第3話 ジョン=パティの遺したもの
「すごいよ、またきみの論理が票を得たね」
何度目かの活動季。亜里沙が綴った論文に、拍手を送る者が現れた。
――ああ、この人とわたしは同じなのね。
小さすぎる大人たちの中で、彼、ジョン=パティだけは、亜里沙と同じ形態を持っていたこともあり、亜里沙とジョンが親密になるに時間はかからなかった。
ジョンは亜里沙とは違う部分がたくさんあった。しかし、大人たちはそれを教えない。亜里沙も、ジョンも、どうして同じ『種』なのに違うのかを疑問に思う。
活動季には、亜里沙には「進化」という課題が与えられた。ジョンには「変異」という課題が与えられ、子供たちは集まると、各々の課題を発表し、票を得て次の「船長」を決めるという流れが自然に出来ていた。
「本当に、ここは綺麗な場所ね」
目を細めてみる夕暮れは、うっすらと悲しみと有限を物語り、夜は死と終わり、安らぎを連れて来た。朝は活動季でもいくつもの種類があった。静かに始まる時もあれば、緩やかな体でいて、眩しい時もある。「季」は大きく分けると、4つになった。
「季節、というのだそうだ。亜里沙。この区域はどうやら、気候に生かされた場所で、君も僕も、この地でなら生きられると。君が僕と生きてくれるなら、僕は君と二人でずっと、ここにいる」
亜里沙たちには他にも不思議なことがたくさんあった。「ゆりかご」と思っていたカプセルは、実は空間転換機で、家だと思っていたものは、宇宙船。
どこからきて、何を目的に?
「その秘密なら、大人たちの「家」の書庫にある。きみなら入れるだろう」
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論文にしては拙い。感情を抑え切れなかった亜里沙の遺したものを読み上げていると、声が詰まる。
でも、これは数万光年前の、亜里沙が望んだ拡散だ。メモリーが焼ききれようと、時代に伝えねばならないジョン=パティの遺産でもある。
「亜里沙は、不思議を隠しませんでした。論文も高度なものになっていく。その亜里沙たちを警戒して、大人たちは、書庫を閉じてしまった。そこには利己的な思いがあったのでしょう。そうして事件は起こります。
――ジョン=パティの突然死です」
あともう少し、待って。やっと、愛し合えたのに。
亜里沙は死を知らなかった。
大人たちは、ジョン=パティについて話し合っている。亜里沙は子供たちを抱きしめて、その話を聞いていた。
「やはり、無茶だったのよ。DNA種と核酸RNA種が相容れるはずがなかったんだわ。計画は失敗よ! 何万光年も来て、やっと見つけたこの楽園でも、駄目だった」
DNA種と核酸RNA種――亜里沙には覚えがあった。ジョンは同じDNA種ではなかったのだろうか。自分と触れ合ったから、ジョンは死んだのだろうか。
だとすれば、ジョンは「核酸RNA」の種だったということになる。
「分かり合えない以上、核酸RNA種は全てここに捨てて行くしかない。我々まで変異してしまう。我々の変異は死だ」
「では、亜里沙は?」
答は決まっていた。ジョンがここに眠るなら、わたしも眠る。この青い惑星で、最後に夢を見てもいいでしょう。
「わたし、ここに残ります。ジョンと一緒に、この星にこの種を根付かせたい」
亜里沙は優しく笑った。
「わたしの中に、ジョンの想いが拡散されていく。わたしは、このジョンの遺したものと一緒にこの星に眠ります。いつか、遠き種族に届けるために」
**************
これが亜里沙の遺した種の起源でした。お判りでしょうか。我々がどちらかは明確です。しかし、核酸DNAもまた、この美しい星に根付いているのです。
――拡散する種。研究者亜里沙の遺した言葉です。
「DNA」種と「核酸RNA」種は共存するか。
研究はここまでで終わっていますが私たちは引き続き研究を続けます。それこそが、「種」なのでしょう。種とは思想なのかも知れません。
亜里沙とジョンの意志のままに。
――拡散する種 《了》
拡散する種―遠き種族へ紡ぐ雅樂― 天秤アリエス @Drimica
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