拡散する種

あんどこいぢ

拡散する種

 四星系共同ステーション〇〇五の展望デッキを巡りながら、英正文化大SF研の元会長、和田天陽は思った。SF者を自称しながら、我が人生、自身の母星の宇宙ステーションに上がってくることさえ稀なんだな……。眼下のその星はやはり青かった。

 ステーション最上部の半円が展望デッキ、そして残りの半円がバーの展望席になっていた。そのバーでイレギュラーな形ながら、久しぶりのSF研のOB会だ。

 待ち合わせ相手はすでに来ていた。大学では学年も一緒だった、大野真子。カウンター席の中央やや右手。嬉しいことに、ワインレッドのドレス姿だ。だがそのほかの面子はいない。彼女を含め、同期の会員の女性二人が揃って宇宙生活者になってしまったため、多くの男性会員たちがOB会に集まる誘因を失ってしまったのだ。

 天陽個人は今夜の席を、久しぶりのOB会だと位置づけているのだが、はたして真子のほうは?

 互いにヨオッと声をかけ合う。彼女は昔からそんなさばさばした性格だった、はずなのだが……。彼女が宇宙へと飛び立った理由。それはある男を追いかけてのことなのだった。つまりこの男勝りの表情の奥に、日系人の伝統歌謡、演歌に観られるような女のドロドロを抱えているわけだ。

 そんなことをちらほら考えながら、彼女の左にかける。

「植民地での重婚について調べて来いって話だったけど……」

「ええ。大抵のファイルはネットに上がってるんだけど、この星での判例ってことになると、スターシップからの検索じゃヒット数が少ないなって気がしたから……。ごめん。めんど臭いこと頼んじゃって……」

「いや、卒論書いてた頃思い出して、なんか愉しかったよ。学生当時はなんでいまどき、紙媒体のファイルにする必要があるんだなんて腹が立ってたけどね。電子化されてない修論レベルのもんまで読んで、やっぱ愉しいなって……」

 いわゆるウラシマ効果のために、天陽のほうだけグッと老けて見える。むろん外見上はしっかり補正されていて、真子の眼尻の小皺のほうが、逆に目立っているようなところもあるのだが……。

 できるだけ会話を引き伸ばしたかった。彼は一旦近況報告的なほうへ、話をもどしてみる。

「外に係留されてるあの船、あの白いのがマコちゃんの船なの?」

 背後の展望窓のほうへ顎をしゃくるのだが、そこに見えるのは故郷の星の青だけ。それでも、真子の応えは──。

「ええ、スペース・クルーザー・クラスでね。佐那ちゃんにはブルジョワ的だなんていわれちゃうんだけど──」

「佐那ちゃん? よく会ってんの?」

「ええまあ、二人とも、ステーション五〇〇辺りから先の巡回補給ミッションに就いてるから、互いのスケジュールをちょこちょこっとやり繰りしてね」

 オーダーを取りに来たグラマーなバーテンダーには、とりあえずビールを頼んでおいた。

 酔いが回る前に本題を済ませなければならない。近況報告はもう終わりだ。

「まず重婚制の主星域での法的拘束力についてだけど、やっぱ有名無実っていったとこだね。遺産問題が生じた際の法定相続分についてはもともと厳しく制限されてたわけだけど、実際裁判になったケースじゃ、それさえ認められてないって感じだ」

「相続問題じゃそんなとこでしょうね」

「ほかにも非嫡出子への差別に似た問題が復活しててね。さらにマズいことに、重婚地域でももう二世世代が結婚年齢に達してて、そうしたカップルの片ほうが主星系に出て来てそこでまた結婚すると、こっちの関係者のほうがやっぱ優遇されちゃうんだよ。ほら、我が母校みたいなDランク校にも、植民惑星からの留学生、いたろ? ああいった辺りでいろいろ悲惨なケースが発生してるらしいんだよな。ところでどうして? マコちゃんまさか……。なんでもそういう話に持ってちゃうっていわれちゃうけど、やっぱこれって、帝国主義的状況なんじゃない? そんなのに乗っちゃうのって、やっぱマズいよ」

「とはいえこれって、選択肢が拡がってるって話でもあるんじゃない? 自由の意識における進歩……」

 当然沈黙が落ちる。やがて真子が深い溜め息を吐き、その俯いた姿勢のまま、話し出した。

「現地ではね、単なる重婚だけじゃなくて、パートナー紹介枠なんてもんまであんのよ。成婚したカップル同士が、もう二、三枚頂戴なんていって、自分が管理してるデバイスに空の婚姻届けのファイル、送信してもらうの。一応共同政府の通し番号が入ってるファイルよ。でもそこからの政府の対応がマズかったんだな。パートナー紹介枠の送信は信頼できるパートナーに限りましょう、なんてアナウンスしちゃったもんだから、その枠もらえないようなパートナーはあまり信用されてないんだなって、そんな話にもなっちゃうわけ……」

 そうした背景もあり、真子と天陽との共通の友人である安部博己発の婚姻届けファイルが、彼女が管理するプレート型端末の一つにダウンロードされてしまっているのだ。タイクーンという船のチハル・エノモト船長から送ってもらったものだ。博己と競うかのように曖昧領域の探査に入れ上げている女だ。

 博己はサークルでは少々浮いた存在だった。そしていま、天陽は苦虫を噛み潰したような顔をしている。いやその表情だけでなく、小さい、だが吐き捨てるような声で、

「そりぁ結婚なんてもんじゃない。ねずみ講だよ」

 などといった。博己の婚姻届けのことは、彼には話さないほうがよさそうだった。

 ふと真子は胸中で、天陽にむかって博己の弁護を始めてしまう。

 安部君って押しに弱いとこがあるから、相手に紹介枠頂戴なんていわれたらさ、きっと断り切れないんだよ。

 そのためだろうか? いまフロンティアでは博己発の婚姻届けが、相当大量に出回っているのだ。

 そして、噂は噂を呼ぶ。

 こいつ、絶倫だな!

 その沈黙を破ったのは天陽のほうだった。

「俺の卒論、憶えてる? ヒト型インターフェイスの法的地位に関する一考察。ああいったテーマは当時、女子学生のほうが盛り上がってたもんだったけど、君たち二人は、完全スルーしてたね」

 二人というのは真子本人と、先述の佐那のことなのだろう。彼は続ける。

「でもほら、俺たちの飲み会に安部の船のあれがやって来たとき、二人とも突然色めき立っちゃってさ──」

「べつにそんなこと──」

 とっさに真子はそういったが、あとの言葉が続かなかった。天陽は彼女をちら見し、そしてビールで喉を潤す。

「とにかく学生時代が懐かしくてさ、あのテーマもまた調べてみたんだよ。二人ともあのコのこれ見よがしな巨乳にいきり立っちゃってるみたいだったけど、もともとあのゲノム提供した女性は、特にグラマーってわけじゃなかったんだって。ミリー・タイプっていうんだけどね、それがそのゲノム提供者の名前なのかどうかは、はっきりしないんだ。でも結局引き籠もり傾向の男たちのセックスボットとして発展して行ったわけ。人類太陽系時代からのデファクトスタンダードだったらしいんだけど、とにかく数が多かったんだよ。そして現在宇宙開発分野でもデファクトスタンダードになっちゃってる……。安部の奴もべつに、特にあのタイプに拘ってたってわけじゃないんじゃないかな? むしろ逆に、下宿先に初めからあった冷蔵庫みたいなもんだったんだよ」

 そういえば真子たちの船のヒト型インターフェイスも、あれと同型だった。

 だが真子の場合、あれを選んだのは偶然ではない。むろん船選びのほうを優先し、天陽がいったようにそれは下宿先に初めからあった冷蔵庫に過ぎなかったのだが、正直、苛めてやろうという気持ちはあった。天陽はこの話をどこへ持って行くつもりなのだろう?

「よく考えてみるとちょっと怖い話だよな。彼女たちって少なくとも、基本的には双子の姉妹なんだぜ? だからって共通の利害を持ってるとは限らないけど、でも……。さっき青臭いこといっちゃったけどさ、こっちの話に関しては、そうそう単純にはなれないなって感じなんだよ」

 ちょうどグラマーなバーテンダーが、追加のオーダーを取りに来た。天陽は「うん、今度は烏龍ハイでももらおっかな」などといったあと、続けて──。

「ところで君、ミリー・タイプだよね? アンドロイドなの?」

 真子は一瞬凍りついた。もしも彼女が普通のヒトだったら、こんな失礼な話はない。もっとも、ヒトではなかったら?

 真子の不安は杞憂に終わった。そのバーテンダーはニコッと微笑み──。

「いえ、このステーションのコンピューター接続の、ヒト型インターフェイスです。自律はしていません」

「でも意外と個性的に見えるけど──」

「ええ、私たち、ステーションのコンピューターに一括管理されているからこそ、それぞれ違った性格を割り振られているんです。決してキャラが被ることはありません」

 天陽はなぜかしつこい。まあ観てろよ、というように真子のほうをちら見しながら、さらに食い下がって行く。

「いやいや君は、個性的だよ。ちょっと男勝りかな?」

「そうですか? それではお客様、リダ株ってご存じでしょうか?」

「リダ株?」

「はい。ミリー・タイプをベースにリダ星系で開発されたアンドロイド・ベースで、あの星系は宇宙開発が盛んなので、筋力ですとか、宇宙線被爆等を想定しての各種の抵抗力ですとかが強化されているんです」

「君はそのリダ株の一体ってわけ?」

「はい。以前はフロンティアで機能していました。私に男勝りなところがあるのだとしたら、それはおそらく、その辺りが理由なのでしょう」

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