すさびる。『だから、鳥も綿毛も蜘蛛も、空を飛ぶ』
晴羽照尊
だから、鳥も綿毛も蜘蛛も、空を飛ぶ
「まだあったのか」
道端に咲くタンポポなんて、とうに見られなくなっていた。このあたりもあのころとは、なにもかも違う。
俺はしゃがみこんで、手を合わせる。特別な感慨はないが、今日は特別だ。今日くらいはしぶとく生き残った生物に敬意を払ってもいい気分だった。
生物は誰もみな、強い。弱肉強食、周りはすべて敵だらけのこの星で、個々に進化を遂げ、生き残るすべを――システムを構築し続けた。はたして俺は、いや、人類は、そこまで貪欲に『種の繁栄』に邁進しただろうか。
鮭やヌーは、食べるために遥かなる旅をする。逆に自身が外敵に食べられないために、自然に擬態し逃れる、動物や昆虫もいる。
生態ピラミッド。そんなものを小さいころ、学んだ覚えがある。細菌やバクテリアに始まり、植物が繁殖、それを食べる草食動物や昆虫、それを食べる肉食動物。そしてピラミッドの頂点に立つ、人類。
はたして我々は頂点に立つ種として、ちゃんとやれていただろうか。考えるほど、首肯できなくなる。俺たちはいったいなにをしてきた?
幾多の生物を絶滅にまで追いやる過剰な乱獲。森林地帯を砂漠に変えるほどの伐採。山を切り崩し、汚水を垂れ流し、星全体という大規模な気候変動までもたらした。
だが、そんな愚かな人類も、変わらなかったわけじゃない。自分たちを生み、育ててくれたこの星を、慈しめるようになった。だけど俺は、そんなものは嘘だと思っている。
この星には、生存戦略として、他の生物に寄生する種が数多く住んでいる。
ロイコクロリディウムはカタツムリに寄生し、カタツムリの行動を操作する。それはカタツムリを鳥に食べさせるためで、ロイコクロリディウムはその鳥の体内で産卵する。そして、それを糞とともに排出させることで、より広範な世界へと分布を広げる。トキソプラズマも似たようなものだ。あの有名な猫とネズミのアニメに登場するネズミは、きっとトキソプラズマ感染者である。
ハリガネムシは昆虫を入水自殺させる。冬虫夏草の一種に、アリに寄生し繁殖するものもいる。
あるデータによれば、生物全体の四割が寄生を行っているという。こんなとき、『俺たちだけは大丈夫だ』などと根拠のないことを考えるのが人類だ。だから人類は『人体の九割が細菌でできている』と知っても、『どうせ思考や理性、感覚などの精神的な部分は、自ら行っている』と高をくくった。そんな傲慢な奴らに俺が言える言葉は「世の中知らねえほうがいいこともある」といったところか。
「い、いたああぁぁ!」
土煙を上げながら、そいつは俺の前を通過した。静かに揺蕩い、それはタンポポの上に舞う。
「ぬぅわにをやっとるかああぁぁ!」
俺がしゃがみこんでいたのが悪かった。脳天に拳骨を食らったのなどガキのころ以来だ。
「あ・と・一・時・間!」
「わあってるよ」
やれやれ。と、俺は立ち上がる。足腰が痛い。いったいどれだけ思惑にふけっていたのだろう。
「わあってない! 取り残されたらどうするの!?」
「あー、それは考えてなかった」
いらんことばかり考えて、自分のことは考えていなかった。しっかりしやがれ、俺のマイクロバイオータ。
「とにかく走って! まだぜんぜん間に合うけど! 遅れたら死ぬからね!」
「わあってるよ」
大袈裟だな。という言葉を、すんでで飲み込んだ。
そうだ、今度こそ、乗り遅れたら死ぬ。この星に残った最後の人類、八千万人が今日、この星を発つ。本当はまだ数年、大丈夫だったはずだが、まさかの隕石接近中だそうだ。
俺たちは星を慈しむ心を授かった。だが、それに目覚めたときにはもう、この星は瀕死の状態だった。じわじわと星は腐敗し、生物が住める環境ではなくなっていった。
走りながら、空を見上げる。この星で見る、最後の空を。だが、それで得られた感情は、自分自身や人類、あるいはこの星で生まれた多くの生物たちに対してではなく、この星自身のことだった。
もしかしたら、俺たちはこの星に寄生して生存してきた細菌のようなものではないだろうか。人類はこの星で生まれ、生存範囲を広げるため、多くの資源を食い尽くした。それらすべてをたいらげ、これからは別の星で生きていく。種の存続のために、この星を利用したのではないか。
だとしても、これが弱肉強食の世界だ。悪いとは思わない。だが、最後に本当に、心の底から、この星に感謝を告げたい。
「ありがとうな」
はてさて、この感情は、本当に俺自身から生まれたものだろうか。もう、なにが本当かなんて解らない。俺が本当に、俺なのかも。
「いいから走りなさい!」
前を走る、星ではない生物が答えた。
すさびる。『だから、鳥も綿毛も蜘蛛も、空を飛ぶ』 晴羽照尊 @ulumnaff
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