終幕

「う……ぐぅ……ぬあああああああああああああ!」

 フェムトは全身の穴という穴から体液を撒き散らしながら、肉体が四散するという悪夢にうなされ目を覚ます。

 ガバッと飛び起きようとした所を、トワに額を指で抑え付けられ強引に再び寝かされる。

 後頭部には柔らかく温かい感触がある。目の前には思わず見惚みほれるトワの顔。

 フェムトはトワに膝枕をされていた。

 何度か起き上がろうとしたが、何故かトワに邪魔されるのでそのままの姿勢でトワに尋ねる。

「お前、俺に変な事してねぇだろうな?」

「何の事じゃ?」

「体から汁出しながら死ぬっつーとんでもない悪夢を見たんだが……」

「おお、それは夢じゃのうて実際にお主が体験した事じゃ」

 しれっと言うトワ。

「あ……あ……ああああああああ!」

 そう言われて思い出したフェムト。トワに掛けられた呪いで、体の穴という穴から体液を撒き散らしながら死んだのだった。

「って、生きてんじゃねぇか!」

「そりゃ儂が生き返らせておいたからのう」

 ナキアヅカを成敗した後、持ち帰ったフェムトだった肉塊ものをこねこねしてあっという間に生き返らせていた。

「具合はどうかの?」

 そう言うと、やっと起きる許可が下りたらしく、強制膝枕から解放される。

 フェムトは立ち上がると全身を順番に動かしてみる。特にこれという違和感はない。むしろ以前より調子が良い様に感じる。

「うむ。良い様じゃの」

 その様子を見たトワは満足気な笑みを浮かべる。

 とそこでフェムトは、今自分たちが居る場所に見覚えがある事に気付く。

「ここは……」

「儂とお主が運命の出会いを果たした場所じゃ」

「いや、そんな大層なモンじゃねぇわ。むしろ俺の悪夢の始まりじゃねぇか」

「全く忌々いまいましい場所だ」

 ユノがそう言いながら小屋の中から茶を持って出て来る。

 そう、ここはフェムトが店主を務めていた茶屋である。

 トワはユノから茶を受け取り、ズズっと一口啜る。

「ふむ。美味いが……これはフェムトの方が数段上じゃのう」

 と率直な感想を述べる。

「なっ……!?」

 愕然とした表情を浮かべたかと思うと、ギロリとフェムトを睨み付ける。余りの鋭い殺気と眼光に、身を斬り裂かれる思いのするフェムト。

「ハッ! これだから脳筋女は……。美味い茶の一つも淹れられねぇとわな!」

 そんな内心などおくびにも出さず、反射の様にここぞとばかりにユノを煽る。

 仮にも茶屋として商売する以上、フェムトの淹れる茶は一級品で、ユノの茶がそれに劣るのは当然の事であるのだが、そんな事情は二人には関係がない様だった。

 しばし睨み合う二人だったが、今は他に気になる事があるのでテキトウな所で切り上げる。

「で、結局あの後ってか一体全体何がどうなったんだ?」

「私も気になります!」

 トワに事の顛末てんまつを尋ねると、トワはまた一口茶を啜り口を開く。

「別段どう……と言う事もないのじゃ。支配されたフリして揶揄からかった後にスパっと斬っておしまいじゃ」

 手で首をスパっと斬る動作をしてみせる。

「では、これであの忌々しい呪印の元は絶たれたのですね」

「ああ、そういやぁそれが目的だって言ってたな。暴走すると世界がやばいとか何とか」

「ん? 何の事じゃ?」

 何を言っとるんじゃこ奴らはと、ありありと顔に出して首をかしげる。

「ん?」「ええ?」

 その反応に疑問符を浮かべるフェムトとユノ。何かが噛み合ってないと気付く。

「ではトワ様は何をしにあそこへ……?」

 恐る恐る問うユノ。

「?? 儂の目的は最初からただの暇つぶしじゃが? ……ああ! ああ、ああ……。あーすまんのう……あれは嘘じゃ! あの程度の物、何時何処でどうなろうと『ぐしゃでぽい』じゃ」

 カッカッカッと明後日の方を向きながら誤魔化す様に笑うトワ。

「てめぇ……」

 ガシっとフェムトはトワの顔を両手で掴むと、無理矢理自分の方を向かせる。トワはそれに逆らう事無く、成すがままにされている。

「てめぇの目的なんざぁ俺はどうだっていい。ただなぁ、暇つぶしの為にあんなおぞましい目に合わされちゃあ堪ったもんじゃねぇ! そもそも! 俺の事は殺さねぇし殺させねぇんじゃなかったのか! 約束が違う!」

「お主は不幸な呪いで死んだのであって、殺しておらんし殺されておらんからせーふじゃろ?」

「セーフじゃねぇわ! こっちは死んでんだぞ!」

「今は生きとるじゃろ」

「そういう問題じゃねぇ!」

 死んだときの事をまた思い出したのか、フェムトは悪寒に全身を震わせる。

「分かった分かったのじゃ。では詫びに一つお主の言う事を『何でも』聞いてやるのじゃ」

「ちょ! トワ様!」

「二言はねぇな!」

「当然じゃ」

「…………(下種げすな命令をしおったら即座に斬る!)」

「今から永劫のどれ……ぎゃーっ!」

 ズバっと一切の躊躇なく振るわれたユノの剣により、フェムトが断末魔の叫びを上げる。

 それをくっ付け何事も無かったかの様に死の淵から蘇らせるトワ。

「ふむ。歳暮の御礼じゃな。楽しみにしておるのじゃな」

 しれっとした顔でちゃっかり聞き間違えるトワ。

「はあ? そんなんが通用すると──んぐっ!」

 なおも言い募ろうとするフェムトの口を、己の口で物理的に塞ぐトワ。「んー! んー!」と何やら叫んでいるが、口を塞がれている為声にならない。ジタバタ暴れて見るものの、トワにしっかり掴まれてしまっている為逃れる事は不可能である。

 その様子を血涙けつるいでも流しそうな形相ぎょうそうで見つめるユノ。フェムトをまたぶった斬りたい所だが、トワからの行為の為に邪魔するのもはばかられる、というのがユノの心境であった。

 フェムトが大人しくなる──色々と諦めるまで口付けを続け、堪能した所でトワはフェムトを解放してやる。解放されたフェムトは気力を吸い取られ、もう言い返す元気もない。

「トワ様はこれから何処へ向かわれる予定でしょうか?」

「さて、特に予定はないのう。お主は何かあるのかの?」

「私は奪われた聖剣を取り戻しに、ヒラキを探そうかと思っておりますが……」

「おー行け行け、さっさとどっか行っちまえ」

「そこの害虫を駆除しない事には、おちおち聖剣探しに行くことも出来ません」

 ギロリと睨むユノに対し、そっぽを向いてシカトするフェムト。

「なら、儂もあの小僧を探すのに付き合うとするのじゃ。それなら良かろ?」

「是非!」

「ケッ! 俺は御免だね!」

「まあお主は強制連行な訳じゃが」

「人でなしかっ!?」

「クックッ。その通り! 遥か昔から人でなくなっておるのじゃ!」

「流石トワ様! 一本取ってやりましたね!」

「うぜぇ……」

 まあそんなこったろうよ。と薄々気付いていたフェムトは、予想が的中しがっくりと肩を落としていた。ああ、平凡で平和だった盗賊稼業が懐かしい……。僅か数日前の事なのに、遥か昔の事の様だと。

「で? ヒラキの野郎の行先に当てはあんのか?」

「全くなのじゃ」

「サッパリだな」

 トワ、ユノ、二人揃って役立たず。

「駄目じゃねぇか……。そうだ! お前がその、神様的なチカラで──」

「それでは面白うないじゃろ?」

 フェムトの言葉を遮ってトワは否定する。

「じゃあどうすんだよ」

「テキトウじゃテキトウ。その内何処かでばったり出くわすじゃろ。何なら向こうから来るかもしれんしの」

「流石トワ様! 御明察ですね!」

「何でもよいしょすりゃあ良いってもんじゃねぇぞ!」

「取り敢えず北に行ってみるとするのじゃ!」

 立ち上がりスチャっと北を指さすトワに、フェムトは冷ややかな視線を投げかける。

「ほう。その心は?」

「魚が美味いと評判の町があると聞いての。元々、その町に行く道中だったのじゃ!」

「流石トワ様! 是非そう致しましょう!」

「へいへい……。もう好きにしてくれ……」

 一行は北へ向かって旅立って行くのだった。


 ◇


 ナキアヅカをうしなったアクダイの街は、その後新しい領主を迎えるものの、その施政に反発。新しい領主を放逐、商業都市として自治権を獲得し、各組合の代表者らによる合議制を形成する。

 ナキアヅカの施政を踏襲した政策は街を飛躍的に発展させ、アクダイの街は商業国家へと進歩を遂げて行くのだが、それはまた少し未来の話である。

 その間何故か本国からの軍事介入が皆無であったのは、果たしてどう言った因果であったのか……。

 風の噂では、妙に婆臭い口調の少女が都で大暴れしていたとかなかったとか。

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BBAが斬る! はまだない @mayomusou

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