからく、というお国柄でありながら、背には大剣を背負い、席についてからもそれを側近に持たせたまま後ろに立たせていたため、共和国の最高議長がぼやっと座っている姿が、何故か啓太を和ませてくれた。


 ルパサル名産の昆布茶のようなものが配られ、首脳会談がスタートした。


 「4カ国会の資料を見たが、過去には数多の種族が居たことは間違いないらしい。大多数は淘汰されたが、キュベレーはその生き残りだろう」


 初めに皇天が先導した。側近に4ページです、と国王が耳打ちされパラパラと配布されていた紙をめくった。

 洋介も4ページを開いた。何度も目を通した資料なので、内容は覚えている。


 他の種族などが、迫害されたかどうかはわからない。だが、数多の種族が居て、彼らは数も少なく、人と交わったり小さな集落が魔物に襲われる中で途絶えたと思われる。


 そのような事がつらつらと書かれている。


「迫害は真実でしょうね。キュベレーは二千年も生きるんですから、寿命が遥かに短い人の歴史にはないのが当然ね。一世代でも、ガラリと変わるもの」


 綾は恐らく、このような場には慣れている。アスリリーリャとしての発言権を強めるために、啓太にも国王たちを目下にして話せと言って念押しされた。実際に、アスリリーリャは神使なのでそうではあるが。


「戦意がないことを見せるのは?」


 啓太が発言したことにより、皆が視線を向けた。それにうっ、とたじろぎながらも続ける。


「グランドウォールから撤退するとか、壁を壊すとかして、とにかく謝らないと」


 ざわっ、と側近からどよめきが起きた。矢継ぎ早に魔族が怖いだの魔物が怖いだの、法国や共和国がそうであったように、数でこられては太刀打ちできないのではないかと、彼らはヒソヒソと声を上げた。首脳会談である事をすっかり忘れているようだった。


「グランドウォールを通らなくても、移動する術を彼らは知っているのかもしれないね。今までのように悠揚として迫らざるようでは、キュベレーに滅ぼされる事だろう。私は取り払う事には賛成する」


 リツがにこやかにそう言うと、側近らはシンと静まり返った。彼は満足気に1人頷く。


「報告によると、ダンジョンの深くにキュベレーがいたそうだし、グランドウォールでの恒例的な戦いは単なる戦力の下調べか、もしくは人がキュベレーを忘れないようにか、いずれにせよ移動手段があるのは間違いない。そうなるとグランドウォールにあまり意味はない」


「それよりもアーチだ! ダンジョンアーチを破壊すべきだ!」


 共和国の最高議長は、声高に主張した。法国はそれに同調したいように思えたが、残る2カ国の出方を待ち、沈黙した。

 王国と皇国はありえないとそれを拒否する。ダンジョンも生活に必要なものであり、メーカーも薬もそれ無しには作れないのだ。


 そんなことよりも生き残ることが優先と、共和国が主張すればするほど、孤立した。


「キュベレーと話し合いの場を作ることの方が必要だろ!? なんでわからないんだよ」


 進まぬ話に苛立つ啓太を、綾が落ち着いて、と制した。


「ギルドはどう考えるの?」


 綾の問いにコクリと頷いたリツは、「各国の決定に従います」と述べた。まさかの回答にひどくがっかりし、落胆を隠せずにいるとリツはこうも続ける。


「あくまでギルドは、むやみにダンジョンへ人が入って死ぬのを防ぐために出入りを管理しているにすぎない。ダンジョンはギルドのものと言うわけでもないし、どの国の機関でもないこちらの意見だけで諸国を危険には晒せない。各国がダンジョンを必要としないのであれば、ギルドとしてはそれに従う。まあ、破壊できるかどうかは、別の問題ですがね」


「ギルドの仕事がなくなりますな、大丈夫ですか?ギルド員を多く抱えていますが、彼らが仕事にあぶれて無体を働くようなことがあれば……」


 最高議長がなぜ解任騒ぎを立てられているのか、納得した。ギルド本部を擁する国でありながら、恩恵のみ受けて理解がないのだ。


「ギルドの今後まではあなた方に考えていただく必要はない」


 冷ややかな笑みを浮かべて、リツは冷たくそう言った。解任間際のあなたには関係ないですよ、とでも言っているように。

 現にダンジョン外での依頼も多く、ダンジョンには入れないからといって、ギルドがなくなることは考えにくい。もちろん痛手ではあるが、取引する諸国がなくなってはギルドも意味がないだろう。


「アーチを破壊したところで、本当に魔族は行き来できなくなるのか確証もないわ。無駄に終わるなら、アーチの破壊は現実的ではない。こちらにはない、そうね……ワープできる魔法なんかを向こうは利用している可能性が高いわ。法国でも共和国でも誰にも目撃されずピンポイントで首都に現れたんだもの、あんな軍勢がアーチから出てきたとは考えにくいのよ。彼らは何かしらの移動手段を持っているとするのが妥当ね」


 昂然とした綾の態度に誰もがなるほど、と頷きかけたが、啓太はそこに水を打った。


「ダンジョンで寛人たちを見たのはなんで!」

「彼らの方が魔物やダンジョンに知識があるのは当然なんだから、もちろん目的のために居たに過ぎないんじゃない?」


「キュベレーたちが二千年生きるというなら、王国の歴史より前のことも知っているのだろう。彼らの目的のために必要なにかがあったのかもしれないね」


 リツが優しくそう言った。もちろん憶測で、何をするために居たのかわからないが、間違いなく戦争のために必要な事であり、アーチで隔てられてはいるが、あれも一種の転移魔法。もしかするとキュベレーにとってダンジョンはとても近いものなのかもしれない。

 魔物という脅威を取り払えば、ダンジョンは宝の山なのだから。


「しかしながら次は……皇国か王国の首都を狙ってくるだろう。目的が復讐であるのならば話し合いを持ってもらえるとは考えにくい。どうしたものか」


 国王が苦々しく眉間を寄せ言った。それに弾かれたように反応したのは最高議長だった。


「アスリリーリャの声ならば、アスリリーリャに届くのでは?」


 名案だ、と主張する彼に、法帝は不愉快さを隠しきれずに顔を歪めている。


「アスリリーリャだけにグランドウォールを越えさせるのか?」


 無茶苦茶な事を、とため息をついたが、啓太は首を縦にした。


「行きます」


 咎めるような綾の視線に射抜かれながらも「むこうのアスリリーリャは友人です」と付け加えた。


「しかし前回の邂逅でことごとく敵とみなされたのでは?」


 心配そうな国王は、子供をあやすように優しく言った。綾にもその気持ちはわかる。無茶な事を啓太が言っているのだから。


「国王様たちから降伏する言われたと先に伝えます」

「降伏と言うと、向こうの条件を全て飲まなくてはならないのでは?啓太様はどう落とし所を決めるつもりですか?」


 重い、皇天の言葉はとても重い。全くこちらを信じておらず、ウチに迷惑をかけるなよと言われているように思えた。


「はっ……国民が殺され街を破壊されてしまうよりずっとマシなのでは? 法国も共和国も多くの国民を失いました。明日の生活すら立ち行かないものばかりです」


 最高議長の物言いは至極不愉快だったが、内容に同意はできた。解任が決まっていても、この場ではまだゴルドバム共和国の長であろうとしている。

 その言葉を打ち消すように、法帝が口を開く。


「しかし魔物の軍勢の中にアスリリーリャだけと言うのは……殺されたら我々には成すすべもない。首都の襲撃を見るに、それは凄惨なものだった。今更話し合いが通るとは思えない。いくら彼らが神の使いだとしても、とても委ねられる事ではない」


「だから降伏するしかないでしょう」


 最高議長は頭に血が上っている。カッカしながら身を乗り出すが、皇天の冷たい言葉に一蹴される。


「降伏して無条件に殺されない保証はない」


 最高議長はそう言われ、ぐぅっと押し黙り再び椅子吸い込まれるようにして座り直した。


「しかし迎え撃つとなると本格的な戦争になる」


 国王の言葉に、皇天はフンと鼻を鳴らした。


「戦争ですよ、すでに。迎え撃つのも構わない。我が国の治癒術師たちと王国の魔術師たちがいれば兵力は十分では?」


「あれは……戦争なんてものではない、天災だ。無差別に破壊し尽くし、魔物が牙を剥き大軍でやってきて、恐怖を叩きつけ去ってゆく! 我が国は兵力の大半を使えぬままその暴挙を許してしまった。まともにやりあっても意味があるかどうか怪しい! 我が国は全面降伏の構えだ。僅かでもそこに望みがあるかもしれない……しかしアスリリーリャを使者に立てるというのは同意しかねる」


 法帝の言葉にだんだんと熱がこもる。

 無理もないだろう、聖騎士団は建物から出る事も出来ず、見ているしかなかったのだ。命が奪われていくその時を。


「我が国も降伏しますよ。ですがアスリリーリャを使者にする事に手を挙げます。兵士も多くが死にました。もう迎え撃つような事も出来ません」


 共和国の主張もまた、襲われた側として出したものだ。戦争などと生易しいものではない、大挙してやってくる魔物は、何もかも手当たり次第に刈り取ってしまうのだから。


「我が国は戦う。現に首都ではすでに迎撃体制が整っている」


 皇天はドンと机に拳を落とした。それにビクッと体を強張らせたのは最高議長だけだ。


「もちろん防衛の準備は王国でもしているが……」


 国王が国防について話そうとしたが、唐突に響いた重く大きな鳴き声に、皆がハッと外を見た。

グァアアアア!と地面が震えるようなこの声は、ドラゴンだ。その鳴き声によって全てが遮られた。

 皇天は迷わず大剣を側近から引っ掴み、外へ駆け出す。やや遅れて啓太と綾が追いかけ、リツはウェインに目配せすると、彼もまた先頭を追いかけた。


「なに!だれ!」


 焦る啓太に、綾は「早く!」と急かし外へ飛び出した。ザッと広がった青い空と海。潮の香りがいっぺんに鼻腔を支配する。そしてその空には、ドラゴン、その背に跨るキュベレーがいた。

 改めて近くでみると、その翼を持つ姿は美しいものだった。人とは違う異質さを孕む瞳は、誰に目をくれる事もなく啓太を見つめ返す。

 悠々と浮かんでいるように見えるドラゴンは大きな翼を動かす事もなく、本当にそこに浮かんでいた。こちらを見ているようで、そうではない。気にも留めていないようだ。背に乗るキュベレーは女性で、褐色の肌は夏の気候であるルパサルに似合いだった。

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アスリリーリャ〜神の使いはチートも赦されていますから〜 いんなみさんとこのおくさん @innamisan

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