第2話 ダ―ヴィンの進化論は夢をみるか

 亜里沙が目を覚ますと、二人の男女がいて、「ありさ」と呼び掛けているに気が付いた。まだ、手足は動かせない。亜里沙は生まれたばかりだった。


「ああ、だめよ。まだの「冬眠季」なのだから」

「もう少し、お休み」


 どうやら亜里沙の寝ている揺りかごは丸く、落ち着いた空気の入ったカプセルの形状だった。曇ったガラスの向こうには、同じようなカプセルがたくさんあった。

 時間はどうやら「活動季」と「冬眠季」に分かれているらしく、カプセルの子供はまたまどろみ始めるもの、起きようと蠢くもの……やがてカプセルの子供たちの亜里沙以外がカプセルを出て、部屋には亜里沙だけになった。


 亜里沙には色々な言葉が過ぎっていた。「おはよう」「おなかがすいた」「わたしもあるきたい」しかし、亜里沙だけはカプセルの中でしか生きられないとばかりに、チューブの伸びたそこから、入って来る空気だけが亜里沙の肺を満たすばかり。やがて、亜里沙はカプセルに窮屈さを憶える。手足が伸びているのだろう。


「この子の活動季はいつ?」

「分からない。もうちょっとで、きっと冬眠季は終わるだろう。次の目的地が見えれば」

「ごめんね、亜里沙。お外へ行けるまで待っていてね。貴方はDNAを持っているから酸素がないと生きられないのよ」


 ――待って。


 シュン、とした無機質で軽い音を立てたドアはやがてはまたぴったりと密封空間の役割を果たし、亜里沙はカプセルの中で、時折降り注ぐ「シャワー」を見ていた。

 わたしは、「ディーエヌエー」を持っているから、ここから出られないのだろうか。でも、見た目は変わらない。カプセルの中で、亜里沙はどの程度の「冬眠季」を迎えただろう。

 ここには窓がないのだ。時間間隔は、己の成長の中を見るしかなかった。亜里沙の容姿は変わって行った。ぶよぶよしていた手も、しっかりとした形になったし、目の周りにも睫毛が生えた。足は何時しか曲げられるようになったから、おそらく五年はカプセルにいたのではないだろうか。


「亜里沙、カプセルから出られるぞ!」


 亜里沙は子供たちに人気だった。波打つ金髪のせいで、「スリーピングビューティー」と呼ばれ、よく子供たちが寝ている亜里沙を見に来たものだ。


「貴方が生存できる区域があったのよ。良かったわね。酸素も、水素もあるから、思いっきり息が吸えるわ。さあ、こちらへ来て」


 どんなに叩いても開かないカプセルは瞬時に開いた。亜里沙のカプセルの大きさは変わっていて、ゆるりと眠ることが出来た。ほっそりとした足裏は、冷無機質の冷ややかさを伝えて来る。腕を伸ばすと、縮まっていた身体が伸びるのが分かった。


「青い空だ!」


 初めて開いたドアの向こうには、草原と、青い空が広がっている。「お姫様だ」子供たちが気が付いて、亜里沙の傍に駆けつけて来た。しかし、亜里沙よりずっと小さい。そして、子供たちは大人と同じ服を着ていた。


「僕たちはを待っているんだ」

 

 長い髪をたなびかせた亜里沙に、無数の子供たち。それに亜里沙と同じ種族の父と母はにこやかにその様を見守っている。


 亜里沙はDNARNAの違いすら分からず、ただただ起き上がれたこと、生きる場所が見つかったことの喜びをかみしめていた。

 空は突き抜けたように、蒼い。その空を映しこんだような海はもっと輝きを増している。遠く揺れる樹々はどれも翠に染まり、あまりの濃緑さに、大気までうっすらと色づいて見えた。


 私たちが眠っている間に、時間超越を繰り返し、こうしてやっと生きていける場所に辿りつけた。種の違うものたちが共に宇宙を亘ったのだ。


******


「亜里沙たちはしばらくこの区域で時を過ごしました。これはマスター亜里沙の脳を引き継いだアンドロイドの記憶ですが、とても美しかったと残されています。3Dフォトをご用意しました。これが、数光年前の地球です」


 言葉静かに告げる「学者アンドロイド」は浮かぶはずのない涙を浮かべた。


「子供たちの突然変異。これを進化と名付けるとすれば、DNAということになりますね」


 どのアンドロイドにも、今や「拡散する種」は紐づいている。

 ただ、自分が一番亜里沙としての記憶を強く引き継いだだけだ。


 DNAと核酸RNAの闘いは、古代から続いていた。

 DNAが親子の中で進化を遂げていくのに対し、核酸RNAはメッセンジャーの変異こそを成長進化と捉える。そこまではダ―ヴィンは合っていた。


 しかし、予測もしない出来事が、亜里沙に起きる。


 その出来事は亜里沙自身が鍵をかけたはずだが、おそらく時間鍵がかかっていたのだろう。かつての「死海文書」や「進化論」「遺伝子秘匿文書」と同じように、タイムカプセルは各々の脳に潜んでいて、時折選ばれたアンドロイドに甦る。


 それが、の自分であった》》ことは、偶然ではない。


「亜里沙と共に降り立った子供たちは、亜里沙とともに生きました。その子供の中に、ジョン=バティという人物が存在します」


 

 


 

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