最終幕 禊の慟哭


「むんっ!!」


「ふっ!」


 ほぼ同時に大地を蹴って踏み込む。一瞬にして肉薄した2人は、やはりほぼ同時に目にも留まらぬ斬撃を繰り出していた。


「「……!!」」


 そして互いの軌道がぶつかり合って火花を散らす。そのまま凄まじい勢いでの斬撃の応酬が繰り返される。ディアナの見た所、2人の剣の腕はほぼ互角と言って良かった。どちらが勝っても全くおかしくない状態だ。


 だが……シュテファンはマリウス軍との激戦を潜り抜け、その疲れを癒やす間もなく強行軍でここまで辿り着いたばかりだ。これまでの戦闘で傷も負っている。その差が徐々にだが出始めていた。


「ふ……ははは! 目障りなのだ、貴様は!」


 自身の有利を確信したユリアンが哄笑しながら増々攻勢を強める。シュテファンは防戦一方になっていく。既に体力が尽きかけているのだ。



「安心しろ。存分に楽しませてもらった後は、すぐにディアナにも貴様の後を追わせてやる。煉獄で兄妹仲良く暮らすがいい」


 既に勝った気になったユリアンがそう告げると、だがシュテファンは口の端を吊り上げて笑った。


「ふ……兄妹仲良くか。自分の実の姉・・・を殺した男に言われるとは皮肉だな」


「……っ!! 黙れ……!」


 姉という単語に反応して瞬間的に激昂したユリアンは、これ以上の問答は不要とばかりに一気に止めを刺すべく致命の一撃を繰り出してきた。


「兄上っ!?」


 ディアナが思わず悲鳴を上げる。だがシュテファンは視線を逸らさず、ユリアンの剣先だけに意識を集中させていた。怒りから止めの一撃を繰り出したユリアンの剣はこれまで以上に速いが、反面その軌道は急所狙いの為に解りやすくなっていた。


「――っぇい!!」


 シュテファンはカッと目を見開いて、自らも持てる力を振り絞って全霊の一撃を繰り出していた。互いの剣閃が交錯し、2人の剣士は得物を振り抜いた姿勢で一瞬固まる。ディアナが瞠目する。そして……



「く……ふふ……。父を殺し、実の姉まで殺した罪人には相応しい結末か……」


 剣が落ちる音。自嘲気味に嗤うユリアンの口元から血が垂れ落ちる。シュテファンの剣はユリアンの心臓を正確に刺し貫いていたのだ。自らの死を悟ったユリアンの目がディアナに向く。


「さらばだ、ディアナよ」


「……!」


 ディアナは彼から目を逸らさずにその視線を受け止める。ユリアンの顔からはいつしか常に彼の顔を覆っていた険しさが抜け落ちていた。それはどこか穏やかな、清々しささえ感じる表情であった。


「ああ……姉さん・・・、ごめんよ。俺も、今……そっちへ……」


 そして彼にしか見えていない何かに向かって虚空に手を伸ばす。そのままゆっくりとうつ伏せに地面に倒れ込んだ。そして二度と動き出す事はなかった。


「ユリアン……」


 ディアナは彼の死体に憐憫の情を投げかけた。これまで散々苦しめられた相手であり、何度も彼女の命を狙った敵でもあったが、死ねば皆祖霊だ。それに彼は最後の最後で彼自身を支配していた妄執から解き放たれて、自らが殺した姉とも和解・・してあの世へと旅立っていった。



「……終わったな。くっ……」


「兄上!?」


 ユリアンの死を見届けて剣を収めたシュテファンだが、それまでに蓄積した負傷と疲労により苦しげに膝を着いて呻く。慌てて義兄のもとに駆け寄るディアナ。


「兄上! 兄上ぇぇぇっ!!」


 義兄に取りすがって泣きじゃくるディアナ。もしかしたらエトルリアで別れた時が今生の別れかも知れないと覚悟した。それを乗り越えて救援に駆け付けてくれた義兄だが、強敵ユリアンとの一騎打ちでまた心臓が止まる思いをした。


 だが結果として義兄はこうして生きている。彼を喪わずに済んだディアナは、色々な感情が湧き上がって制御できなくなり、ただ義兄の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。シュテファンはそんな彼女の頭に手を乗せる。


「レア、すまなかったな。私ならこの通り、大丈夫だ。これからもお前の行路を支えると約束しよう」


「ほ、本当ですよ!? 約束ですからね、兄上!」


 ディアナはそんな義兄を恨めしげに見上げて、何度も繰り返し言質を取るのだった。




 その周囲ではアーネストとオズワルドが兵士達を率いて一進一退の攻防を繰り広げていたが、シュテファンがユリアンを討ち取った事によって戦況は一変。総大将を失った敵部隊は士気が崩壊し、我先にと逃げ出していく。


 智謀はあっても人望はないオズワルドではその崩壊を止める術はなく、部隊は完全に瓦解。遂にオズワルドも捕らえられたのであった。



*****



「……ユリアンも死んだか。この上は潔く敗北を認めよう。これからお前の手で収束に向かうであろう乱世に一切の未練はない。さっさと斬るがいい」


 戦後処理の場で捕らえられたオズワルドがディアナの前に引き出された。だが彼はメルヴィンなどとは違って一切命乞いのような言動を取らなかった。


 これまで彼女を苦しめてきた元凶とも言える宿敵・・。そのオズワルドを遂に捕らえたのだ。だが……ディアナの心には高揚はなかった。


「ディアナ殿……。オズワルドの目的は永遠なる乱世。ここで解放したりすればこの先も貴女の脅威として立ち塞がり続けるでしょう。和解の余地はありません。……ご決断を」


 そんな彼女を見て処断を躊躇っていると解釈したアーネストが進言する。だが彼女は処断自体を躊躇っている訳ではなかった。アーネストの言った事は他ならぬ彼女自身が一番よく理解していた。



「オズワルド……。私の村に対して行ったことを悔いていますか? 私に対して……いえ、あなたが奪った命に対して悔悟の気持ちはありますか?」



「……!!」


 アーネストが息を呑んだ。ディアナの心情を理解したのだ。果たしてオズワルドは……


「……後悔はしている。あれによってお前という稀代の英傑を生み出してしまったのだからな」


「……っ! それだけ・・・・ですか?」


 何かを求めるようなディアナの確認に、しかしオズワルドは冷笑さえ浮かべた。


「ああ、それだけだ」


「…………」


 激情を堪えるように歯噛みして拳を強く握りしめるディアナ。彼女の望んでいた答えは得られなかった。オズワルドは彼女が何を望んでいるのかを知っていて、敢えてそれを口にしないのかも知れない。いずれにせよ同じ事だ。



「そうですか、分かりました。……さらばです、オズワルド」


 ディアナはすべての激情を飲み込んで、自ら断罪の刃を振り下ろした。胴体を斜めに切り裂かれるオズワルド。


「ぐふっ! ふ、ふふ……我が、望みは……煉獄、にて……」


 オズワルドは最後までその顔に冷笑を浮かべたまま、血を吐き出しながら事切れた。ディアナは彼の死を見届けると、その手から力なく剣が滑り落ちた。



「やった……。やったよ、皆……。お父さん、お母さん、シオン、ビッケ……。エレンも、皆も……。私、皆の仇討ったよ。これで……皆も、安らかに眠れるよね……? これで、いいんだよね……? なのに何で、こんな……苦しい……」


 ディアナの目から涙が滂沱と流れ落ちる。まるで心にぽっかりと穴が空いたようだった。そこに復讐を遂げた達成感など微塵もなかった。一方的な復讐という行為が、こんなにも虚しく苦しい物だと彼女は初めて知った。


「……レア! もういい! もういいんだっ!」


 居たたまれなくなったシュテファンが、義妹を抱きしめて落ち着かせる。


「あ、兄上……私……私……。う、うぅ……うわあぁァァァァァァァッ!!!」


 ディアナはその腕に取りすがって、説明のつかない激情に支配されるままに慟哭した。今は何も考えられない。考えたくなかった。


「くっ……ディアナ殿……!」


 アーネストは自身も関係している事柄だけに、安易に慰めの言葉を掛ける訳にもいかず、ただ慟哭するディアナを苦い顔で見つめている他になかった。


 戦乙女の嘆きの慟哭は、その後しばらく戦場跡に響き続けた……





 遂に宿敵を倒し本懐を遂げたディアナ。盟主・・を失った多勢力連合は統制を失って互いに隙を窺うようになり、結局それ以上の侵攻を諦めてそれぞれの国へと引き揚げていった。ここにディアナ軍発足以来、最大の危機は過ぎ去った。


 だがディアナに立ち止まる事は許されない。ある意味ではここからが彼女の天下取りの本番だからだ。


 各州に地盤を固めてそれぞれが天下統一に邁進する君主達。彼らを相手取って帝都に上洛を果たし、中原の再統一を実現できるのか。戦乙女の新たな伝説は、これから幕を開ける……




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オウマ帝国凛戦記 ~戦乙女ディアナの絢爛なる戦国絵巻 ビジョン @picopicoin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画